| ビーバップみのる Bebop Minoru | |
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![]() (出典:Rooftop 2015年8月号「梁井一×ビーバップみのる」インタビュー 2015年8月1日掲載記事) | |
![]() 監督作『劇場版 501』のチラシ(出典:MASTERED 2016年1月7日掲載記事) | |
| 誕生日 | 1976年3月3日 |
| 年齢 | 50歳 |
| 出身地 | 東京都 |
| 国籍 | 日本 |
| 血液型 | A型 |
| 学歴 | 都内私立大学英文学部(卒業・中退で情報が分かれる) |
| 職業 | AV監督、ドキュメンタリー監督、ライター、インタビュアー |
| 肩書 | 「ドキュメントの方のビーバップみのる」(自称) |
| 活動期間 | 2003年 - |
| 代表的な実績 | 『ナンパ☆第三世代』シリーズ、『テレクラキャノンボール』シリーズ参加、『劇場版 501』監督 |
| 受賞 | D-1クライマックス 審査員賞(2006年、『僕と企画女優の生きる道』) |
| 事務所 | ドグマ(専属監督時代)、ハマジム(HMJM)作品に参加 |
| 関連活動 | 雑誌『KAMINOGE』ライター・コラム連載 |
| 別名 | ビーバップ・みのる |
| あだ名 | 無気力ナンパ師 |
| リンク | X |
概要[編集]
ビーバップみのる(びーばっぷ みのる、1976年3月3日 - )とは、東京都出身のAV監督・ドキュメンタリー監督・ライターである。インディーズメーカー「ドグマ」で監督デビューし、カンパニー松尾率いるハマジムの『テレクラキャノンボール』シリーズのレギュラー参加者として一気に知名度を上げた。自身が監督・出演した『劇場版 501』はAVの枠を越えて劇場公開され、「極めて個人的なAV」と評される異色作となった。
詳細[編集]
名前の由来とキャラクター[編集]
芸名の「ビーバップ」はジャズのスタイル名、あるいは不良漫画『ビー・バップ・ハイスクール』を連想させる響きだが、命名の由来について本人がはっきり語った記録は見当たらない。表記は「ビーバップみのる」が一般的だが、「ビーバップ・みのる」と中黒入りで書かれることもあり、Wikipedia日本語版は中黒入りの表記で立項されている。
画面の中の本人は、やる気があるのかないのか判然としない脱力した語り口と、妙に冷めた自己観察が持ち味。若手時代のメディアからは「無気力ナンパ師」「鬼畜監督」、果ては「人非人」とまで書かれたが、この「何を考えているのか分からない男」というキャラクターこそが、のちに『テレクラキャノンボール』や『501』で強烈な存在感を放つ源泉になった。
AV業界に入るまで[編集]
都内の私立大学の英文学部に進んだとされる。卒業したとする資料と、単位が足りず中退したとする資料があり、細部は情報源によって食い違っている。その後は有名出版社で編集者として働きつつ、事業家を目指して自分で事業を起こしたこともあったとされる。
本人は2015年の『Rooftop』のインタビューで、AV業界に入ったのは27歳のときだったと語っている。ほかの選択肢を一つずつ消していった「消去法」と、業界への好奇心の両方から選んだ道だったという。ところが入ってみると想像したほど稼げず、AD(アシスタントディレクター)からのスタートで拘束時間も長かった。先輩や同期が守っていた暗黙のルールに従わず、途中で帰ってしまうこともあったと告白しているが、要所では頑張ったとも述べている。入社1週間目の現場で働きぶりを評価されてからは、あまり怒られなくなったという。
ドグマ時代[編集]
2003年11月、TOHJIRO監督が率いるインディーズAVメーカー「ドグマ」の監督として、熟女ものの作品でデビューした。デビュー当初は熟女ものを中心に、ハードな作風や実験的な企画を多く手がけている。ドグマ社内では若手監督のための新レーベル「U-30」の立ち上げに関わり、30歳未満の作り手が比較的自由に表現できる場をつくった。2008年の時点で監督作は90本を超えていたとされる。
経歴[編集]
「ナンパ☆第三世代」で注目[編集]
転機になったのは2005年に始まった『ナンパ☆第三世代』シリーズである(シリーズとしては2006年〜2008年に展開)。本人によれば、監督になって3か月ほどで同じ場所での撮影に疲れを感じ、外に出て撮るようになったのがきっかけだという。その際、先輩格の二村ヒトシ監督の撮影スタイルに違和感を覚えたことも外へ出た理由の一つとして挙げ、これが「ナンパ第三世代」誕生につながったと冗談めかして語っている。
このシリーズの特徴は、画面上で口にしている甘い言葉と、本人の冷めた本音をテロップで並べて見せる演出である。口では調子のいいことを言いながら、テロップでは身も蓋もない心の声が流れるという二重構造が話題を呼び、「無気力ナンパ師」という異名が定着した。ドグマ公式ブログでは、ロケの空き時間に回したカメラから普通にナンパビデオができてしまった、という趣旨の制作秘話も明かしている。
D-1クライマックス審査員賞[編集]
2006年、AV監督たちが作品を競うコンペティション「D-1クライマックス」に『僕と企画女優の生きる道』を出品し、審査員賞を受賞した。タイトルの「企画女優」とは、単体で売り出される専属女優ではなく、企画ものの作品に多数出演するAV女優を指す業界用語で、作品は監督と女優の関係そのものを見つめるドキュメンタリー色の強い内容だったとされる。この作品はのちに「劇場版 僕と企画女優の生きる道 京本かえで」として2014年に劇場上映され、アップリンク渋谷のイベントでも上映された。
ドグマ時代の主なシリーズには、ほかに『熟女トランス』(2007年〜2008年)、『捕虜収容所』(2007年)などがある。デビュー直後から2009年頃まで続いた熟女もののシリーズもあり、初期のビーバップ作品は熟女ジャンルとナンパものの二本柱で語られることが多い。
テレクラキャノンボールへの参加[編集]
2009年、カンパニー松尾が総合監督を務めるHMJM(ハマジム)の『テレクラキャノンボール2009』に参加。以後、同シリーズのレギュラーメンバーとなる。『テレクラキャノンボール』は1997年に企画AVとして始まったシリーズで、複数のAV監督が車やバイクで長距離を移動しながら、道中の出会いをポイント制で競うという、ロードムービーとレースを掛け合わせたような作品である。
2013年版では、カンパニー松尾、バクシーシ山下、タートル今田、梁井一、嵐山みちる、そしてビーバップみのるの6人が、東京から仙台、青森を経て札幌までの約1,500kmを走破した。本編は10時間を超える大作だったが、132分に再編集した『劇場版 テレクラキャノンボール2013』が2014年2月15日にオーディトリウム渋谷で公開されると、R-18指定ながら口コミで評判が広がり、約1万人を動員する異例のヒットとなった。12月には渋谷アップリンクで『BiSキャノンボール』との二本立て上映も行われている。
劇中のビーバップは、ベテラン勢に混じって独自のペースでレースに挑む姿が観客の間で強い印象を残したとされる。「テレキャノ」ブームの中で、AVを観たことのない映画ファンにまで名前が知られるようになったのはこの時期である。
BiSキャノンボールとアイドル・ドキュメンタリー[編集]
『テレクラキャノンボール』の成功を受け、カンパニー松尾らはアイドルグループBiSの解散ライブ(2014年7月8日)に密着する企画に挑む。6人のAV監督がメンバーを一人ずつ担当し、表向きは「普通のドキュメンタリー」という触れ込みで撮影を進めるという、仕掛けごと作品にした構成で、ビーバップみのるも出演者の一人に名を連ねた。2014年9月にスペースシャワーTVで60分版が放送され、その拡大版『劇場版 BiSキャノンボール 2014』が2015年2月7日からテアトル新宿で2週間限定公開された。
その後も、BiS再結成のオーディションを追った『劇場版 BiS誕生の詩』(2017年)や、『WHO KiLLED IDOL? -SiS消滅の詩-』(2017年2月4日公開)に出演者として参加している。一方、2018年公開の『劇場版 アイドルキャノンボール2017』には参加していない。
監督作『501』[編集]
制作の経緯[編集]
『劇場版 501』は、ビーバップみのるが監督・撮影・出演を兼ねたドキュメンタリー作品である。発端は2014年3月、カンパニー松尾から「これまでの作品へのご褒美として、好きなものを撮っていい」と言われたことだったとされる。ビーバップは出演者のオーディションをSNSで行い、ある女性を世に売り出すことを目標にした企画を立ち上げた。
ところが撮影は序盤で破綻。ビーバップはプロジェクトを離れ、一人で旅に出る。路上での声かけやテレクラ、SNSを駆使して自らの感情をむき出しにした動画を発信していくうちに、ネットを通じて人や物資が少しずつ集まってくる――という、筋書きのないロードムービーのような展開をたどる。協力には平野勝之と梁井一が名を連ね、プロデューサーはカンパニー松尾が務めた。
影響を受けた作品[編集]
完成までには1年4か月を要した。本人は制作中に映画館で『劇場版テレクラキャノンボール』を観て、映画というものに強く影響を受けたと語っている。さらに『ロッキー』『エル・トポ』『ふぞろいの林檎たち』も影響源として挙げ、「AV版『ロッキー』」を撮ろうとしたものの、出演者が『ロッキー』に何の思い入れもなかったため思い通りにはいかなかったという。本人はこの作品を「極めて個人的なAV」と位置づけている。
完成前の2015年には、アップリンク渋谷の連続イベント「月刊 平野勝之」第24回に「どうなる?『501』!!?の行方。完成間近!?の応援イベント」として登場。未公開映像の上映や、平野とのトークが行われた。この時期は「内容が肥大化し、多くの人を巻き込んで未完成のまま進行中」と紹介されており、制作の混沌ぶりそのものがネタになっていた。
公開と評価[編集]
作品は英題を『501 THE MOVIE "BEBOP MINORU'S THE AD HOC SPACE"』とし、上映時間120分、R-18指定でHMJMが制作・配給した。2016年の年明けに渋谷ユーロスペース、大阪・十三のシアターセブンで「お正月映画」として上映され、映画情報サイトでは2016年2月13日公開と記録されている。ハマジムのスローガン「つまらないAVは見たくない」を体現しようとした一本でもある。
ラジオパーソナリティの伊集院光がお忍びで鑑賞して絶賛したと報じられ、話題を呼んだ。のちに導入部や音楽を加えた「2nd エディション」も作られ、Blu-rayのパッケージには「アフターテレキャノの大本命」というコピーが躍った。観客からは、時系列が飛ぶ編集の荒々しさと、作り手が自分自身をさらけ出す私小説的な語り口の両方が語られている。
その後の映像作品[編集]
2016年にはEGJから『きょこんのかくせい』(劇場版タイトル『巨根の覚醒』)、『Documentary Mixed Fight Club』を発表。『巨根の覚醒』は東京・渋谷のloft9などで「鑑賞会」形式の上映が複数回行われ、2017年3月3日には3回目の鑑賞会が開催された。
ライター・インタビュアーとして[編集]
映像作品と並行して、プロレス・格闘技を中心とするカルチャー誌『KAMINOGE』の編集プロダクション「ペールワンズ」に所属し、ライター・インタビュアーとして活動した。約9か月の勤務を経て2018年夏に退職したが、その理由として挙げられたのが「時間を守れない」「頻繁にものをなくす」という、いかにも本人らしいものだった。退職後も同誌でのコラム連載は継続している。
本人はAV監督業を完全に辞めたわけではないとしつつ、AV以外のドキュメンタリーを撮る作り手としての顔を強めている。現在はネットショップ(BASE)の屋号に「ドキュメントの方のビーバップみのる」を掲げており、AV監督としての看板と、ドキュメンタリー作家としての看板を自ら区別している様子がうかがえる。
人物[編集]
作風[編集]
ビーバップ作品の核にあるのは、カメラを回している自分自身をも被写体にしてしまうセルフドキュメンタリーの手法である。『ナンパ☆第三世代』の本音テロップから『501』の自分探しの旅まで、作り手の弱さや迷いを隠さずに見せる点が一貫している。これはカンパニー松尾、バクシーシ山下、平野勝之らが切り開いてきた「ドキュメンタリーAV」の系譜に連なるものとされる。
人前に出ることについて[編集]
2015年のアップリンクのイベント告知に寄せたコメントでは、「特にイベントに出たいわけではない」「楽をして稼ぐためにAV監督をしている」と、例によって身も蓋もない発言をしている。人前に出ることや手間のかかる作品を撮る監督は苦手だと言いながら、実際には1年以上かけて『501』を完成させ、自らトークイベントにも出演しているというギャップが、このひとらしさでもある。
同年の『Rooftop』でも、梁井一からトークイベントの開催を勧められて「まだ早い」と冗談交じりに断っている。平野勝之作品については『水戸拷問』『不倫講座』を面白かったと挙げつつ、「でも『ゼロ・グラビティ』が好き」と付け加える、とぼけた受け答えを見せた。
主な作品[編集]
AV(ドグマ)[編集]
- 『ナンパ☆第三世代』シリーズ(2005年 - 2008年)
- 『僕と企画女優の生きる道』(2006年)- D-1クライマックス審査員賞
- 『熟女トランス』シリーズ(2007年 - 2008年)
- 『捕虜収容所』シリーズ(2007年)
- ほか熟女ものシリーズ多数
HMJM・その他[編集]
- 『テレクラキャノンボール2009』(2009年、総合監督:カンパニー松尾)- 参加
- 『テレクラキャノンボール2013』(2013年)- 参加
- 『501』(HMJM)- 監督・出演
- 『きょこんのかくせい』(2016年、EGJ)- 監督
- 『Documentary Mixed Fight Club』(2016年、EGJ)- 監督
劇場公開作品[編集]
- 『劇場版 テレクラキャノンボール2013』(2014年2月15日公開)- 出演
- 『劇場版 僕と企画女優の生きる道 京本かえで』(2014年上映)- 監督
- 『劇場版 BiSキャノンボール 2014』(2015年2月7日公開)- 出演
- 『劇場版 501』(2016年)- 監督・出演
- 『劇場版 BiS誕生の詩』(2017年)- 出演
- 『WHO KiLLED IDOL? -SiS消滅の詩-』(2017年2月4日公開)- 出演
- 『巨根の覚醒』(2017年鑑賞会上映)- 監督
余談[編集]
- AV業界入りの理由について、本人はほかの選択肢を消去法で消していった末だったと語っている。逮捕のリスクや「武闘派」としての適性まで並べて検討したうえでの消去法だったといい、選択肢の並べ方からして独特である。
- 『KAMINOGE』の誌面ではプロレスラーの鈴木みのるが常連だが、同じ「みのる」でもこちらはビーバップの方である。検索すると両者の情報が混ざることがある。
- 『巨根の覚醒』の鑑賞会は、初期は入場料1万円(途中退出なら無料)、3回目は「無料だけどパンツ一丁でないと入場できない」という前代未聞のルールでネットニュースになった。
- 『501』の制作で「AV版『ロッキー』」を目指したが、出演者が『ロッキー』に思い入れがなく頓挫したというエピソードは、本人の語る制作秘話の中でも特に有名である。
- KAMINOGEの編集プロダクションを辞めた理由が「時間を守れない」「ものをよくなくす」だったという話は、本人のキャラクターを象徴するエピソードとしてたびたび引用される。

