| Hiromi ひろみ | |
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![]() 妻・松本伊代とのガーデニング動画を紹介する記事より(2026年5月。出典:Real Sound) | |
| 本名 | 小園浩己(こぞの ひろみ) |
| 誕生日 | 1965年2月13日 |
| 年齢 | 61歳 |
| 出身地 | 東京都八王子市 |
| 国籍 | 日本 |
| 家族 | 妻:松本伊代(1993年結婚)、長男:小園凌央(俳優)、次男 |
| 職業 | タレント、お笑い芸人、司会者、実業家、YouTuber |
| 肩書 | 株式会社ビィーカンパニー代表取締役社長、工機ホールディングスジャパンCCO |
| フォロワー数 | YouTube登録者 約132万人(2026年10月時点) |
| 活動期間 | 1986年 - |
| 代表的な実績 | B21スペシャルのリーダー、『東大王』(TBS、2017年 - 2024年)司会、『24時間テレビ46』チャリティーランナー(2023年、102.3km完走) |
| 受賞 | ゴールデン・アロー賞 芸能新人賞(1990年)、小学館DIMEトレンド大賞 特別賞、リカベニストアワード2015 |
| 事務所 | ビィーカンパニー(個人事務所)、プロダクションノータイトル(マネジメント) |
| 関連活動 | B21スペシャル(デビット伊東、ミスターちん) |
| その他 | トレーニングジム「スタジオ51.5」代表、オンラインショップ「ハチオウジ工務店」社長、芸能・文化人ガンクラブ3代目会長、八王子会代表 |
| リンク | Hiromi factory チャンネル |
概要[編集]
ヒロミ(本名:小園浩己〈こぞの ひろみ〉、1965年2月13日 - )とは、東京都八王子市出身のタレント・司会者・実業家である。1986年にコントトリオ「B21スペシャル」を結成し、1990年代に毒舌ツッコミと司会で売れっ子になった。2000年代半ばに表舞台から退いてジム経営などに専念したのち、2014年頃から再ブレイク。妻は松本伊代で、近年はDIY・バイク系のYouTubeチャンネルでも人気を集める。
詳細[編集]
交通事故が芸人への入口[編集]
実家は八王子の工務店。10代の頃は地元・八王子の暴走族に所属していたことを本人も隠しておらず、「元ヤンキー」キャラはのちの毒舌芸の下地にもなった。転機は18歳の夏で、友人2人を乗せた車で大事故を起こし、脾臓を摘出する大手術を受けて一命を取り留めた。
その入院中、病室でバラエティ番組を見ているうちに「お笑いをやろう」と決めたというのが、芸人ヒロミの出発点である。退院後はホストクラブで働いており、そこで同僚だった、のちのデビット伊東とミスターちんを誘ってトリオを組むことになる。
B21スペシャルと「お笑い第三世代」[編集]
1986年、3人でコントグループ「B21スペシャル」を結成。師事したのはビートたけし…ではなく、漫才コンビ「星セント・ルイス」の星セントだった。テレビ朝日系『ザ・テレビ演芸』の名物コーナー「飛び出せ笑いのニュースター」で10週連続勝ち抜きを果たし、第4代チャンピオンになったことで名前が売れ始めた。
1988年頃からの「お笑い第三世代」ブームに乗って人気が急上昇し、1990年にはゴールデン・アロー賞の芸能新人賞を受賞。同年に「お世話になりました」で歌手デビューまでしており、1991年には映画『ふざけろ!』で主演を務めた。リーダーのヒロミが先輩相手にも物怖じせずタメ口で突っ込むスタイルは、当時のバラエティでは新鮮だった。
1万本のロケット花火で「宇宙」へ[編集]
1991年、冠番組『1or8』の企画で、ロケット花火を背負って宇宙(月)を目指すという無茶な挑戦を行い、大火傷を負った。番組はこれが原因で打ち切りになっている。本人は2017年に日本テレビ『ウチのガヤがすみません!』で当時を振り返り、使った花火は「1万本」、その後半年間入院したと明かした。
復帰後の第一声で、ガガーリンの「地球は青かった」をもじったギャグを言ったものの「全然ウケなかった」というオチまでついている。この経験以降、体を張りすぎる企画は控えるようになったという。リハビリを経て復帰したのち、1992年には所属していた人力舎から独立し、個人事務所「ビィーカンパニー」を設立した。
「消えた」のではなく「降りた」[編集]
1990年代後半から2000年代にかけてテレビの仕事は徐々に減り、2004年のフジテレビ『FNS27時間テレビ』でB21スペシャルとして一時復活したのを最後に、ヒロミは芸能界からほぼ姿を消した。理由として本人は、親友の病死に強いショックを受けたことを挙げている。
ただし、この期間は「干された」というより、本人が自ら軸足を移した時期とされる。加圧トレーニングのジムや岩盤浴の経営、ダイエット商品のプロデュースなどで事業を成功させており、週刊誌でも「そのまま実業家として生きていけた」と書かれたほどだった。この「休んでいた10年」が、のちの再ブレイクで強烈なキャラクターになる。
経歴[編集]
1990年代:司会者として全盛期[編集]
B21スペシャルのブレイク後、ヒロミは単独での司会業が中心になった。フジテレビ『笑っていいとも!』の水曜レギュラー、『ボキャブラ天国』シリーズのパネラー・MC、『TVおじゃマンモス』『ものまねバトル』、冠番組『前略ヒロミ様』、上岡龍太郎との『上岡・ヒロミの花も嵐も』などを担当している。
テレビ朝日系『8時だJ』では、当時のジャニーズJr.を相手に司会を務めた。このとき共演した滝沢秀明らJr.世代や、中居正広(元SMAP)、松岡昌宏(TOKIO)など、年下のアイドルたちから兄貴分として慕われる関係はこの頃に作られた。1996年には阿木燿子作詞・宇崎竜童作曲のシングル「振り向け」も出している。
1993年:松本伊代と結婚[編集]
1993年11月12日、アイドル歌手の松本伊代とハワイ・マウイ島で極秘挙式を行い、帰国後の11月16日に結婚会見を開いて婚姻届を提出した。1995年には長男の小園凌央(のちに俳優)が誕生し、その後次男も生まれている。
伊代は「花の82年組」の一人で、同期には早見優・石川秀美・堀ちえみ・小泉今日子・中森明菜らがいる。人気アイドルと人気芸人の結婚として当時大きく報じられた。馴れ初めは後述。
2001年 - 2013年:レーサー・実業家の顔[編集]
テレビの仕事が減った時期、ヒロミが本気で取り組んでいたのがモータースポーツである。2001年にネッツカップ・アルテッツァシリーズに参戦したのを皮切りに、2002年にスーパー耐久、2003年にGC-21、2004年から2006年には全日本GT選手権(JGTC)とステップアップし、主にツーリングカーレースを戦った。2013年にはアジアクロスカントリーラリーにも出場し、総合14位で完走している。
並行して、加圧トレーニングジムや岩盤浴(溶岩浴)施設の経営に携わった。現在もトレーニングジム「スタジオ51.5」の代表を務めており、タレント業と実業を両立する「社長タレント」の顔はこの時期に固まった。2008年以降、芸能活動のマネジメントはプロダクションノータイトルが担当している。
2014年 - 2016年:再ブレイク[編集]
2014年頃から、ヒロミは突然テレビに戻ってきた。本人は東京オリンピックの開催決定が転機の一つになったと語っており、中居正広からテレビ復帰を勧められたことも影響したとされる。また、家でテレビを見ながら番組に文句を言っていたヒロミに、伊代が「だったら自分が出て言えば」と勧めた、という業界関係者の証言も週刊誌で紹介された。
最初は「おしどり夫婦」としての夫婦共演が多かったが、毒舌キャラが戻ると単独での起用が急増。2014年9月にはフジテレビ『ワイドナショー』で「最近の司会者は下手」と言い放って話題になった。週刊女性の報道によれば、2014年のテレビ出演は約170本で、その4年前は0本だったという。2015年4月にはテレビ朝日『美女たちの日曜日』のメインMCに就任し、同局では15年半ぶりのレギュラー司会となった。同年には親友の藤井フミヤ・木梨憲武と「友よ」を歌っている。
2017年 - 2023年:司会者・YouTuber・CCO[編集]
2017年4月から2024年9月まで、TBS系のクイズ番組『東大王』で南海キャンディーズの山里亮太とともに司会を務めた。2人にとってMCとしては初タッグで、レギュラー放送は約7年半続いた。同年には日本テレビ『ウチのガヤがすみません!』のMCにもなっている。
2019年12月2日にはYouTubeチャンネル「Hiromi factory チャンネル」を開設し、2021年7月に登録者100万人を突破した。同年11月には電動工具ブランド「HiKOKI」で知られる工機ホールディングスジャパンのCCO(チーフ・クリエイティブ・オフィサー)に就任。2022年11月に伊代が番組収録中に腰椎を圧迫骨折した際は、介助から自宅の手すり設置までヒロミが担った。
2023年:102.3kmを当日発表で完走[編集]
2023年8月の日本テレビ『24時間テレビ46』では、チャリティーランナーとして102.3kmを完走した。ランナーは放送当日まで伏せられたが、これは仕事への影響や、長期間注目され続ける負担を考えた本人の希望だったという。約2か月にわたって隠れて練習し、最長で40km近くを走った日もあったと明かしている。
コースは日野・聖蹟桜ヶ丘・立川・拝島・八王子など、地元の多摩地域を通るものだった。20km付近で「ダメかもしれない」と思ったが沿道の声援に支えられたと振り返り、練習にも本番にも2人の息子が並走した。2025年8月には『DayDay.』で、後半の信号待ちがつらかったことや、早朝は声援が少なくて頑張りにくかったことを語っている。
DIYと「八王子リホーム」[編集]
ヒロミのもう一つの看板が、プロ顔負けのDIYである。実家が工務店というルーツもあって、木工・塗装・内装から重機の扱いまでこなし、日本テレビ『有吉ゼミ』(MCは有吉弘行)の企画「八王子リホーム」では、古い家屋や空間を丸ごと改装する様子が長年の名物コーナーになっている。近年はSixTONESのジェシーが「弟子」として参加しており、2025年6月の放送ではジェシーが独り立ちする新コーナーの始動が発表された。
DIYブームの顔として、小学館DIMEトレンド大賞の特別賞も受賞している。オンラインショップ「ハチオウジ工務店」を運営しているほか、電動工具メーカーのCCOとしてPRにも関わっており、YouTubeでもHiKOKIの工具を使う場面がよく映る。2023年3月に行われた「家の建築やリフォームをお願いしたい芸能人」の調査では、森泉や所ジョージを抑えて1位になった。
YouTube「Hiromi factory チャンネル」[編集]
中身はほぼ「趣味の作業場」[編集]
2019年12月2日開設。チャンネル名は「ヒロミチャンネル」ではなく「Hiromi factory チャンネル」で、名前どおり、自宅ガレージやキャンプ場を舞台にしたバイク・車のカスタム、DIY、アウトドアが中心である。2021年7月に登録者100万人を達成し、2026年10月時点で登録者は約132万人、総再生回数は3億回を超えている。
代表的なシリーズには、2022年に約200年続く造船所から譲り受けた中古の木造船を改修する「木造船」シリーズがある。ほかにもカワサキ・Z1のマフラー交換、ポラリス・レンジャーのカスタム、キャンプ場に「大人の秘密基地」を作る企画(2024年)、落ち葉対策の道具を自作する回(2024年)など、テレビでは見られない「本気の作業」が人気の理由になっている。
伊代の登場回は鉄板[編集]
妻の松本伊代が出演する回は特に反響が大きい。2025年1月にはヒロミが人生で初めて握った寿司を伊代が絶賛する動画が話題になり、2025年10月には自宅のオープンキッチンで自己流の中華を作って伊代とスタッフにふるまった。2026年5月には、夫婦でゴールデンウィークにガーデニングをする様子を公開し、「仲良し夫婦憧れる」といったコメントが集まった。
更新停滞と「復活宣言」[編集]
テレビの仕事が忙しくなると更新が止まりがちで、2025年6月にはバイクのカスタム動画とともに「ここからは上げていきたい」とYouTube復活を宣言した。2026年1月にはハワイのダイヤモンドヘッドを背景にした新年動画で「本当にもう少しYouTubeちゃんとやろう」と語っており、YouTubeを今後の活動の柱の一つに据える姿勢を見せている。
夫婦・家族[編集]
馴れ初めは伊代からの猛アタック[編集]
伊代によると、もともとB21スペシャルの大ファンだったのは伊代のほうで、フジテレビの深夜番組『オールナイトフジ』で共演した際、公衆電話をかけようとしていたヒロミに声をかけてゴルフに誘ったのが始まりだという。当時は芸人と人気アイドルの交際はハードルが高く、実家暮らしだった伊代はマネージャーを味方につけて、マネージャー経由で連絡を取り合った。
照れ屋のヒロミがなかなか電話をくれず、伊代が「なかなか電話してくれないんだから~」と催促していたという話も本人が明かしている。ヒロミが初めて一人暮らしの家に伊代を誘ったときの口実は「メロンジュースを作るから来ない?」だったそうで、テレビでたびたびネタにされている。
骨折と「離婚」のエピソード[編集]
2022年11月、伊代は番組収録中に腰椎を圧迫骨折して全治3か月の重傷を負った。2023年1月に予定していたコンサートへの出演は断念し、ヒロミが代わりに会場にメッセージを届けている。療養中は入浴やトイレの介助までヒロミが担い、自宅に手すりや滑り止めマットをつけるリフォームも自分で行った。
2023年8月、伊代はテレビで、ヒロミの仕事に迷惑をかけることを気に病んで「離婚してもいい」と伝えたことがあると涙ながらに告白した。ところがヒロミ本人はその話をまったく覚えておらず、「自分の中に離婚という言葉はない」と返し、結婚30年の節目を「FA宣言」と冗談で照れ隠しした。
2020年代の夫婦[編集]
「理想の芸能人夫婦」ランキングの常連で、ヒロミがバラエティで披露する夫婦の「トンデモ話」は世間の伊代像にも影響を与えている。2026年6月の伊代の61歳の誕生日には、ヒロミと2人の息子が自宅で祝い、伊代はヒロミの手料理を楽しみにしているとInstagramにつづった。
2026年10月12日、伊代はデビュー45周年記念コンサートを開催し、石川秀美・早見優ら82年組の同期も駆けつけた。ヒロミはコンサート後、伊代に「生涯アイドル」でいてほしいと語り、家での微笑ましい様子も明かしたと報じられた。長男の小園凌央は俳優として活動しており、SNSで両親との家族写真をたびたび公開している。
人物[編集]
- 趣味は射撃、DIY、アウトドア、ゴルフ、マリンスポーツ、バイクなど。小型船舶2級、大型自動二輪、スカイダイビング2級、スキューバダイビングなど、取得した免許・資格は多数にのぼる。
- 2020年からは芸能人・文化人の射撃愛好会「芸能・文化人ガンクラブ」の3代目会長を務める。
- 木梨憲武・藤井フミヤとは家族ぐるみの親友。2025年2月の還暦の際は、木梨が豪華メンバーでヒロミの60歳を祝う様子を公開した。
- 地元愛が強く、八王子出身の有名人らによる「八王子会」の代表を務める。2022年には「八王子のうた」も歌っている。
- 年下のアイドルからの信頼が厚く、『8時だJ』時代のジャニーズJr.や中居正広、松岡昌宏などとの付き合いは長い。
- 2026年の新年動画では「今年61になるけど、そんなにがむしゃらに働かなくてもいいかな」と語り、仕事のペースを落として趣味の時間を増やす意向を示した。
主な出演[編集]
司会・レギュラー(過去)[編集]
- 『笑っていいとも!』(フジテレビ)- 水曜レギュラー
- 『ボキャブラ天国』シリーズ(フジテレビ)- パネラー・MC
- 『TVおじゃマンモス』(フジテレビ)
- 『ものまねバトル』(日本テレビ)
- 『前略ヒロミ様』
- 『上岡・ヒロミの花も嵐も』
- 『8時だJ』(テレビ朝日)
- 『1or8』- 1991年の企画事故で打ち切り
- 『美女たちの日曜日』(テレビ朝日、2015年)- メインMC
- 『東大王』(TBS、2017年 - 2024年)- 山里亮太と司会
- 『ウチのガヤがすみません!』(日本テレビ)- MC
近年の主な出演[編集]
- 『DayDay.』(日本テレビ)- レギュラーコメンテーター
- 『坂上&指原のつぶれない店』(TBS)
- 『有吉ゼミ』(日本テレビ)-「八王子リホーム」
- 『オー!マイゴッド!私だけの神様、教えます』(日本テレビ、2024年4月 - )- 小泉孝太郎とMC
- 『24時間テレビ46』(日本テレビ、2023年)- チャリティーランナー
音楽[編集]
- 「お世話になりました」(1990年)- 歌手デビュー曲
- 「振り向け」(1996年)- 作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童
- 「ビンテージ」「イッテコイノチャラ」(2001年)- ザ・茶番とのコラボ
- 「友よ」(2015年)- 藤井フミヤ・木梨憲武と
- 「八王子のうた」(2022年)
映画[編集]
- 『ふざけろ!』(1991年)- 主演
炎上とバズ[編集]
「最近の司会者は下手」[編集]
再ブレイク初期の2014年9月、フジテレビ『ワイドナショー』で「最近の司会者は下手」と発言し、ネットニュースなどで取り上げられた。結果的にこれが「毒舌のヒロミ」復活を印象づけ、司会業への本格復帰につながった。
中居正広宅のバーベキュー同席[編集]
2024年末から報じられた中居正広をめぐる女性とのトラブル問題で、フジテレビの記者会見で言及された「バーベキュー」にヒロミも参加していたと週刊誌が報じた。ヒロミは2025年1月28日、レギュラー出演する日本テレビ『DayDay.』の生放送で自ら参加を認め、当日はゴルフが雨で中止になり中居から誘われたこと、笑福亭鶴瓶やテレビ局のスタッフもいた「普通のバーベキュー」だったこと、暗くなってからの続きの場には加わらず帰宅したことなどを説明した。
番組内では、トラブルの当事者がその場にいたことを後から知ったとして謝罪し、報道後は「一睡もできなかった」とも語った。ネット上では「完全に巻き込まれた」と同情する声がある一方、説明に疑問を呈する声もあった。
愛車の大断捨離[編集]
2025年9月、YouTubeで「持ちすぎじゃね~か?」と、日産スカイラインGT-R(R32)、シボレー・マリブ、フォルクスワーゲン・タイプ3、カワサキZ1、ホンダCBシリーズなど、ガレージの愛車の大半を手放すと宣言した。手放す車両にはオリジナルのプレートを付け、「愛のある人に大事に乗ってほしい」とコメントしたことが車・バイク系メディアで大きく報じられた。
余談[編集]
- 1991年の「ロケット花火で宇宙へ」企画について、本人は花火の数を聞かれて即答で「1万本」と答えている。
- 伊代を射止めたのはヒロミではなく、むしろ伊代がヒロミを射止めた側。きっかけは『オールナイトフジ』共演時、公衆電話をかけようとしていたヒロミに伊代が声をかけたことだった。
- 『24時間テレビ』のランナーを当日まで隠すため、本番前は風邪やケガを避けて人との接触を減らし、ゴルフやバイクも控えていたという。
- 2024年に始まった『オー!マイゴッド!』の会見では、自分にとっての「神様」として妻・伊代の名前を挙げた。
- 2022年に買った中古の木造船は、約200年続く造船所の船とされ、改修動画では「なんか可愛いじゃんね?」と自画自賛していた。
- 実家は工務店で、運営するオンラインショップの名前も「ハチオウジ工務店」。DIYの腕前は家業のルーツとつながっている。
