| 白い巨塔 しろいきょとう / The Great White Tower | |
|---|---|
![]() 映像化作品の一場面(出典:ウィキメディア・コモンズ、パブリックドメイン) | |
| ジャンル | 医療ドラマ、社会派ドラマ(原作は長編小説) |
| 放送期間 | 1967年(初のドラマ化) - 2019年(6度目の日本ドラマ化) |
| 話数 | 1967年版26回、1978年版31回、1990年版2夜、2003年版21話、2007年版20話、2019年版5夜 |
| 放送国家 | 日本、韓国 |
| 言語 | 日本語、朝鮮語(韓国版) |
| 放送局 | NET(現・テレビ朝日)、フジテレビ、テレビ朝日、MBC |
| 配信 | 2003年版:FOD・Netflix、2019年版:TELASA・Netflix(2026年10月時点の情報) |
| 平均視聴率 | 2003年版23.9%(最終回32.1%)、1978年版最終回31.4% |
| 制作 | |
| プロデューサー | 小林俊一(1978年版)ほか |
| 演出 | 山本薩夫(1966年映画監督)、西谷弘ほか(2003年版)、鶴橋康夫・常廣丈太(2019年版)ほか |
| 制作 | 日本教育テレビ(NET)・東映テレビプロ(1967年)、田宮企画・フジプロダクション(1978年)、テレビ朝日(1990年・2019年)、フジテレビ・共同テレビ(2003年)、MBC(2007年) |
| 脚本 | 橋本忍(1966年映画)、鈴木尚之(1978年版)、井上由美子(2003年版)ほか |
| 音楽 | 池野成(1966年映画)、渡辺岳夫(1978年版)、加古隆(2003年版)ほか |
| 出演者 | 財前五郎役:田宮二郎(1966年・1978年)、佐藤慶(1967年)、村上弘明(1990年)、唐沢寿明(2003年)、キム・ミョンミン(2007年韓国版)、岡田准一(2019年) |
| その他 | |
| 原作 | 山崎豊子『白い巨塔』(1963年 - 1965年)・『続・白い巨塔』(1967年 - 1968年)、サンデー毎日連載、新潮社刊 |
| 関連番組 | 1966年映画版(大映、山本薩夫監督)、1965年ラジオドラマ版(文化放送) |
| エンディング曲 | 「アメイジング・グレイス」ヘイリー・ウェステンラ(2003年版) |
概要[編集]
白い巨塔(しろいきょとう)とは、山崎豊子が1963年から『サンデー毎日』に連載した長編小説と、それを原作とする映画・テレビドラマ群である。浪速大学医学部を舞台に、野心家の外科医・財前五郎と、患者第一の内科医・里見脩二の対照的な生き方を軸に、教授選の裏工作と医療裁判を描く。1966年の映画以来、日本で6度ドラマ化され、韓国でもリメイクされた。
詳細[編集]
「大学病院の権力闘争」を描いた元祖[編集]
『白い巨塔』が日本の医療ドラマに残した影響は大きい。それまでの「病院もの」が、名医と患者の感動話になりがちだったのに対し、この作品は大学医学部を「教授を頂点とする封建的な組織」として描いた。教授のポストをめぐる派閥工作、医師会や他大学の有力者を巻き込む根回し、金品の授受、そして医療ミスをめぐる裁判。白衣の内側にある人間の欲を正面から書いたことで、後の医療ドラマの「型」をつくったといえる。
タイトルの「白い巨塔」は、学問の府として白く清らかに見える大学病院が、実は壁の内側で古い上下関係と特殊な組織に固められている、という意味合いを持つ。原作ではその意味が物語の終盤で明かされる構成になっている。医学界でも話題になり、のちの東大紛争に影響を与えたとも言われる。インフォームド・コンセント(患者への十分な説明と同意)をめぐる裁判を扱った作品として、医療関係者の間で一種の「教科書」扱いを受けているのも特徴である。
財前五郎と里見脩二という二人の主人公[編集]
物語を動かすのは財前五郎だが、作品の「良心」を担うのは里見脩二である。財前は貧しい母子家庭から苦学して医師になり、開業医の娘婿となって資金力を得た叩き上げの外科医。手術の腕は天才的だが、教授になるためなら手段を選ばない。一方の里見は財前と同期の内科医で、出世より研究と患者を優先する。二人は友人でありながら、ことごとく対立していく。
ここが面白いところで、単純な「悪役と善人」の話にはなっていない。財前は傲慢だが、母への仕送りを欠かさず、患者を救う腕は本物である。里見は正しいが、その正しさのせいで大学を追われ、家族にも苦労をかける。どちらに肩入れするかで見え方が変わるため、版ごとに「財前派」「里見派」の議論が起きるのもこの作品の名物である。
時代に合わせて書き換えられる「病名」[編集]
映像化作品はすべて、放送当時の「現代」を舞台にしている。そのため、医療技術の進歩に合わせて、裁判の発端となる患者の病気や、財前自身の死因が版ごとに変わっている。原作では患者の佐々木庸平は胃癌、財前も胃癌で亡くなるが、2003年版では患者が食道癌、財前は肺癌に変更された。2019年版では財前の専門が「腹腔鏡手術のスペシャリスト」になり、カルテも紙から電子カルテに置き換えられた。同じ物語でも、各版を見比べるとその時代の医療の姿がわかるのである。
原作の成立[編集]
新聞記者出身の作家による医学界の取材[編集]
原作者の山崎豊子は毎日新聞の記者出身で、大阪の商家を描いた作品などで知られていた。医学部という閉ざされた世界を書くため、医師や大学関係者への取材を重ねて執筆したのが本作である。作中の浪速大学は架空の大学だが、大阪の国立大学医学部がイメージされており、大阪大学がモデルではないかとよく言われる。
連載は『サンデー毎日』1963年9月15日号から1965年6月13日号まで。単行本は新潮社から1965年7月に刊行された。現在は新潮文庫で全5巻として読める(正編・続編をまとめたもの)。装丁は画家の村井正誠が担当した。
続編『続・白い巨塔』執筆の経緯[編集]
実は、最初の連載は第一審判決で完結する予定だった。つまり、財前が裁判に勝ち、そのまま権力の座に残る結末である。ところがこの終わり方に読者から大きな反響が寄せられた。医療ミスの責任を問われた医師が勝って終わるのは納得できない、という声である。
これを受けて山崎は、1967年7月23日号から1968年6月9日号まで続編「続・白い巨塔」を連載した。控訴審で財前が敗れ、さらに自身が末期癌に倒れるまでを描いたもので、単行本は1969年11月に出ている。山崎は後に、小説としての完成度を考えれば続編は書くべきではなかったが、作家としての社会的責任を優先した、という趣旨のことを振り返っている。
この「続編問題」は映像化にも影響した。1966年の映画は続編より前に作られたため、原作の正編までしか描けず、映画独自の結末になった。原作の最後まで完全に映像化されたのは、1978年の田宮二郎版が初めてである。
あらすじ[編集]
教授選[編集]
浪速大学医学部第一外科の助教授・財前五郎は、食道外科の分野で名を知られた腕利きの外科医である。第一外科の東貞蔵教授が退官を控え、財前は当然自分が後継者になると考えていた。しかし、財前の傲慢さと派手な振る舞いを嫌う東は、出身大学である東都大学の船尾教授に頼み、外部から菊川昇という候補を招こうとする。
財前は、医学部長の鵜飼教授に取り入り、開業医である義父・財前又一の資金力も使って票の取りまとめに奔走する。教授会のメンバーへの根回し、医師会への工作、金品のやりとりが飛び交い、選挙は泥沼の様相を見せる。最終的に決選投票で財前が勝ち、念願の教授の座を手に入れる。財前がずらりと部下を従えて病棟を回る「教授総回診」は、この勝利の象徴として描かれる。
医療裁判[編集]
ところが、教授就任直後に事件が起きる。里見の紹介で財前が手術した胃癌の患者・佐々木庸平が、術後まもなく亡くなったのである。里見は術前に肺への転移の可能性を検査するよう勧めていたが、財前は多忙と過信からそれを怠り、術後の容体悪化にも十分に向き合わなかった。
遺族は財前を相手取って民事訴訟を起こす。大学側は総力を挙げて財前を守り、部下の医師たちにも口裏を合わせさせる。里見だけが法廷で遺族側に立つ証言をし、その結果、大学を追われることになる。第一審では財前が勝訴するが、控訴審では患者への説明義務を果たさなかった点が問われ、財前は敗訴する。
結末[編集]
控訴審のさなか、財前の体は病に蝕まれていた。異変に気づいた財前は里見を頼り、そこで自分が末期の癌であることを知る。あれほど対立した二人だが、最期に財前が信頼したのは、結局、里見だった。財前は自分の遺体の病理解剖を願う手紙を残し、その生涯を閉じる。上り詰めた男が、自らの体を医学に差し出して終わるという皮肉で重い結末が、この作品を不朽の名作にしている。
映像化作品の一覧[編集]
各版の比較[編集]
| 年 | 形態・局 | 財前五郎 | 里見脩二 | 話数 | 視聴率など |
|---|---|---|---|---|---|
| 1966年 | 映画(大映) | 田宮二郎 | 田村高廣 | 149分 | キネマ旬報ベスト・テン日本映画第1位 |
| 1967年 | 日本教育テレビ(NET) | 佐藤慶 | 根上淳 | 全26回 | 記録なし(白黒、第1回のみ現存とされる) |
| 1978年 | フジテレビ系「土曜劇場」 | 田宮二郎 | 山本學 | 全31回 | 初回18.6%、最終回31.4% |
| 1990年 | テレビ朝日系 | 村上弘明 | 平田満 | 2夜 | - |
| 2003年 | フジテレビ系「木曜劇場」 | 唐沢寿明 | 江口洋介 | 全21話 | 平均23.9%、最終回32.1% |
| 2007年 | MBC(韓国) | キム・ミョンミン | イ・ソンギュン | 全20話 | 最高20.8% |
| 2019年 | テレビ朝日系 | 岡田准一 | 松山ケンイチ | 5夜 | 全夜2桁、最終夜15.2% |
このほか、1965年に文化放送でラジオドラマ化されており、主演は映画と同じく田宮二郎だった。2018年からは安藤慈朗の作画による漫画版が『月刊コミックバンチ』で連載され(2021年まで、全5巻)、舞台は2018年の現代に置き換えられている。
1966年 映画版(田宮二郎)[編集]
最初の映像化は大映の映画で、1966年10月15日公開。監督は社会派の山本薩夫、脚色は『羅生門』などで知られる橋本忍。上映時間149分の大作である。田宮二郎が財前、田村高廣が里見、東野英治郎が東教授、小沢栄太郎が鵜飼教授、加藤嘉が大河内教授を演じ、愛人ケイ子を小川真由美、東の娘・佐枝子を藤村志保が演じた。
原作の続編が書かれる前の作品なので、物語は第一審までで、映画独自の結末になっている。評価は非常に高く、1966年度のキネマ旬報ベスト・テンで日本映画第1位に選ばれた。田宮二郎はこの作品でスターの地位を不動のものにし、財前五郎は彼の代名詞になった。
1967年 NET版(佐藤慶)[編集]
初のテレビドラマ化は、NET(現・テレビ朝日)と東映テレビプロによる白黒作品。1967年4月から9月まで全26回放送された。財前役は佐藤慶、里見役は根上淳、東教授は山形勲。途中で放送枠が土曜夜から金曜夜に移っている。当時の映像はほとんど残っておらず、横浜の放送ライブラリーで第1回のみ視聴できるとされる。
1978年 フジテレビ版(田宮二郎)[編集]
「白い巨塔といえばこれ」という人が今も多いのが、田宮二郎が再び財前を演じた1978年版である。フジテレビの「土曜劇場」で1978年6月3日から1979年1月6日まで全31回、本編の合計は約24時間にのぼる。続編まで含めて原作を最後まで映像化した初めての作品で、里見を山本學、鵜飼を小沢栄太郎、大河内を加藤嘉、財前又一を曽我廼家明蝶、ケイ子を太地喜和子、佐枝子を島田陽子、弁護士の関口を児玉清が演じた。脚本は鈴木尚之、音楽は渡辺岳夫。
手術シーンの多くは、医師と患者の許可を得て撮影した本物の手術映像だという。ロケは神奈川県の東海大学医学部付属病院で行われた。初回は18.6%、その後12〜13%前後で推移していたが、田宮の死去後に放送された最終回直前の回が26.3%、最終回が31.4%にまで跳ね上がった。
1990年 テレビ朝日版(村上弘明)[編集]
1990年4月2日・3日の2夜連続で放送されたスペシャルドラマ。財前を村上弘明、里見を平田満が演じたほか、鵜飼に丹波哲郎、東に二谷英明、ケイ子に池上季実子、佐枝子に紺野美沙子、又一に藤岡琢也と重厚な顔ぶれがそろった。若き日の堤真一が柳原役で出演している点もひそかな見どころである。翌1991年には関東ローカルで再放送された。
2003年 フジテレビ版(唐沢寿明)[編集]
平成の大ヒット作が、フジテレビ開局45周年記念として作られた唐沢寿明版である。2003年10月9日から2004年3月18日まで「木曜劇場」枠で全21話、第1部・第2部の2クールに分けて放送された。里見を江口洋介、東を石坂浩二、鵜飼を伊武雅刀、又一を西田敏行、ケイ子を黒木瞳、柳原を伊藤英明、関口弁護士を上川隆也、佐枝子を矢田亜希子、財前杏子を若村麻由美、菊川を沢村一樹が演じた。脚本は井上由美子、音楽は加古隆。
ほとんどの回が20%を超え、最終回は32.1%と1978年版の31.4%を上回った。国際学会の舞台はハイデルベルクからワルシャワに移され、アウシュヴィッツ=ビルケナウでのロケも行われた。主題歌はヘイリー・ウェステンラの「アメイジング・グレイス」で、これをきっかけに彼女は日本で一気に知られるようになった。2004年には日本民間放送連盟賞のテレビドラマ部門を受賞し、第11話「天国と地獄」は放送文化基金賞のドラマ番組賞に選ばれた。
山崎豊子は当初、唐沢の起用に懐疑的だったが、会食で話すうちに考えを改め、放送後はその演技を称えたという。一方で、1978年版で里見を演じた山本學は、感情表現が大げさな演出に批判的な見方を示していた。
2007年 韓国MBC版(キム・ミョンミン)[編集]
韓国ではMBCが2007年1月6日から3月11日まで、土日の夜に全20話で放送した。原題は『하얀거탑』。主人公は外科医チャン・ジュンヒョク(キム・ミョンミン)、里見に当たるチェ・ドヨンをイ・ソンギュン、菊川に当たるノ・ミングクをチャ・インピョが演じた。演出の安判錫(アン・パンソク)監督は、日本のドラマを買ったのではなく、原作小説の版権を取ってドラマ化したと説明している。
韓国の実情に合わせ、主人公は婿養子ではなく、煙草も吸わない設定。愛人はワインバーの経営者になり、教授一人に権力が集中する描写は薄められて、病院全体の権力争いに焦点が移された。序盤の視聴率は14.7%ほどだったが口コミで評判が広がり、最高20.8%を記録。キム・ミョンミンはこの作品で大スターの仲間入りを果たした。2018年にはUHDリマスター版が再放送され、5%前後の数字を取って新作ドラマを脅かしたと報じられた。
安判錫監督は2026年8月12日に64歳で亡くなり、キム・ミョンミンは韓国メディアのインタビューで、作品が名作として語り継がれるのは監督の統率力のおかげだと追悼している。
2019年 テレビ朝日版(岡田准一)[編集]
最新の映像化は、テレビ朝日開局60周年記念の「5夜連続ドラマスペシャル」。2019年5月22日から26日まで毎晩21時から放送された。原作者の山崎豊子が2013年に亡くなってから初めての映像化で、令和改元後初の『白い巨塔』でもある。日本でのドラマ化は6度目、テレビ朝日(NET時代を含む)では3度目にあたる。
財前を岡田准一、里見を松山ケンイチ、東を寺尾聰、鵜飼を松重豊、大河内を岸部一徳、又一を小林薫、ケイ子を沢尻エリカ、杏子を夏帆、佐枝子を飯豊まりえ、関口弁護士を斎藤工が演じた。佐々木庸平役は柳葉敏郎、その息子・庸一役をSnow Manの向井康二が演じている。監督は鶴橋康夫と常廣丈太。
時代設定は2019年に置き換えられ、財前は腹腔鏡手術の名手、女性の脳神経外科教授(市川実日子)が登場するなど現代化が図られた。視聴率は5夜すべてで2桁、最終夜は15.2%。単発・連夜ものの多くが1桁に沈んでいた時期としては健闘といえる数字だった。
田宮二郎と『白い巨塔』[編集]
財前五郎への執念[編集]
『白い巨塔』を語るうえで、田宮二郎の存在は欠かせない。1966年の映画で財前を演じて人気を確立した田宮は、映画が原作の途中までしか描けなかったことを心残りにしていた。続編が書かれた後、田宮は「財前の死まで演じ切りたい」と強く望み、ドラマ化を3度にわたって働きかけた。1969年とその数年後の企画は、映画会社間の「五社協定」の影響やスポンサーの了承が得られずに実現しなかった。
背景には、1968年の大映との決裂がある。映画『不信のとき』のポスターで自分の名前が4番手扱いだったことに抗議した田宮は、社長の永田雅一と衝突して解雇され、他社の映画やテレビへの出演も難しくなった。それでも田宮は財前役をあきらめず、最後は原作者の山崎豊子に直談判して快諾を得て、1977年11月にドラマ化が決まった。制作には「田宮企画」が名を連ねており、田宮が作品づくりの中心にいたことがうかがえる。
役と重なった人生[編集]
田宮は、頂点を目指して突き進む財前に自分の姿を重ねていたとされる。本名が柴田吾郎で、財前と同じ「ごろう」だったことも、思い入れの理由の一つだったという。放送が進むにつれ、視聴者の人気は財前より里見に集まった。これを不満に思った田宮は、財前が好かれるようにできないかと山崎に相談したという話も伝わっている。
撮影は1978年3月に始まったが、撮影中の田宮は心身の不調に苦しんでいたとされる。途中で突然海外に出かけて撮影が中止寸前になったという逸話も残る。それでも最終回の財前の死の場面では、3日間絶食して臨み、財前の遺書を自ら書いて台本に加えさせ、遺体の役まで自分で演じたという。
放送中の死と伝説化[編集]
1978年12月28日、田宮二郎は猟銃で自ら命を絶った。43歳だった。ドラマは未放送の回が2話残っていた。財前の死を描く最終回は、田宮自身の死と重なる形で1979年1月6日に放送され、31.4%という高い視聴率を記録した。本放送では「完」の後に田宮の冥福を祈るテロップが流れた。
この出来事は、1978年版を「伝説のドラマ」にした。2020年に文春オンラインが行った読者アンケート「自分史上最高ドラマ」では『白い巨塔』が7位に入り、最も支持を集めたのは田宮版だったという。命を削るように財前を演じた田宮の姿が、作品の評価と分かちがたく結びついているのである。
「総回診」がネタにされる文化[編集]
「財前教授の総回診です」[編集]
『白い巨塔』で最も有名な場面といえば、教授を先頭に、助教授・講師・医局員・看護師がずらりと列をなして病棟を進む「総回診」である。「財前教授の総回診です」という呼び声とともに、白衣の集団が廊下を練り歩く姿は「大名行列」とも呼ばれ、医局の上下関係を一目で伝える名演出になった。2003年版では、新年に教授となった財前が念願の総回診を率いる場面が、彼の野心が実った瞬間として印象的に描かれている。
韓国のメディアも日韓比較の記事で、日本版の「大名行列」のような回診が印象的だと紹介している。韓国版は韓国の病院の実情に合わせ、こうした教授への権力集中の描写を弱めた。
BGM「巨塔のテーマ」[編集]
2003年版の総回診シーンで流れる加古隆の重厚な曲は、サウンドトラックに「巨塔のテーマ-総回診」として収録されている。この曲と行列の画が強烈な印象を残したため、偉い人がぞろぞろと部下を引き連れて歩く場面のパロディとして、バラエティ番組やネットのネタで定番化しているとされる。偉い人の視察や上司の見回りを見て「総回診みたい」と言えば通じてしまうほど、この場面は日本人の共通イメージになっている。
現実の「教授回診」[編集]
では、あの行列は現実にあったのか。医師が書いたコラムによれば、教授を先頭にした大名行列のような回診は、30年ほど前までは全国の大学病院で普通の光景だったという。回診の2、3日前から準備が始まり、データや画像の不備があると大慌てになる。教授や准教授はエレベーターを使い、平の医局員は階段を走って先回りした、という話まである。今は大学によってスタイルがかなり違い、民主的な回診をしているところもあるという。
作品の評価と影響[編集]
『白い巨塔』は、映画・ドラマともに各時代で高い評価と視聴率を得てきた。1966年の映画はキネマ旬報ベスト・テン第1位。2003年版は日本民間放送連盟賞のテレビドラマ部門や、第11話による放送文化基金賞を受けた。日本のテレビドラマアカデミー賞でも作品賞などを獲得したと韓国メディアは伝えている。
一方で、各版の比較はファンの間で尽きない話題でもある。「田宮版が至高」とする昭和派、「唐沢と江口のコンビこそ」という平成派、令和の岡田版を推す声など、見た世代によって「自分の白い巨塔」が違うのがこの作品の面白さである。1978年版のプロデューサーだった小林俊一は、2003年版に監修として名を連ねることを辞退しており、前作の関係者の多くがすでに亡くなっていたことを理由に挙げたという。
医療の現場への影響も無視できない。医療裁判で問われる「説明義務」というテーマは、原作が書かれた1960年代にはまだ一般的ではなかった。患者に十分な説明をしないまま治療を進めることの重さを、物語の形で広く知らしめた点で、本作は医療ドラマの枠を超えた社会的な意味を持っている。
余談[編集]
- 1978年版の手術シーンの多くは本物の手術映像で、医師と患者の許可を得て撮影されたという。
- 2003年版で財前の社用車として登場した三菱プラウディアは、放送時点ですでに生産終了していた車種だった。
- 2003年版の時間帯スポンサーだった大正製薬は、放送途中で提供を降りている。また第9話以降は、同枠として初めて地上デジタル放送で放送された回になった。
- 2003年版をアメリカのケーブル局で放送した際には、主題歌の「アメイジング・グレイス」がオルゴール調のインストに差し替えられた。
- 1990年版で柳原を演じたのは、まだブレイク前の堤真一だった。
- 2019年版では、財前が遺言で大河内に病理解剖を託すが、解剖の場面そのものは描かれていない。
- 原作者の山崎豊子は唐沢寿明の起用に当初は乗り気でなかったが、会食で意気投合し、放送後は演技を絶賛したという。
