| Momoka Ariyasu Momoka Ariyasu | |
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有安杏果(出典:Wikimedia Commons) | |
| 本名 | 有安杏果 |
| 誕生日 | 1995年3月15日 |
| 年齢 | 31歳 |
| 出身地 | 埼玉県富士見市(京都府の病院で出生) |
| 国籍 | 日本 |
| 家族 | 夫(一般男性・医師、2019年結婚) |
| 身長 | 148cm |
| 学歴 | 日本大学藝術学部写真学科卒業 |
| 職業 | 歌手、シンガーソングライター、写真家 |
| 肩書 | 元ももいろクローバーZ(緑担当) |
| 活動期間 | 1995年 - 2018年、2019年 - |
| 代表的な実績 | 日本武道館ソロ公演(2017年)、アルバム『ココロノオト』『雫ノ音』 |
| 受賞 | 日本大学藝術学部長特別表彰、写真学科奨励賞 |
| 事務所 | アプリコット(個人事務所) |
| ファンクラブ | スマイルーム315 |
| 関連活動 | ももいろクローバーZ |
| あだ名 | ももか、小さな巨人、画伯 |
| その他 | レーベル:APRICOT MUSIC RECORDS |
概要[編集]
有安杏果(ありやす ももか)とは、日本の歌手・シンガーソングライター・写真家であり、ももいろクローバーZの元メンバー(緑担当)である。0歳から芸能界にいた元子役で、「小さな巨人」と呼ばれた歌唱力担当。2018年に「普通の女の子の生活を送りたい」としてグループ卒業と芸能界引退を発表したが、1年後に個人事務所を立ち上げて復帰し、現在は自作曲を中心にピアノやギターの弾き語りまでこなすソロアーティストとして活動している。
詳細[編集]
赤ちゃんモデルからキッズダンサーへ[編集]
1995年3月15日生まれ。両親は関西出身で、生まれたのは京都府内の病院だが、小学生時代は埼玉県富士見市で育った。一人っ子である。芸能キャリアのスタートはなんと0歳で、雑誌の赤ちゃんモデルとして活動を始め、ほどなく子役事務所キャロットに所属した。子役としては『はぐれ刑事純情派』『金田一少年の事件簿』のスペシャルドラマ、『火曜サスペンス劇場』などに出演し、2004年4月から1年間はフジテレビの『ポンキッキーズ21』に「シスターラビッツ」としてレギュラー出演している。
ダンスの道でも早熟で、EXILE系列のダンススクールEXPGには特待生として入学した。月謝が高いことを理由に母親から一度は反対されたが、特待生試験に合格して入学を勝ち取ったというエピソードがある。キッズダンサーとしてEXILEのライブツアーに帯同し、「Choo Choo TRAIN」のミュージックビデオや『めちゃ×2イケてるッ!』の「オカザイル」企画にも出演した。一方で喉が弱く、小学6年生のころには声帯結節の手術を受けている。のちのソロ曲の歌詞には、何度も喉を壊して声が出なかった時期にノートに綴った「歌いたい」という思いが反映されているという。
ももいろクローバー加入と「Z」時代[編集]
2008年にスターダストプロモーションにスカウトされ、2009年には同社のグループ「Power Age」に加入したが、わずか3か月で解散。同年7月26日、路上ライブ時代のももいろクローバーに途中加入し、イメージカラーは緑となった。加入時のキャッチフレーズは「ちょっぴりおバカな、小さな巨人」で、148cmの小柄な体から放たれるパワフルな歌声とダンスはグループの屋台骨となった。2011年に早見あかりが脱退し、グループがももいろクローバーZへ改名してからは、百田夏菜子・玉井詩織・佐々木彩夏・高城れにとの5人体制でブレイクを迎える。
2012年の鳥取県米子市でのライブ後にメンバー同士で本音をぶつけ合った「米子の夜」は、ファンの間で今も語り草になっている。2013年には喉の治療のため約2か月声を出せない時期もあったが、グループは国立競技場公演や紅白歌合戦出場など、女性グループとして前例の少ない規模へと駆け上がっていった。2015年には本広克行監督の映画『幕が上がる』にメンバー全員で主演し、女優としての一面も見せている。
学業との両立とソロデビュー[編集]
グループの人気絶頂期にあって、有安は日本大学藝術学部写真学科に通っていた。片道2時間の通学を4年間続けて卒業し、藝術学部長特別表彰と写真学科奨励賞を受けている。在学していたこと自体を卒業後の2017年3月まで伏せていたため、公表時はファンを大いに驚かせ、本人は「隠していてごめんなさい」とコメントした。
並行してソロ活動も本格化し、2016年7月3日には横浜アリーナで初のソロコンサート「ココロノセンリツ 〜feel a heartbeat〜 Vol.0」を開催、約1万人を動員した。同年にミニアルバム『ココロノセンリツ♪ feel a heartbeat』、2017年10月11日には自ら作詞作曲を手がけた曲を多数含む1stアルバム『ココロノオト』を発売。同月20日には日本武道館でのソロ公演「ココロノセンリツ Vol.1.5」を成功させ、9,426人を集めた。グループ在籍中のメンバーとしては破格のソロ実績である。
卒業と芸能界引退(2018年)[編集]
2018年1月15日、グループの公式サイトと自身のブログに直筆の手紙を掲載し、卒業を電撃発表した。理由は「子役時代から22年間やってきた世界から一度距離を置いて、普通の女の子の生活を送りたいという想いが強くなり、わがままを受け入れてもらいました」というもの。メンバーには前年末に意向を伝え、約3時間のミーティングを重ねたとされる。卒業と同時にスターダストとの契約も終了し、芸能界からも引退すると報じられた。今後については「まったくノープラン」「規則正しい生活を送りたい」と語っている。
発表からわずか6日後の1月21日、幕張メッセでの「ももいろクローバーZ 2018 OPENING 〜新しい青空へ〜」が最後のステージとなった。本人は「10周年も20周年もこの先もこの4人のことをよろしくお願いします」と挨拶し、残る4人は楽曲「新しい青空へ」を贈った。百田は「10周年は、5人で迎えたかったです」と涙ながらに語り、佐々木は「『ももクロを辞めてよかった』と思えるほど幸せになって」とエールを送った。
活動再開と個人事務所(2019年)[編集]
引退から約1年後の2019年1月15日、X(当時Twitter)で直筆メッセージを公開し、音楽や写真による表現活動の再開を発表した。「自分の意思で判断し、自立して行動できるようになりたい」として、スターダストには戻らず個人事務所「アプリコット」を設立し、インディーズレーベル「APRICOT MUSIC RECORDS」も立ち上げた。
同年3月24日・27日には東京・EX THEATER ROPPONGIと大阪・なんばHatchで復帰ライブ「サクライブ 2019 〜Another story〜」を開催し、ファンクラブ「スマイルーム315」(315は誕生日の3月15日に由来)も開設。夏には初のライブハウスツアー「Pop Step Zeppツアー」全13公演を完走し、写真展「a song of Hope 〜ヒカリの声〜」の開催、写真集『ヒカリの声』とライフスタイル本『Happy Holidays』の刊行も重なる怒涛の1年となった。
コロナ禍と弾き語りへの転換(2020〜2023年)[編集]
2020年3月に自作曲「サクラトーン」「虹む涙」を配信したものの、全国ツアー「サクライブ Tour 2020」は新型コロナウイルスの影響で延期・中止となった。同年11月12日にはLINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)でリベンジ公演を行い、有料配信も実施している。2021年に予定していた「雫ノ音」ツアーも中止を余儀なくされたが、代わりに自身初の弾き語りツアー「サクライブ 弾き語りツアー2021」を敢行。ここから彼女の音楽は、大編成のバンドやダンスではなく「歌と楽器ひとつ」で届ける方向へと大きく舵を切ることになる。
2022年にはボーカルとギター、ピアノの2人編成による「サクライブ Acoustic Tour 2022」で全国5都市を回り、その音源を配信アルバムとしてリリース。2023年3月24日には、前年デュオで共演したピアニストの宮崎裕介をアレンジャーに迎えたシングル「夢の途中」を約2年ぶりに発売した。同年は夏と秋冬の2期にわたって「A Little Harmony Live」ツアーを行い、秋冬編だけで12都市を巡っている。
ビルボードライブ進出と2ndアルバム(2024年〜)[編集]
2024年2月には、ジャズピアニストの大林武司らを迎えた初のジャズライブ「有安杏果 Jazz Note 2024」をビルボードライブ横浜・東京・大阪で開催。全曲を英語で歌うという初挑戦で、新曲「Tsuki Talk」「Regeneration」も披露した。2025年2月には同じビルボードライブ大阪・横浜で、グランドピアノ1台による完全弾き語り公演「A Little Harmony Live 2025 〜Piano Note〜」を1日2ステージで行い、30歳の誕生日当日の3月15日にはKT Zepp Yokohamaでバンド編成の「サクライブ 2025」を開催した。
そして2026年4月15日、ももクロ卒業後としては初、通算では『ココロノオト』以来約9年ぶりとなるオリジナルアルバム『雫ノ音』(しずくのね)をリリースした。7月には宮城を皮切りに全6か所を巡る弾き語りツアー「A Little Harmony Live 2026〜雫ノ音〜」を実施し、初日の7月3日は奇しくも横浜アリーナでの初ソロ公演からちょうど10年の同日だった。2026年12月22日にはZepp DiverCity(TOKYO)でバンド編成のワンマン「有安杏果 LIVE 2026 "雫ノ音"」が予定されている。
人物像[編集]
- 身長148cmの小柄な体格で、ももクロ時代は「小さな巨人」の愛称で知られた。グループ随一の歌唱力の持ち主とされ、ライブ中に音響トラブルで音が止まった際にアカペラで歌い続けたという話も伝わっている。
- 一方でへんてこな絵を描くことから「画伯」とも呼ばれた。自撮りの決まった角度は「ももかくど」と呼ばれていた。
- 根っからの努力家・勉強家タイプ。グループ活動と並行して大学を4年で卒業したほか、アロマテラピー検定1級に合格、近年は英語学習にも打ち込み、2024年にはTOEIC Listening & Reading Testで875点を取得したことを明かしている。
- 喉が弱いことを自覚しており、2025年のビルボード公演の際も「2ステージを最後まで歌い切れるか不安だった」と語っている。
- 趣味は写真、ヒトカラ(1人カラオケ)、ヨガなど。一眼レフを常に持ち歩くタイプの写真好きである。
- 自分に厳しい完璧主義的な面があり、2025年2月のビルボードライブ横浜公演では、演奏ミスをした曲を「もう1回やらせてもらってもいいですか?」と観客に確認して弾き直した。終演後に涙を見せた理由について、本人は「ミスをした悔しさ」だったと説明している。
- 2026年の弾き語りツアーでは「私、だいぶ、強くなってきました」と語り、ももクロ時代の曲「feel a heartbeat」を涙をこらえて歌い切った。
音楽活動[編集]
ももクロ時代の歌唱[編集]
ももクロ時代は、ダンスで激しく動きながらも音程を崩さない安定感と、伸びのある高音で「歌の要」として扱われた。グループ曲の中でもソロパートの多いメンバーで、2011年にはソロ曲「ありがとうのプレゼント」を担当。ユニットでは佐々木彩夏との「あーりんやす」、百田との「ももかなこ」、玉井との「ありたまい」、そして高城れにとの「事務所に推され隊」などがあり、特に「事務所に推され隊」は自虐的なネーミングも含めてファンに愛された。
シンガーソングライターとして[編集]
ソロでは早くから作詞作曲に取り組んでおり、人生で初めて作詞作曲したのは「ハムスター」である。2016年の自作曲「小さな勇気」は東日本大震災の復興支援に向けた楽曲で、のちの活動再開時の直筆メッセージにも「小さな勇気」という言葉が使われている。ただ初期は楽器が弾けず、「ペダル」や「ハムスター」は鼻歌で作曲していたという。
卒業後はギター、ピアノ、さらにはサックスにも取り組み、音楽理論も学び直した。2021年から歌い続けている「オレンジ」は、理論を学びながらピアノで作った曲である。2024年の誕生日にはアップライトピアノを購入して基礎からやり直し、翌年のビルボード公演で長年の夢だった「グランドピアノと歌だけのライブ」を実現した。本人はピアノ弾き語りについて「本来は30歳を超えてから挑戦する予定だったが、コロナ禍で順番が変わった」と語っている。
影響を受けた人々[編集]
風味堂の渡和久からは楽曲「愛されたくて」「遠吠え」の提供を受け、ピアノ演奏やマイクスタンドの位置まで細かく指導を受けた。また楽曲「裸」を提供したシンガーソングライターの小谷美紗子とは定期的に連絡を取り合い、弾き語りの準備の仕方を教わっている。ももクロ時代は大型LEDや豪華な演出で魅せてきた有安だが、小谷の弾き語りライブを初めて観て「ピアノと歌だけでも人の心に届く」ことを学んだといい、これが現在の弾き語り路線の原点になっている。
ライブの特色[編集]
ソロのワンマンは「サクライブ」、弾き語りやアコースティック編成のツアーは「A Little Harmony Live」と名付けられている。2026年の弾き語りツアーでは同期音源を一切使わず、ギター4本とピアノを持ち替えながら約2時間を一人でやり切った。観客の拍手の大きさでピアノかギターかを決める演出もあり、ツアー中は毎回ピアノが選ばれたという。ビルボード公演では本人監修のオリジナルデザートやカクテル(「ももカクテル」)も提供され、アンコールにビリー・ジョエル「ピアノ・マン」を歌うなど、ファン層の変化に合わせた大人向けの演出も取り入れている。
ディスコグラフィー[編集]
アルバム[編集]
- 『ココロノセンリツ♪ feel a heartbeat』(2016年、ミニアルバム)
- 『ココロノオト』(2017年10月11日)
- 『有安杏果 サクライブ Acoustic Tour 2022』(2022年、配信ライブアルバム)
- 『雫ノ音』(2026年4月15日)
- 収録曲:夢の途中/靴ひも/Runaway/サクラトーン/虹む涙/Do you know/LAST SCENE/ナツオモイ/ペダル(shizuku ver.)/ハムスター(shizuku ver.)/ビー玉
- 全11曲すべて本人の作詞作曲。弦楽器・ブラスを含む生音録音にこだわり、2023〜2025年のライブ音源15曲を収めたライブCDが付属する。先行配信曲は「Do you know」(2026年3月17日、編曲:山口寛雄)。
配信シングル(活動再開後)[編集]
- 「サクラトーン」(2020年)
- 「虹む涙」(2020年3月4日)
- 「ナツオモイ」(2020年8月12日)
- 「Runaway」
- 「夢の途中」(2023年3月24日)
主なライブ・未音源化曲[編集]
- 「指先の夢」(2021年〜)、「オレンジ」(2022年披露)、「靴ひも」(2023年披露、のちに『雫ノ音』収録)
- 「Tsuki Talk」「Regeneration」(Jazz Note 2024向け、英語詞)
- 「Prelude」(Piano Note 2025向け)
- 「青が鳴る」(2026年の弾き語りツアーで初披露。テーマは「青春」)
映像作品[編集]
- 『有安杏果 サクライブ 2019 〜Another story〜』(2019年11月、Blu-ray/DVD)
- 『有安杏果 Pop Step Zepp Tour 2019』(2020年8月)
写真家としての活動[編集]
日藝写真学科出身という経歴を生かし、写真家としても活動している。卒業後の2018年には写真投稿を中心にしたInstagramを開設し、ファンから「待ってたよ」と歓迎された。2019年には初の写真展「a song of Hope 〜ヒカリの声〜」を大阪の阪急うめだ本店と東京・銀座プレイス(ソニーのショールーム)で開催し、同名の写真集も刊行。写真コンテストの審査員も務めた。
連載も多く、AERA dot.では文化財を撮影する「ももかアイズ」、毎日新聞東京夕刊では「美とあそぶ」(2020年11〜12月)、写真雑誌『Cameraholics』ではフォトエッセイ「曇りのち時々晴れ」(2020〜2023年)を担当した。交際相手(現在の夫)とも写真が共通の趣味で、一緒に撮影へ出かけるうちに距離が縮まったと本人がラジオで語っている。
出演作品[編集]
映画[編集]
- 『幕が上がる』(2015年)
テレビドラマ(子役時代の主なもの)[編集]
- 『至上の恋〜愛は海を越えて〜』(2001年、NHK)
- 『サントリーミステリー大賞スペシャル 時の渚』(2001年、テレビ朝日)
- 『火曜サスペンス劇場 親父』(2002年、日本テレビ)
- 『SMAP×SMAP特別篇 サランヘヨ愛の劇場』(2002年、フジテレビ)
- 『はぐれ刑事純情派』第15シリーズ(2002年、テレビ朝日)
- 『金田一少年の事件簿SP』(2005年、日本テレビ)
- 『金曜エンタテイメント 奥様は警視総監』(2006年、フジテレビ)
テレビ番組[編集]
- 『ポンキッキーズ21』(2004〜2005年、フジテレビ)
私生活[編集]
2019年2月6日、週刊誌の記者に囲まれたことを受け、医師の一般男性と結婚を前提に交際していることを自ら公表した。相手はもともと通っていた喉の病院の医師から紹介された人物で、ツアー初日に本番直前まで話し相手になってくれるなど、精神面で支えになっていたという。同年4月のTBSラジオ『伊集院光とらじおと』では「恋、してます」と照れながらなれそめを語った。この男性は個人事務所アプリコットの代表も務めている。
2019年11月24日、公式サイトとInstagramで前日に入籍したことを発表。「幼い頃から芸能界で生きてきて私生活が少なかった」と振り返り、健康と幸せを一番に考えてくれる相手と出会ったこと、一人の女性として幸せになりたいと考えたことを結婚の理由に挙げた。夫の氏名は公表されていない。
炎上とバズ[編集]
卒業時の「メンバーのブログ短すぎ」騒動[編集]
2018年1月の卒業直後、百田夏菜子と玉井詩織のブログが短かったことから、ネット上で「あっさりしすぎ」「仲が悪かったのか」と話題になり、J-CASTニュースなどが報じた。ただし高城れには長文で感謝をつづり、佐々木彩夏も2本のブログで卒業に触れており、「短さに思いが詰まっている」と擁護する声も多かった。
活動再開と交際公表への賛否[編集]
「普通の女の子に戻る」として引退してから1年での復帰、さらにその直後の医師との交際公表、同年11月の結婚は、週刊誌を中心に大きく報じられた。とくに『FRIDAY』は、相手が「医師と患者」「事務所社長とタレント」という二重の関係にある点や、ソロ再始動から1年足らずでの結婚というタイミングを疑問視する記事を掲載している。一方で、ラジオで交際を聞いた伊集院光は「本人が元気になっていることが何より」と受け止めており、反応は二分された。本人は交際公表時に「嫌な気持ちになった人がいたら」と謝罪しつつ、温かく見守ってほしいと呼びかけている。
余談[編集]
- ファンクラブ名「スマイルーム315」の「315」は誕生日(3月15日)から。30歳の誕生日当日にもワンマンを開催するなど、誕生日をライブで祝うのが恒例になりつつある。
- 2026年の弾き語りツアー初日(7月3日)は、横浜アリーナでの初ソロ公演からちょうど10年後の同じ日付だった。
- 新曲「青が鳴る」について、ダンスレッスンに明け暮れた日々もももクロ時代も、そして今のツアーも全部「青春」だと語っている。
- ビルボード公演のアンコールでビリー・ジョエルの「ピアノ・マン」を歌ったのは、ジントニックを特別メニュー「ももカクテル」として出したことにちなんだ選曲(歌詞にジントニックが登場する)。
- 2024年のJazz Note公演では、緊張気味の客席に「何でそんなに硬いの? いつももっと元気じゃん」と呼びかけ、お酒を楽しむファンの姿に「まるで私のライブじゃないみたい」と笑った。
- 『雫ノ音』は本来2021年に予定されていたツアーのタイトルでもあり、コロナ禍で中止になった名前を5年越しにアルバムとして回収した形である。本人は「ようやく滴り落ちた一滴が、この『雫ノ音』です」とコメントしている。