| 山本竜二 | |
|---|---|
| 誕生日 | 1958年8月19日 |
| 年齢 | 67歳 |
| 出身地 | 京都府京都市 |
| 国籍 | 日本 |
| 血液型 | B型 |
| 職業 | 俳優、元AV男優、飲食店経営者 |
| 代表的な実績 | “キモメン男優の元祖” |
概要[編集]
山本竜二(やまもと りゅうじ、1958年8月19日 - )は、日本の個性派俳優にして元AV男優、いまや飲食店経営者でもあるという一筋縄ではいかない経歴の持ち主。京都市出身、血液型B型らしい。一般向けのドラマや時代劇から成人向け作品まで、ジャンルの壁を軽々と飛び越えて活躍してきた“怪優”である。加藤鷹やチョコボール向井と同世代の男優として、日本のAV黎明期を語るうえで欠かせない一人。
芸能一家に生まれて[編集]
実はとんでもない芸能の血筋。従兄弟叔父は往年の時代劇大スター・嵐寛壽郎、父は大映の俳優で殺陣師の佐々木小二郎、祖父は大映京都・宝塚映画の制作主任を務めた小林利勝という、絵に描いたような映画一家の出身らしい。女優の森光子とも縁続き(血のつながりはない)だというから血筋だけ見れば完全にサラブレッドである。弟子には活動弁士の坂本頼光がいる。
大部屋からピンク映画へ[編集]
高校生の頃から映像京都の大部屋俳優として活動を開始。映像京都の活動縮小に伴い東京へ移り、事務所所属の俳優として正式デビューを果たす。数多くのテレビドラマに出演したものの、所属事務所が倒産してしまい仕事が激減。他の仕事で食いつなぐうちに、しょんべん横丁で偶然知り合った縁でピンク映画関係者から声がかかり、ピンク映画へ。京都時代に培った演技力と天性のキャラクターが評価され、一躍売れっ子の存在になったというのだから人生何があるか分からない。
AV男優・監督として[編集]
1990年代までは加藤鷹・チョコボール向井・斉藤竜一・日比野達郎・平賀勘一らとともにレンタル系大手AVメーカー作品に多数出演。中肉中背の男優が当たり前だった時代にあって、“キモメン男優の元祖”とも言える独自の存在感を確立した。唾を大量に溜めてのベロキスや顔舐めといった芸風は、後の吉村卓らに受け継がれていったとされる。擬似本番が主流だった時代の中で及川奈央ら多くの有名女優と本番を敢行したことでも知られ、男優としてだけでなく監督としてもジャンルを問わず幅広く活躍した。
一般作への凱旋[編集]
ポルノとは対極の一般分野にも再び活動の幅を広げ、多数の作品やバラエティ番組に存在感を発揮。特に時代劇の分野では、かつて大部屋俳優として下積みした太秦撮影所へ『必殺仕事人』への出演で“凱旋”を果たしたほか、大河ドラマや『水戸黄門』といった超メジャー作品にも出演を実現させている。下積み時代に縁のあった場所へ役者として戻ってくるというのは、なかなかドラマチックな話である。
余談[編集]
- “個性派”という枕詞がこれほど似合う俳優も珍しく、成人向けと一般向けの両方で確固たる地位を築いた稀有なキャリアの持ち主。
- AV黎明期を加藤鷹・チョコボール向井らとともに支えた世代であり、当時の業界を語るうえで欠かせない証人的存在でもある。