| 上地結衣 Yui Kamiji | |
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2014年スイス・オープン(ジュネーブ)準決勝でプレーする上地結衣(出典:Wikimedia Commons「Swiss Open Geneva - 20140712 - Semi final Women - Y. Kamiji vs K. Montjane 83.jpg」・CC BY-SA 3.0) | |
| 誕生日 | 1994年4月24日 |
| 年齢 | 32歳 |
| 出身地 | 兵庫県明石市 |
| 国籍 | 日本 |
| 身長 | 143cm |
| 学歴 | 明石市立明石商業高等学校卒業 |
| 職業 | 車いすテニス選手 |
| 活動期間 | 2000年代 - |
| 代表的な実績 | パリパラリンピック単複金メダル、四大大会シングルス13勝・ダブルス25勝、生涯ゴールデンスラム(2026年) |
| 受賞 | 紫綬褒章(2024年)、ITF車いすテニス世界チャンピオン(2014年・2017年・2025年) |
| その他 | 所属:三井住友銀行 |
| リンク | https://yuikamiji.com/ |
概要[編集]
上地結衣(かみじ ゆい)とは、兵庫県明石市出身の車いすテニス選手である。身長143cmの小柄な体で車いす操作の速さと多彩なショットを武器に戦い、2024年パリパラリンピックで単複金メダル、2026年ウィンブルドン選手権制覇で日本女子初の「生涯ゴールデンスラム」を達成した、女子車いすテニスのトッププレーヤー。
詳細[編集]
先天性の潜在性二分脊椎症があり、幼少期は装具を着けて歩くことができたが、成長とともに歩行が難しくなったと本人が公表している。小学生のころは車いすバスケットボールをしていたが、姉の影響で11歳から車いすテニスを始めた。
14歳で日本ランキング1位となり、2008年には全日本選抜車いすテニス選手権で初優勝。高校生だった2012年にはロンドンパラリンピックに出場し、単複ともベスト8に入った。
所属はエイベックス・グループ・ホールディングスを経て、2019年から三井住友銀行。ラケットは住友ゴム工業のダンロップブランドを使用しており、2026年のウィンブルドン制覇後には同社が記念キャンペーンを行った。
女子車いすテニスは長年オランダ勢が圧倒的に強く、特にディーデ・デフロート(オランダ)は上地にとって10年以上にわたる最大のライバルである。上地のキャリアは「オランダの壁」をどう越えるかの歴史でもある。
経歴[編集]
ブレイク期(2014年)[編集]
2014年、全仏オープンで四大大会シングルス初優勝を果たし、全米オープンも制覇。同年5月に世界ランキング1位に到達した。ダブルスではイギリスのジョーダン・ワイリーと組んで四大大会すべてを制し、ダブルスの年間グランドスラムを達成。21歳135日での達成はギネス世界記録に認定された。この年、ITF車いすテニス世界チャンピオンにも選ばれている。
パラリンピックでの苦闘(2016年〜2021年)[編集]
2016年リオデジャネイロパラリンピックではシングルス銅メダルを獲得。2017年は全豪・全仏・全米の3大会でシングルスを制し、2度目のITF世界チャンピオンに選ばれた。2018年には東京パラリンピックの出場権を全選手の中で最初に確定させている。
地元開催の2021年東京パラリンピックでは、準決勝でオランダ勢を破って決勝に進出したが、決勝でデフロートに敗れ銀メダル。ダブルス(大谷桃子とのペア)では銅メダルを獲得した。
パリでの頂点(2024年)[編集]
2024年パリパラリンピックでは、9月5日の女子ダブルス決勝で田中愛美と組み、デフロート/アニク・ファンクート組(オランダ)に4-6、7-6、[10-8]の逆転勝ち。オランダの同種目での連続金メダルを止め、日本女子として車いすテニス初の金メダルを獲得した。翌6日のシングルス決勝では第1シードのデフロートに4-6、6-3、6-4で逆転勝ちし、単複2冠を達成した。同年紫綬褒章を受章している。
世界1位復帰(2025年)[編集]
2025年は1月の全豪オープンで5年ぶり3度目の優勝を果たすと、全仏オープンでは決勝でファンクートを6-2、6-2で下し、南アフリカのクゴサツォ・モンジェーンとのダブルスと合わせて単複2冠。全米オープンも8年ぶりに制し、四大大会シングルス3勝の年となった。2018年6月以来となる世界ランキング1位に復帰し、年末には8年ぶり3度目のITF世界チャンピオンに選出された。
生涯ゴールデンスラム(2026年)[編集]
2026年は全豪・全仏のシングルスでいずれも準決勝敗退と苦しんだが、7月のウィンブルドンでは決勝でデフロートを6-0、6-0で下し、10度目の挑戦で初優勝。四大大会すべてとパラリンピック金メダルをそろえる「生涯ゴールデンスラム」を日本女子として初めて達成した。日本人では男子の国枝慎吾、小田凱人に続く快挙である。
9月の全米オープンでは決勝で再びデフロートと対戦し、6-2、1-6、6-3で勝利して2連覇(全米通算4勝目)。中国のジュ・ジェンジェンと組んだダブルスも制して単複2冠となり、ダブルスは全仏・ウィンブルドン・全米と3大会連続優勝となった。
戦績[編集]
四大大会シングルス(13勝)[編集]
- 全豪オープン:2017年、2020年、2025年
- 全仏オープン:2014年、2017年、2018年、2020年、2025年
- ウィンブルドン選手権:2026年
- 全米オープン:2014年、2017年、2025年、2026年
四大大会ダブルス(25勝)[編集]
- 2014年に年間グランドスラム(ジョーダン・ワイリーと)
- 主なパートナーはワイリー、マルヨレイン・ブイス、デフロート、ダナ・マシューソン、モンジェーン、ジュ・ジェンジェンなど
- 2026年は全仏・ウィンブルドン・全米をジュ・ジェンジェンと制覇
パラリンピック[編集]
| 大会 | シングルス | ダブルス |
|---|---|---|
| 2012年 ロンドン | ベスト8 | ベスト8 |
| 2016年 リオデジャネイロ | 銅メダル | - |
| 2021年 東京 | 銀メダル | 銅メダル |
| 2024年 パリ | 金メダル | 金メダル |
プレースタイル[編集]
最大の特徴は車いす操作(チェアワーク)の速さ。本人も「車いす操作のスピードでは負けない」「試合が長引くほど集中力が上がる」と語り、相手との駆け引きや心理戦に自信を見せている。身長143cmと小柄なため、打点の高さではなく回転と角度、コースの精度で勝負するタイプである。
リオ大会まではバックハンドをほぼスライスで処理していたが、2017年春にバックハンドのトップスピンを習得。鋭角に打ち込むトップスピンで相手を左右に振り、返球コースを限定させてから次の一打を読む、という組み立てが可能になった。本人は「トップスピンを打つことで、この角度だったらクロスにしか飛んでこないなという判断ができる」と説明している。2017年の四大大会3勝はこの進化と時期が重なる。
フォアハンドの強打に加え、スライスで相手のバックハンドを突く配球、長いラリーでの粘りも持ち味。2025年全仏決勝では、スライスでバックハンド側を攻める展開からウィナーを重ねる試合運びを見せた。
小田凱人との関係[編集]
小田凱人は同じ日本の車いすテニス選手で、男子の世界トップ。2人は四大大会やパラリンピックで同じ日本代表としてそろって勝ち上がることが多く、パリパラリンピックではそろってシングルス金メダルを獲得した。2025年には2人そろってITF世界チャンピオンに選ばれ、いずれも四大大会シングルス3勝と年間最終戦(マスターズ)連覇という成績だった。
2026年全米オープンでは上地が優勝した一方、小田は決勝でアルフィー・ヒューエット(イギリス)に敗れて準優勝だった。四大大会の車いすの部には男女混合ダブルスの種目がないため、2人が公式戦でペアを組んだ記録は確認できない。
2026年アジアパラ競技大会[編集]
2026年アジアパラ競技大会(愛知・名古屋、10月18日〜24日)の車いすテニス日本代表に、小田凱人、大谷桃子、田中愛美、三木拓也らとともに内定している。会場は名古屋市の東山公園テニスセンターで、日本代表は「全種目で金メダルを狙う」方針を掲げている。
余談[編集]
- 車いすテニスを始める前は車いすバスケットボールをしており、テニスへの転向は姉の影響とされる。
- ダブルス年間グランドスラムは「女子車いすテニス史上最年少」の記録として紹介されている。
- ウィンブルドン初優勝は10度目の挑戦で、決勝のスコアは6-0、6-0。長年のライバル相手に1ゲームも落とさなかった。
- パリパラリンピックの女子ダブルス金は、オランダ勢の同種目での連続金メダルを止めた一戦として報じられた。