| 高橋伴明 Banmei Takahashi | |
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第35回東京国際映画祭(2022年)のレッドカーペットにて。『DOOR』デジタルリマスター版の上映に合わせて登壇した | |
| 本名 | 高橋伴明(ともあき) |
| 誕生日 | 1949年5月10日 |
| 年齢 | 77歳 |
| 出身地 | 奈良県奈良市 |
| 国籍 | 日本 |
| 家族 | 妻・高橋惠子(女優) |
| 職業 | 映画監督、映画プロデューサー、脚本家、大学教授 |
| 肩書 | ブロウアップ代表取締役 |
| 活動期間 | 1972年 - |
| 代表的な実績 | 『TATTOO<刺青>あり』『光の雨』『火火』『痛くない死に方』『夜明けまでバス停で』『「桐島です」』 |
| 受賞 | ヨコハマ映画祭監督賞(1982年)、山路ふみ子福祉賞(2020年)、キネマ旬報ベスト・テン日本映画監督賞(2022年度)ほか |
| 別名 | 剣山象、高橋伴(脚本家名義) |
| リンク | 高橋伴明 公式サイト |
概要[編集]
高橋伴明(たかはし ばんめい、1949年5月10日 - )は、日本の映画監督・プロデューサー・脚本家・元大学教授。ピンク映画で50本以上を撮ったのち一般映画へ進み、連合赤軍、冤罪、在宅医療、ホームレス女性の死、逃亡犯の半生など、社会の暗部を正面から描く作品を70代以降も撮り続けている。
詳細[編集]
高橋伴明は、1970年代のピンク映画界で頭角を現した世代の監督である。学生運動で大学を追われ、ピンク映画の現場でアルバイトをしながら映画を覚えたという経歴を持ち、若松孝二のもとで本格的に監督として歩み始めた。神代辰巳・田中登・曽根中生らが日活ロマンポルノで活躍した同時代に、独立系ピンク映画の側から「ニューウェーブ」と呼ばれた一人である。
1982年の『TATTOO<刺青>あり』で一般映画に進出してからは、やくざ映画・麻雀劇画の映画化・Vシネマといった娯楽作から、実在の人物や事件を題材にした社会派作品まで幅広く手がけた。2000年代以降は『光の雨』『火火』『BOX 袴田事件 命とは』のように、実話や史実をもとにした重いテーマの作品が増えている。
2020年代に入っても創作意欲は衰えず、『痛くない死に方』(2021年公開)、『夜明けまでバス停で』(2022年)、『「桐島です」』(2025年)、『安楽死特区』(2026年)と、ほぼ1〜2年おきに新作を発表している。2007年から2016年までは京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)の映画学科長も務め、学生とともに映画を作るなど後進の育成にも力を注いだ。
経歴[編集]
生い立ちと学生運動[編集]
1949年、奈良県奈良市の華道の家に生まれる。本名は「伴明」と書いて「ともあき」と読み、「ばんめい」は音読みの通称である。東大寺学園高校を卒業後、1969年に早稲田大学第二文学部へ進学し、映画研究会に入った。
在学中は第二次早稲田大学闘争に参加し、学生運動にのめり込んだ結果、大学を除籍されて中退している。同じ時期、渡辺護監督らのピンク映画の撮影現場でアルバイトをしており、これが映画界に入るきっかけとなった。
ピンク映画監督として[編集]
1972年、『婦女暴行脱走犯』で監督デビューを果たす。しかしプロデューサーと対立し、いったん映画界を離れた。1973年には小林悟とともに東活で製作業務に携わっている。
1976年、若松孝二がプロデュースした『非行少女・少女売春』で監督に復帰。若松プロの流れのなかで実力を認められ、1979年には自身の高橋プロを設立した。中村幻児らとともに「ピンク映画界のニューウェーブ」と呼ばれ、ピンク映画だけで50数本を発表している。脚本では「剣山象」「高橋伴」などの別名義も使った。
一般映画への進出[編集]
1982年、関根恵子(現・高橋惠子)主演の『TATTOO<刺青>あり』で一般映画に進出し、同年のヨコハマ映画祭で監督賞を受賞した。同じ1982年には、長谷川和彦・相米慎二・根岸吉太郎ら若手監督9人が集まった製作会社「ディレクターズ・カンパニー」に参加。1984年には同社の『逆噴射家族』(石井聰亙監督)でプロデューサーを務めている。
1983年には記録映画『ザ・力道山』を監督。1985年には『マギーへの伝言』、1988年には妻の高橋惠子が主演した『DOOR』を発表した。『DOOR』は団地に住む主婦がしつこいセールスマンにつきまとわれる恐怖を描いたサスペンスで、続編『DOOR II TOKYO DIARY』も作られている。
1990年代:娯楽作とVシネマ[編集]
1990年代は、劇場映画と並行してビデオ用映画(Vシネマ)を数多く手がけた。『ネオチンピラ 鉄砲玉ぴゅ〜』(1990年)とその続編、能條純一の麻雀劇画を原作とする『麻雀飛翔伝 哭きの竜』シリーズ、『獅子王たちの夏』(1991年)、『獅子王たちの最后』(1993年)、『迅雷 組長の身代金』(1996年)など、やくざや勝負師を主人公にした娯楽作が多い。
一方で『愛の新世界』(1994年)、『セラフィムの夜』(1995年)、『大いなる完』(1998年)、『突撃 ラクガキ愚連隊』(1998年)など作風の異なる作品も撮っており、ジャンルを問わず撮り切る職人監督としての評価を固めた。
2000年代:実話・史実への傾斜[編集]
2001年の『光の雨』は、立松和平の小説を原作に、連合赤軍による「山岳ベース事件」を描いた作品である。事件そのものを再現するのではなく、「連合赤軍を題材にした映画を撮る若い俳優たち」を描く劇中劇の形をとり、学生運動を体験した世代の監督が当時を問い直す作品として話題になった。
2004年の『火火』は、滋賀県信楽の女性陶芸家・神山清子の実話がもとで、田中裕子が主演した。白血病を発症した息子のため骨髄バンクの普及に奔走した母子の姿を描いている。続く2008年の『丘を越えて』では西田敏行が作家・菊池寛を演じ、昭和初期の東京を舞台に池脇千鶴が演じる秘書との交流を描いた。2009年1月公開の『禅 ZEN』では中村勘太郎(現・六代目中村勘九郎)が曹洞宗の開祖・道元を演じ、内田有紀・高橋惠子らが共演した。
2010年代:冤罪・日韓・老い[編集]
2010年の『BOX 袴田事件 命とは』は、1966年に静岡県で起きた一家殺害事件で死刑判決を受けた袴田巖さんの冤罪問題を、一審で無罪の心証を持ちながら死刑判決に関わった元裁判官・熊本典道の視点から描いた。萩原聖人が熊本を、新井浩文が袴田さんを演じている。袴田さんは2024年に再審で無罪が確定しており、公開当時から冤罪を訴えた作品として改めて言及されることが多い。
2011年には京都造形芸術大学の学生と組んだ『MADE IN JAPAN こらッ!』を監督。2012年6月公開の『道~白磁の人~』は、朝鮮半島で植林に尽くし、朝鮮の民芸を愛した林業技師・浅川巧の生涯を描いた日韓合作で、吉沢悠が主演した。2015年の『赤い玉、』は奥田瑛二を主演に迎え、老いを意識し始めた映画監督の性と生を描いた作品で、モントリオール世界映画祭のワールド・グレイツ部門に出品された。
2020年代:社会派の新作を連打[編集]
2021年2月公開の『痛くない死に方』は、在宅医の長尾和宏の著作をもとに、柳楽優弥が演じる若い在宅医の成長を描いた。終末期医療をテーマにした作品として評価され、山路ふみ子福祉賞を受けている。
2022年10月公開の『夜明けまでバス停で』は、2020年に東京都渋谷区幡ヶ谷のバス停で路上生活の女性が殺害された事件に着想を得た作品で、板谷由夏が主演した。コロナ禍で仕事と住まいを失った女性の姿を描き、第96回キネマ旬報ベスト・テンで日本映画第3位・日本映画監督賞、毎日映画コンクール日本映画優秀賞を獲得した。
2025年7月4日公開の『「桐島です」』(105分)は、1970年代に東アジア反日武装戦線の一員として指名手配され、約半世紀にわたり偽名で暮らした桐島聡の半生を描いた作品である。2024年1月、末期がんで入院していた男が「桐島聡」と名乗り出て数日後に死去したニュースをもとに、毎熊克哉が桐島を演じ、脚本は高橋と梶原阿貴が共同で担当した。高橋惠子も出演している。
2026年1月23日公開の『安楽死特区』(129分)は、長尾和宏の同名小説を丸山昇一が脚色した作品。「安楽死法案」が可決された近未来の日本を舞台に、余命半年を宣告されたラッパー(毎熊克哉)とパートナーのジャーナリスト(大西礼芳)が、制度の内実を告発しようと国家戦略特区「安楽死特区」に入居する物語で、加藤雅也・板谷由夏・平田満・余貴美子・奥田瑛二らが出演した。
大学教授として[編集]
2007年4月、映画学科を新設した京都造形芸術大学(現・京都芸術大学、京都府京都市)に招かれ、教授・映画学科長に就任した。2016年3月末に退任するまで、ピンク映画の現場で鍛えた撮影の段取りや、予算の限られた中で作品を仕上げる方法を学生に伝えた。
在職中には学生スタッフと組んだ劇映画も製作しており、『MADE IN JAPAN こらッ!』(2011年)には、のちに『安楽死特区』でヒロインを演じる大西礼芳も出演していた。2012年には妻・高橋惠子が23年ぶりに主演した『カミハテ商店』(山本起也監督)で製作を務めるなど、大学発の映画づくりを支えた。
作風[編集]
- 実在の事件・人物への関心 - 連合赤軍、袴田事件、浅川巧、桐島聡、幡ヶ谷のバス停事件など、実在の出来事に材を取ることが多い。事件を説明するより、その中にいた個人の葛藤や時代の空気を描く傾向がある。
- 学生運動世代の視点 - 自身が早稲田闘争の当事者だったこともあり、『光の雨』『「桐島です」』では、1970年代の政治運動を「あの時代を生きた者」として問い直している。
- 低予算でも撮り切る職人性 - ピンク映画やVシネマで培った、限られた日数と予算で作品をまとめ上げる力は、同世代の監督の中でも評価が高い。
- 「生と死」のテーマ - 2020年代の『痛くない死に方』『安楽死特区』では、終末期医療や安楽死といった死の迎え方を正面から扱っている。
主な監督作品[編集]
| 公開年 | 作品名 | 備考 |
|---|---|---|
| 1972年 | 婦女暴行脱走犯 | ピンク映画・監督デビュー作 |
| 1976年 | 非行少女・少女売春 | 若松孝二プロデュース・監督復帰作 |
| 1982年 | TATTOO<刺青>あり | 初の一般映画・ヨコハマ映画祭監督賞 |
| 1983年 | ザ・力道山 | 記録映画 |
| 1985年 | マギーへの伝言 | |
| 1988年 | DOOR | 主演・高橋惠子(2023年にデジタルリマスター版公開) |
| 1990年 | ネオチンピラ 鉄砲玉ぴゅ〜 | Vシネマ・続編あり |
| 1991年 | 獅子王たちの夏 | |
| 1994年 | 愛の新世界 | |
| 1995年 | セラフィムの夜 | |
| 1996年 | 迅雷 組長の身代金 | |
| 1998年 | 大いなる完 | |
| 2001年 | 光の雨 | 原作・立松和平、連合赤軍を題材 |
| 2004年 | 火火 | 主演・田中裕子、陶芸家・神山清子の実話 |
| 2008年 | 丘を越えて | 主演・西田敏行(菊池寛役) |
| 2009年 | 禅 ZEN | 主演・中村勘太郎(道元役) |
| 2010年 | BOX 袴田事件 命とは | 主演・萩原聖人 |
| 2011年 | MADE IN JAPAN こらッ! | 京都造形芸術大学の学生と製作 |
| 2012年 | 道~白磁の人~ | 日韓合作・主演・吉沢悠 |
| 2015年 | 赤い玉、 | 主演・奥田瑛二 |
| 2021年 | 痛くない死に方 | 主演・柳楽優弥、原作・長尾和宏 |
| 2022年 | 夜明けまでバス停で | 主演・板谷由夏、キネマ旬報日本映画監督賞 |
| 2025年 | 「桐島です」 | 主演・毎熊克哉、桐島聡の半生 |
| 2026年 | 安楽死特区 | 主演・毎熊克哉、原作・長尾和宏、脚本・丸山昇一 |
受賞歴[編集]
- 1982年 - ヨコハマ映画祭 監督賞(『TATTOO<刺青>あり』)
- 2020年 - 山路ふみ子福祉賞(『痛くない死に方』)
- 2022年度 - 第96回キネマ旬報ベスト・テン 日本映画第3位・日本映画監督賞(『夜明けまでバス停で』)
- 2022年度 - 毎日映画コンクール 日本映画優秀賞(『夜明けまでバス停で』)
人物・家族[編集]
妻は女優の高橋惠子(旧芸名・関根恵子)。『TATTOO<刺青>あり』で主演に迎えたことがきっかけで、1982年に結婚した。仲人は映画監督の大島渚と女優の小山明子の夫妻が務めた。高橋惠子はその後も『DOOR』『禅 ZEN』『「桐島です」』など夫の作品に繰り返し出演しており、2012年には高橋伴明が製作に回った『カミハテ商店』で23年ぶりの主演を果たしている。
映画製作会社ブロウアップの代表取締役でもあり、公式サイトで近況や上映情報を発信している。
余談[編集]
- ピンク映画の現場でアルバイトとして師事した渡辺護と、監督復帰を後押しした若松孝二という、独立系ピンク映画の二大巨頭から直接学んだ稀有な経歴を持つ。同じくピンク映画出身で一般映画へ進んだ監督には滝田洋二郎がいる。
- 1988年の『DOOR』は、2022年の第35回東京国際映画祭でデジタルリマスター版が上映され、夫妻そろってレッドカーペットを歩いた。翌2023年にはデジタルリマスター版が劇場公開されている。
- 『「桐島です」』と『安楽死特区』は、いずれも毎熊克哉が主演し、配給も同じ渋谷プロダクションである。
- 『安楽死特区』の原作者・長尾和宏は、『痛くない死に方』の原作者でもあり、『安楽死特区』には本人も出演している。
- ピンク映画からアダルトビデオへと移った同時代の映像作家には代々木忠や村西とおるがいるが、高橋は一般映画の道を選んだ。