| 長与善郎 Yoshiro Nagayo | |
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| ファイル:長与善郎.jpg | |
| 本名 | 長與善郎 |
| 誕生日 | 1888年8月6日 |
| 死亡日 | 1961年10月29日 |
| 死亡年齢 | 73歳 |
| 出身地 | 東京府 |
| 国籍 | 日本 |
| 職業 | 小説家・劇作家・評論家 |
| 活動期間 | 1910年代 - 1961年 |
| 代表的な実績 | 《青銅の基督》《竹沢先生と云ふ人》 |
長与善郎(ながよ よしろう、1888年〈明治21年〉8月6日 - 1961年〈昭和36年〉10月29日)とは、大正から昭和にかけて活躍した日本の小説家・劇作家・評論家である。志賀直哉や武者小路実篤らとともに同人誌『白樺』に加わった白樺派の作家で、人道主義的な理想を静かな筆致で描いた。代表作に長崎のキリシタン弾圧を題材とした小説《青銅の基督》、思索的な長篇《竹沢先生と云ふ人》がある。
概要[編集]
長与善郎は、白樺派のなかでも知性的で内省的な作風をもって知られた作家である。同派の中心であった武者小路実篤・志賀直哉・有島武郎らと交わりながら、人間の良心や信仰、生の意味を問う作品を書き続けた。小説のほか戯曲や評論、随筆にも筆を広げ、東洋思想への関心を深めた晩年には自伝的な回想録も残している。
生い立ち[編集]
1888年(明治21年)8月6日、東京府に生まれた。父は医学者の長與專齋で、長與家は肥前大村藩に代々仕えた漢方医の家系であった。善郎はその五男にあたる。恵まれた学問的環境のなかで育ち、学習院を経て東京帝国大学に学んだ。豊かな教養と語学力を背景に、西洋の文学・思想と東洋の古典の双方に親しんだことが、のちの作風の幅を支えている。
白樺派への参加[編集]
1911年(明治44年)、善郎は志賀直哉・武者小路実篤・有島武郎・里見弴・柳宗悦・木下利玄らが集う同人誌『白樺』に参加し、白樺派の一員として文壇に登場した。理想主義と個性の尊重を掲げる白樺派の気風のなかで、善郎は観念的な主題を好んで扱い、人間の内面と倫理を掘り下げる独自の位置を占めた。
代表作[編集]
善郎の名を高めたのは、1923年(大正12年)に発表された小説《青銅の基督》である。江戸時代初期の長崎で、キリシタン弾圧に用いる踏絵(青銅のキリスト像)を鋳ることになった鋳物師の苦悩を描いた作品で、信仰と芸術、そして権力のはざまに立つ人間を主題とした。のちに映画化もされている。
続く《竹沢先生と云ふ人》(1925年)は、理想的な人格者「竹沢先生」を語り手が見つめる思索的な長篇で、白樺派的な人間観の到達点のひとつとされる。晩年には自伝的回想録《わが心の遍歴》(1959年)を著し、みずからの精神の歩みを振り返った。
作風[編集]
善郎の文章は、感情を高ぶらせるよりも、理知と静けさをもって主題に迫るところに特色がある。信仰や道徳、生と死といった重い問いを、あくまで穏やかな語り口で扱い、白樺派の人道主義に東洋的な諦観と省察を加えた。派手さはないが、精神の誠実さを尊ぶその姿勢は、同時代の千家元麿や倉田百三ら、白樺派周辺の理想主義的な文学者たちと響き合うものであった。