若山牧水

若山牧水
わかやま ぼくすい
ファイル:若山牧水.jpg
本名 若山繁
誕生日 1885年8月24日
死亡日 1928年9月17日
死亡年齢 43歳
出身地 宮崎県東臼杵郡坪谷村(日向市)
国籍 日本
学歴 早稲田大学英文科卒
職業 歌人
肩書 歌誌『創作』主宰
活動期間 1900年代 - 1928年
代表的な実績 自然主義短歌/『海の声』『別離』/旅と酒の歌
別名 牧水


概要[編集]

若山牧水(わかやま ぼくすい、1885-1928)は、旅と酒と自然を愛したことで知られる近代屈指の歌人。本名は若山繁前田夕暮とともに自然主義短歌を代表し、二人の時代は「夕暮・牧水時代」と呼ばれた。

とにかく旅を愛し、日本中を歩いては歌を詠んだため、全国いたるところに牧水の歌碑がある。そして酒豪としても名高く、一日一升を空けたという逸話まで残る。澄んだ抒情と人なつこい人柄で、いまも幅広く愛される歌人である。

早稲田の三水[編集]

宮崎・坪谷村の医師の長男に生まれる。早稲田大学英文科に進み、同級生の北原白秋、中林蘇水と親しく交わって「早稲田の三水」と呼ばれた。号「牧水」は、母の名「マキ」と故郷の山河の「水」に由来するとも言われる。

自然主義短歌[編集]

牧水の歌は、技巧をこらすよりも自然と感情をそのまま流し込むような、平明で調べのよい作風が特徴。歌集『海の声』『独り歌へる』『別離』などで一気に世に知られた。「白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ」「幾山河越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく」といった歌は、誰もが一度は耳にする牧水の代表作である。

旅の歌人[編集]

牧水は生涯にわたって旅を続け、各地で歌を詠んだ。歌誌『創作』を主宰し、若い歌人を育てる場にもなった。旅で出会った風景と、そこに重ねる孤独や哀愁こそが牧水短歌の核であり、「旅の歌人」の異名はここから来ている。

酒の歌人[編集]

酒を愛した歌人としても牧水は別格で、「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり」など、酒を詠んだ名歌を多く残した。晩年は静岡・沼津に居を構え、千本松原や富士の景を愛して千本松原の保存運動に立ち上がったことでも知られる。

余談[編集]

  • 1928年、肝硬変のため43歳で死去。夏の盛りだったにもかかわらず遺体の傷みが遅く、医師が「アルコール漬けのようだ」と驚いたという、酒豪らしすぎる逸話が伝わる。
  • 妻・喜志子も歌人で、牧水の没後はその顕彰に努めた。
  • 沼津には若山牧水記念館があり、旅と酒を愛した歌人の足跡を今に伝えている。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]