篠原有司男

篠原 有司男
Shinohara Ushio
ファイル:篠原有司男.jpg
本名 篠原 牛男
誕生日 1932年1月17日
年齢 94歳
出身地 東京府東京市麹町区
国籍 日本
職業 現代美術家
活動期間 1950年代 - 現在
代表的な実績 ボクシング・ペインティング、オートバイ彫刻
別名 ギューチャン


概要[編集]

篠原有司男(しのはら うしお、1932年1月17日 - )は、東京出身の現代美術家。本名は篠原牛男、愛称は「ギューチャン」。ボクシンググローブに絵具をつけてキャンバスを殴りつける「ボクシング・ペインティング」と、段ボールで作る極彩色の「オートバイ彫刻」で世界に知られる、90代にして現役のレジェンド前衛芸術家である。

戦後日本のアナーキーな前衛運動「ネオ・ダダ」から出発し、ニューヨークに渡って半世紀以上。怒涛のエネルギーで作り続ける姿は、まさに「芸術は爆発」を地で行く生き様だ。

ネオ・ダダの暴れん坊[編集]

1960年(昭和35年)、第12回読売アンデパンダン展に集った赤瀬川原平荒川修作・吉村益信らとともに、新宿の「ホワイトハウス」を拠点に前衛美術集団「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」を結成。既成の芸術をぶち壊すような過激なパフォーマンスで、戦後美術界に旋風を巻き起こした。

この頃に始めたのが、ボクシンググローブに墨や絵具を含ませてキャンバスを殴りつける「ボクシング・ペインティング」。本人いわく芸術のつもりはなく、マスメディア向けのパフォーマンスだったというが、これが篠原の代名詞となっていく。

ニューヨーク移住[編集]

1969年(昭和44年)、ロックフェラー3世基金の奨学金を得て、妻子とともにアメリカへ渡る。以後ニューヨークに住み続けた。最初は鳴かず飛ばずで画材を買う金にも困るありさまだったが、路上に捨てられた段ボールを拾い集めて作り始めたのが、代表シリーズとなる「オートバイ彫刻」だった。

段ボールと絵具で形づくられた疾走するバイクの彫刻は、貧しさの中から生まれたとは思えない躍動感とユーモアにあふれ、篠原の名を国際的に広めた。

評価とキューティー&ボクサー[編集]

2007年(平成19年)には第48回毎日芸術賞を受賞。2013年(平成25年)には、妻で美術家の乃り子との破天荒な日常を追ったドキュメンタリー映画『キューティー&ボクサー』がアメリカで公開され、サンダンス映画祭でドキュメンタリー部門の監督賞を受賞。世界中で篠原夫妻の存在が再注目された。

余談[編集]

  • 愛称「ギューチャン」は本名の「牛男(うしお)」から。豪快な人柄そのままのニックネームである。
  • 90代になってもニューヨークのスタジオで制作を続けており、「老いてますます爆発」な現役ぶりで知られる。

関連項目[編集]