篠原冴美
Saemi Shinohara
Saemi_Shinohara_2018.jpg
篠原冴美(2018年・出典:ウィキメディア・コモンズ)
誕生日 1992年8月29日
年齢 34歳
出身地 日本・京都府
国籍 日本
身長 165cm
血液型 B型
職業 グラビアアイドル、タレント、プロ雀士
肩書 日本プロ麻雀連盟所属プロ雀士
活動期間 2000年代前半 -(11歳で芸能界入りと本人が公表)
代表的な実績 ミスヤングチャンピオン2010 準グランプリ、恵比寿マスカッツメンバー(2011〜2013)、1st写真集『五月雨』(2026年)
受賞 ミスヤングチャンピオン2010 準グランプリ(2010年)、第1回「週刊SPA!グラビアン魂」特別賞(2018年)、麻雀最強戦2023「女たちの殴り合い」優勝(2023年)、EX風林火山「IKUSA -2025- 第三代プロ雀士SSP決定戦」優勝(2025年)
事務所 アヴィラ(過去にワンエイトプロモーションなどに所属)
関連活動 麻雀、ポーカー、タロット・西洋占星術による占い
あだ名 さみぃー
その他 2026年6月にファンクラブを開設
リンク X / Instagram / ブログ


概要[編集]

篠原冴美(しのはら さえみ)とは、京都府出身のグラビアアイドル・タレントであり、日本プロ麻雀連盟所属のプロ雀士である。1992年8月29日生まれ。秋田書店『ヤングチャンピオン』主催の「ミスヤングチャンピオン2010」で準グランプリを獲得してグラビアデビューし、恵比寿マスカッツのメンバーを経て、2017年にプロ雀士となった。現在は「グラビア×麻雀」の二刀流で、Mリーグ入りを公言して活動している。

詳細[編集]

「グラドル雀士」という立ち位置[編集]

篠原冴美を一言で説明するなら「グラビア出身のプロ雀士」である。グラビアアイドルがバラエティ番組のために麻雀を覚えるケースは珍しくないが、篠原の場合はプロ試験に合格して団体に所属し、リーグ戦・タイトル戦に参加する「競技者」側に軸足を置いている点が特徴。2023年には近代麻雀の麻雀最強戦で予選ブロックを優勝し、2025年には男女混合・120人規模の予選を勝ち抜いた。

一方でグラビア活動も途切れておらず、2026年8月には玄光社から1st写真集『五月雨』を発売した。「麻雀の話題でグラビアを知る」「グラビアから麻雀を知る」という相互流入を生んでいるタレントの一人である。

年齢と基本プロフィール[編集]

生年月日は1992年8月29日で、2026年9月時点で34歳。身長は165cm、血液型はB型、おとめ座と紹介されている。愛称は「さみぃー」で、イメージDVDのタイトル(『今日も一日お疲れさみぃー』『わがままさみぃー』など)や公式ブログ名「さみぃーるーむ」にもこの愛称が使われている。

番組情報サイトでは特技として西洋占星術・タロット占い、趣味としてギター・ゲーム・麻雀が挙げられている。自身を「マイペースで天然」と紹介されることが多く、恵比寿マスカッツ時代には番組内の学力テストの結果から「バカNo.1」というキャラクターで扱われたとされる。

芸能界入りの動機[編集]

本人はインタビューで、11歳で芸能界に入ったこと、中学生のときに父親を亡くし、その父の最後の言葉が「冴美には芸能界で頑張って欲しい」だったことが活動を続ける最大の理由になったと語っている。2020年のクラウドファンディングの告知文でも「父の遺志で始めた仕事が、今は自分の夢になった」という趣旨の説明をしている。

ただし「ずっと順風満帆」だったわけではなく、本人の証言によれば19歳で実家を出た後はグラビアの収入だけでは生活できず、パン屋や居酒屋のアルバイトを掛け持ちしていた時期があるという。こうした下積みの話は、後の麻雀での「遅咲き」エピソードとセットで語られることが多い。

経歴[編集]

デビュー前〜ミスヤングチャンピオン2010[編集]

プロフィール資料によると、中学2年のときに雑誌『Hana*chu→』のモデルオーディションで賞を受け、その後芸能スクールや大手事務所に在籍したとされる。本格的なグラビアデビューとなったのが、秋田書店の漫画誌『ヤングチャンピオン』が初開催したミスコンテスト「ミスヤングチャンピオン2010」である。

2010年10月19日付のASCII.jpの記事によれば、同コンテストの受賞者はグランプリの牧野結莉亜、姉妹誌『ヤングチャンピオン烈』グランプリの大杉亜依里、そして準グランプリの篠原冴美の3名。3人とも沖縄で撮影したデビューDVDをイーネット・フロンティアから発売し、2010年10月17日には秋葉原のソフマップでリリースイベントが行われた。篠原のDVD『ミスヤングチャンピオン2010準グランプリ 篠原冴美』(品番ENFD-5255)は2010年10月8日発売である。

なお、2026年の写真集発売時の報道などでは「ミスヤングチャンピオン2010グランプリ」と紹介されている例があるが、当時の記事とDVDタイトルでは「準グランプリ」と明記されている。

グラビア初期(2010〜2011年)[編集]

2010年7月にワンエイトプロモーションへ移籍したとされ、同事務所には2015年8月まで在籍した。ミスヤングチャンピオン受賞後は、イメージDVD『今日も一日お疲れさみぃー』(2011年6月)、『white - samy my love』(2011年)などを発表し、グラビアアイドルとしての活動を本格化させた。

本人は後のインタビューで、当時は男性に対する苦手意識が強く、仕事にも支障が出るほどだったと振り返っている。また高校時代にはグラビア活動を理由に学校で嫌な思いをしたとも語っている。

恵比寿マスカッツ時代(2011〜2013年)[編集]

2011年10月、テレビ東京系の深夜バラエティ『おねだりマスカットSP!』のオーディションを経て、恵比寿マスカッツの7期生として加入した。応募の動機について本人は「グラビアに区切りをつけて、新しいことにチャレンジしたくて」と説明している。同年10月16日、横浜BayHallでのライブでデビューした。

加入当時はグループ最年少クラスで、メンバー間の収入格差が大きく、同じパジャマで番組に出たり、先輩から服を譲ってもらったりしたというエピソードを明かしている。本人は「仲間ができたことが大きかった」と語り、2012年のZepp Tokyo公演に向けては総合監督の勧めで母親との関係を修復し、新曲でパートを任されたという。

2013年4月6日・7日の舞浜アンフィシアターでのグループ解散公演をもって卒業した。後年のメディアでは「初代・恵比寿マスカッツ」の元メンバーと紹介されることが多い(2017年以降に始動した「恵比寿マスカッツ1.5」以降の新体制と区別するため)。

マスカッツ解散後〜占い活動(2013〜2016年)[編集]

マスカッツ解散後はラジオ『オレたちゴチャ・まぜっ!』(2013〜2014年)などに出演。2014年ごろから母親に占いを習い、西洋占星術とタロット占いを身につけたとされる。2015年10月からは調布FMの『栗山夢衣の初体験ラジオ「ちょ〜ふあんです。」』にレギュラー出演し、番組内で占いを披露した。霊感が強いというキャラクターで心霊系の番組に呼ばれることもあった。

グラビアでは2016年にイメージDVD『Secret Lover』『Secret Lover2』を発売し、その後も『ぼくのさみぃー』『さみぃーたいむ』(2017年)、『かのじょ。』『LastTravel』(2018年)、『Bittersweet 冴美の誘惑』(2019年)、『プロフェッショナル 冴美の流儀』(2020年)とほぼ毎年リリースを続けた。

プロ雀士へ(2017年〜)[編集]

麻雀を始めたきっかけは、家族麻雀の面子が足りず母親に誘われたことだと本人が語っている。2017年1月、日本プロ麻雀協会の第16期前期プロテストに合格した。計算が苦手で試験に苦戦し、3回不合格を経験して約1年半かけて合格したとされ、おぎやはぎの矢作兼からの励ましが挑戦のきっかけになったというエピソードが知られている。

2018年6月には扶桑社『週刊SPA!』の第1回「グラビアン魂」で特別賞を受賞。グラビアと麻雀の両輪が回り始めた時期である。

麻雀での戦績と「Mリーガー宣言」[編集]

本格化までの助走(2020〜2022年)[編集]

本人のnote(2025年6月公開「私の5年間と麻雀への想い」)によると、麻雀の勉強会に通い始めたのは2020年ごろ。2021年7月にはABEMA系の女流リーグ「シンデレラリーグ」で準決勝に進出し、同年8月の「RTD Girls Tournament 2021」では決勝に進んで3位となった。麻雀以外では2021年12月の「夕刊フジ杯ポーカー王位決定戦」著名人DAY1で準優勝するなど、ポーカーでも結果を出している。

転機になったのは2022年。初めての公式大会で「ベスト16」に残ったものの敗退し、数日眠れないほど悔しかったという。その後、師事する指導者に「本気で強くなりたい」と申し出たところ「本気なら本気で教える」と返され、勉強会の回数を月2〜3回から月8〜9回へ増やしたと書いている。

麻雀最強戦2023「女たちの殴り合い」優勝[編集]

2023年7月9日放送の「麻雀最強戦2023 Group League『女たちの殴り合い』」に初出場し、優勝してファイナル進出を決めた。この大会は『近代麻雀』(竹書房)が主催する麻雀最強戦の予選ブロックの一つで、出場者は読者アンケートの結果も参考に選ばれる。篠原は2023年の同誌アンケートで上位に選ばれたと報じられている。

同年12月9日・10日の麻雀最強戦2023ファイナルでは、1stステージC卓で当時の最強位・瀬戸熊直樹や、この年に最強位となる桑田憲汰(日本プロ麻雀連盟)らと同卓し、3着で敗退した。

日本プロ麻雀連盟へ移籍(2024年)[編集]

2024年8月1日付で、7年間所属した日本プロ麻雀協会から日本プロ麻雀連盟へ移籍した。8月7日公開のnote「ご報告」では、協会への感謝を述べたうえで「目標ができてしまったから、何か新しいものを得るには変化が必要だと思った」と説明し、その目標を「Mリーガーになること」と明言している。Mリーグ入りを公に口にしたのは2023年ごろからで、「以前は努力不足で言えなかった」と2026年のインタビューで振り返っている。

IKUSA -2025- 優勝とEX風林火山オーディション[編集]

2025年5月18日、MリーグチームEX風林火山が主催する「IKUSA -2025- 第三代プロ雀士SSP決定戦」の決勝で優勝した。男女混合・約120人が参加した大会で、本人は「大規模な男女混合の大会での初優勝」と喜びを語っている。大会前は勉強会を週4〜5回に増やし、条件戦の対策を重ねたという。

この優勝で、EX風林火山がドラフト指名候補を決める「新メンバーオーディション」への出場権を獲得。2025年6月15日の準決勝初日に出場したが、下位2名に入り敗退した。オーディションは同年6月22日に永井孝典が優勝し、同チームのドラフト指名候補となった。

なお本人は、2〜3年前の時点で「2025年は麻雀の勉強会を最優先にする」と決め、事務所と所属団体の双方にその方針を伝えて生活を組み替えたとも語っている。

グラビア・写真集[編集]

クラウドファンディング写真集と写真展(2020〜2021年)[編集]

2020年11月2日から2021年1月10日まで、CAMPFIREで「【篠原冴美】グラビア写真集制作プロジェクト」を実施した。目標400万円に対し、253人から約680万円(達成率170%)を集めた。撮影は写真家の福島裕二が担当し、500万円のストレッチゴールで写真展の開催費用もまかなう設計だった。リターンには撮影会や握手会だけでなく、一緒に麻雀を打つ体験型のメニューも用意された。

この写真展は2021年7月、東京・渋谷のギャラリー・ルデコで2フロアを使って1週間開催された。同じ2020年11月にはInstagramを開設し、半年ほどでフォロワー20万人を超えたとされる。

1st写真集『五月雨』(2026年)[編集]

2026年8月24日、玄光社から『篠原冴美ファースト写真集 五月雨』が発売された。A4判・112ページ、撮影は横山マサト、ロケ地は山形県で、清流や森、歴史ある旅館などで撮影されている。電子版には未公開カットが追加されている。

各メディアは「プロ雀士の初写真集」として取り上げ、グラビアとしてはこれまでで最も踏み込んだ内容だと紹介した。発売後の8月29日(本人の誕生日)には東京・秋葉原の書泉ブックタワーで発売記念イベントが開かれ、同日夜には新宿でバースデーイベントも予定された。クラウドファンディング版の写真集があるにもかかわらず「ファースト写真集」と銘打たれたのは、出版社から一般流通する写真集としては初めてという位置づけのためとみられる。

イメージDVD[編集]

主なイメージDVDは以下の通り。

  • 『ミスヤングチャンピオン2010準グランプリ 篠原冴美』(2010年)
  • 『今日も一日お疲れさみぃー』(2011年)
  • 『white - samy my love』(2011年)
  • 『わがままさみぃー』(2012年)
  • 『Secret Lover』『Secret Lover2』(2016年)
  • 『ぼくのさみぃー』『さみぃーたいむ』(2017年)
  • 『かのじょ。』『LastTravel』(2018年)
  • 『Bittersweet 冴美の誘惑』(2019年)
  • 『プロフェッショナル 冴美の流儀』(2020年)

テレビ・映画・ラジオ[編集]

テレビでは『踊る!さんま御殿!!』、『有吉反省会』、『ニノさん』などのバラエティ番組のほか、パチンコ・パチスロ番組『パチFUN!』、麻雀番組『女流雀士 プロアマNo.1決定戦 てんパイクイーン』などへの出演歴がある。麻雀対局番組ではABEMAやスカパー!系の麻雀チャンネルに多数出演している。

映画では『TURNING POINT』シリーズ(2022〜2023年、全4作)に出演した。ラジオは前述の『オレたちゴチャ・まぜっ!』、調布FMの『栗山夢衣の初体験ラジオ「ちょ〜ふあんです。」』など。2023年2月にはBS12のポーカー番組にも出演し、優勝している。

SNS・発信活動[編集]

主な発信先はX (SNS)(@shinoharasaemi)、Instagram(@shinohara_saemi)、アメーバブログの公式ブログ「さみぃーるーむ」、そしてnote(dreamgrant)。Xではグラビアオフショットと麻雀の対局告知を並行して投稿しており、2025年7月には水着写真の投稿がABEMA TIMESで記事化されるなど、投稿自体がニュースになることもある。

noteでは移籍報告や麻雀への思いなど長文の文章を公開しており、「グラビアの人」というイメージとは違う内省的な面が読める。YouTubeチャンネル「さみぃー/篠原冴美」も運営しているが、登録者数は1,000人台(2025年時点)と、Instagramに比べると小規模である。

2026年6月には会員制プラットフォーム「ミーミューズ」でファンクラブを開設し、限定グラビアや私的な動画を配信している。

最新動向(2025〜2026年)[編集]

  • 2025年5月 - IKUSA -2025- で優勝。
  • 2025年6月 - EX風林火山新メンバーオーディション準決勝で敗退。同月、noteで「私の5年間と麻雀への想い」を公開し、改めて「Mリーガーになってチーム優勝」を目標に掲げた。
  • 2026年6月 - モデルプレスのインタビューで、同年前期のリーグ戦で負けが続き「息ができないくらいしんどい」と明かしつつ、母親の「神様は乗り越えられる試練しか与えない」という言葉を支えに勉強を続けていると語った。将来の目標として、①Mリーガーになりチーム優勝、②指導者への恩返し、③ブレインスポーツを取り入れた介護施設のプロデュース、の3つを挙げている。同月にファンクラブを開設。
  • 2026年8月 - 1st写真集『五月雨』を玄光社から発売し、34歳の誕生日に秋葉原で記念イベントを開催。

炎上とバズ[編集]

  • 2021年の日刊ゲンダイのインタビューでは、ネット上で「グラビアの知名度で麻雀番組に出ている」という趣旨の批判を受けていることに触れ、麻雀に本気であることを結果で示したいと語っている。グラビア出身の雀士に向けられがちな「実力より人気」という見方に対し、本人は勉強会の回数や戦績で応答してきた形である。
  • 2025年7月のXでの水着写真投稿が「リポストしてくれる?」という呼びかけとともにABEMA TIMESで記事化されるなど、グラビア系の投稿がネットニュースになるケースがある。
  • 2026年8月の写真集発売時には複数のウェブメディアが「過去最大露出」との見出しで報じ、Yahoo!ニュースなどに転載された。

余談[編集]

  • 麻雀を始めたのは母親の誘いだが、占いを教えたのも母親。2016年には母親と一緒に実家で「実家占い」と称するイベントを不定期に開いていたとされる。
  • プロテストは3回落ちている。「九九が怪しかった」とネタにされるほど計算が苦手だったとされ、そこからプロ入り・最強戦優勝までこぎつけたことが「努力型」のイメージにつながっている。
  • クラウドファンディングのリターンに「一緒に麻雀を打つ」という雀士ならではのメニューが用意されていた。
  • 好物はいちごとチーズ、愛犬はミニチュアダックスフンドの「クー」とされる。
  • 2026年の写真集発売記念イベントは、自身の34歳の誕生日当日に合わせて開催された。

外部リンク[編集]

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