泉鏡花

泉鏡花
いずみ きょうか
ファイル:泉鏡花.jpg
本名 泉鏡太郎
誕生日 1873年11月4日
死亡日 1939年9月7日
死亡年齢 65歳
出身地 石川県金沢市下新町
国籍 日本
職業 小説家・劇作家
肩書 帝国芸術院会員
活動期間 1893年 - 1939年
代表的な実績 『高野聖』『婦系図』『歌行燈』『天守物語』
関連活動 硯友社(尾崎紅葉門下)


概要[編集]

泉鏡花(いずみ きょうか、1873年11月4日 - 1939年9月7日)は、明治後期から昭和初期にかけて活躍した小説家・劇作家。本名は鏡太郎。尾崎紅葉に師事し、『夜行巡査』『外科室』で世に出て、『高野聖』で人気作家となった。江戸文芸の香りを残す怪奇趣味と独特のロマンティシズムで、日本幻想文学の先駆者と評される。耽美と幻想に満ちたその世界は「鏡花世界」とも呼ばれ、後世の作家・演劇人に絶大な影響を与え続けている。

生い立ち[編集]

金沢市下新町で、加賀藩の細工方の系譜に連なる象眼・彫金の錺職人・泉清次の子として生まれた。母・鈴は加賀藩御手役者の家の出で、江戸生まれの教養人だった。だが鏡花が9歳のとき、母は妹の出産直後に産褥熱で29歳の若さで急逝。幼い鏡花が受けた衝撃は大きく、失われた母への思慕は生涯にわたって作品の中に美しい女性像として繰り返し立ち現れることになる。

尾崎紅葉門下へ[編集]

17歳のとき、紅葉の『二人比丘尼色懺悔』に感動して上京し、尾崎紅葉の門を叩いて玄関番として住み込んだ。硯友社の俊英として頭角を現し、1895年に『夜行巡査』『外科室』を発表して「観念小説」の旗手と目された。1900年の『高野聖』は、山中で旅僧が体験する妖艶で幻想的な物語で、鏡花の名を不動のものにした。

作風と代表作[編集]

柳橋芸者と書生の悲恋を描いた『婦系図』(「湯島の境内」の名場面で知られる)、盲目の遊芸人を描いた『歌行燈』、廃墟の楼閣に棲む妖姫を描いた戯曲『天守物語』、迷宮的な『草迷宮』など、現実と幻想、人間と異界が溶け合う独特の世界を築いた。文語と口語の入り混じる絢爛たる文体は、合理主義一辺倒だった自然主義全盛の文壇にあって異彩を放った。

潔癖症の人[編集]

鏡花は極端な潔癖症・神経症で知られ、生水を恐れて何でも煮立てて口にし、火鉢の炭で炙ってからでないと食べないなど、数々の逸話を残している。これは母の死や、当時流行した伝染病への恐怖に由来するとも言われる。師・紅葉の反対を押し切って神楽坂の芸妓・すずと添い遂げたエピソードは、『婦系図』の主人公にも影を落としている。

余談[編集]

  • 名を冠した「泉鏡花文学賞」が金沢市により創設され、幻想・耽美の系譜を継ぐ作品に贈られている。
  • その幻想美学は谷崎潤一郎や三島由紀夫ら後世の耽美派、また現代の演劇・アニメーションにまで影響を及ぼしている。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]