概要[編集]
子どもの絵を「添え物」から芸術へと格上げするため「童画」という言葉を作った童画家・版画家・造本作家。手の込んだ豆本『刊本作品』を生涯にわたり作り続けた本の魔術師でもあり、ファンタジックで緻密な世界観で知られる人らしい。郷里には「イルフ童画館」がある。
| 武井武雄 たけい たけお | |
|---|---|
| 誕生日 | 1894年6月25日 |
| 死亡日 | 1983年2月7日 |
| 死亡年齢 | 88歳 |
| 出身地 | 長野県諏訪郡平野村(現・岡谷市) |
| 国籍 | 日本 |
| 職業 | 童画家・版画家・造本作家 |
| 活動期間 | 1920年代〜1983年 |
| 代表的な実績 | 『刊本作品』・イルフ・トイス |
「童画」の誕生[編集]
1894年、長野・諏訪の裕福な地主の家に生まれた。病弱な幼少期を空想と創作に費やしたという。東京美術学校西洋画科を卒業後、『コドモノクニ』など子ども向け雑誌の表紙やタイトル文字を担当。それまで童話の挿絵として軽んじられていた子ども向けの絵を「童画」と名づけ、独立した芸術ジャンルにまで高めた。1925年には銀座資生堂で「武井武雄童画展」を開いている。
イルフ・トイス[編集]
創作の幅は広く、玩具や小手工芸品の制作にも乗り出した。それらを「イルフ・トイス」と命名する。「イルフ」とは「古い(ふるい)」を逆さに読んだ武井の造語で、つねに新しい未知の領域を目指す姿勢を表していた。郷里・岡谷の美術館「イルフ童画館」の名もここに由来する。
版画[編集]
東京美術学校研究科時代にエッチングの基礎を学び、独自に伝承木版も研究した。1944年、版画家恩地孝四郎の推薦で日本版画協会に入会すると、本格的に創作木版へ取り組む。棟方志功や平塚運一らと同時代に、童画とはまた違う幻想的な版画世界を切り拓いた。
刊本作品[編集]
武井のライフワークが、手づくりの豆本シリーズ『刊本作品』である。紙・装幀・印刷・製本のすべてに凝った美術品のような本を、会員制で頒布し続けた。生涯で139点を数え、「本の宝石」と呼ばれる。造本作家としての執念は、もはや工芸の域を超えている。
余談[編集]
- 「イルフ」の逆さ読みのセンスからも分かるとおり、言葉遊びと造語が大好きな人だった。
- 『刊本作品』はあまりに凝りすぎて一冊作るのに膨大な手間がかかり、武井自身が「道楽」と呼んでいた。