川上眉山

川上眉山
かわかみ びざん
ファイル:川上眉山.jpg
本名 川上亮
誕生日 1869年3月5日
死亡日 1908年6月15日
死亡年齢 39歳
出身地 大阪
国籍 日本
学歴 帝国大学中退
職業 小説家
活動期間 1886年 - 1908年
代表的な実績 『書記官』『観音岩』『大盃』
関連活動 硯友社/観念小説
別名 烟波散人


概要[編集]

川上眉山(かわかみ びざん、1869年3月5日 - 1908年6月15日)は、明治期の小説家。本名は亮(あきら)。尾崎紅葉山田美妙と親交を結んで硯友社に加わり、社会や人生の問題を正面から扱う「観念小説」の書き手として注目された人物である。代表作『書記官』は、その代表的な作品として知られる。

繊細で潔癖な性格で知られ、文学観や時代の変化に悩み続けたすえ、40歳で世を去った。明治文壇の光と影を象徴する作家として語られることが多い。

硯友社と観念小説[編集]

東京大学予備門で尾崎紅葉山田美妙を知り、1886年に硯友社の同人となった。『我楽多文庫』に『墨染桜』などを発表してデビュー。帝国大学を中退して創作に専念し、1896年に発表した『書記官』『観音岩』などで、社会の矛盾や倫理の問題を物語に込める「観念小説」の作家として流行作家の一人となった。同じ年に観念小説で頭角を現した泉鏡花とともに、紅葉門の新しい潮流を担った。

文学界の同人たちとの交友[編集]

硯友社系の作家でありながら、北村透谷島崎藤村ら『文学界』の浪漫主義の同人とも交流を持ち、純文学的な問題意識を強く抱いていた。流行と芸術性の板挟み、自然主義の台頭という時代の変化のなかで、自らの文学に行き詰まりを覚えるようになる。

晩年[編集]

1908年6月、文学的な行き詰まりと心身の不調のなか、自ら命を絶った。享年40。明治の文壇が華やかさの裏に抱えていた苦悩を体現した最期として、長く記憶されている。

※この項目には自死に関する記述が含まれます。つらい気持ちを抱えている方は、一人で抱え込まず、信頼できる相談先や支援機関に頼ってください。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]