小林ひとみ
Hitomi Kobayashi
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引退後にクラブのママとして活動している銀座(銀座4丁目・中央通り。本人写真ではない/出典:Wikimedia Commons・hiroaki撮影・CC BY 2.0)
本名非公表
生年月日1963年9月2日
出身地非公表
身長非公表
血液型非公表
活動期間1986年 - 2003年(AV出演)
デビュー1986年5月『禁じられた関係』(VIP)
ジャンル単体女優・熟女女優
専属なし(VIP・新東宝などに出演)
レーベルVIP、新東宝、アリスJAPAN ほか
事務所非公表
主な受賞なし
別名松本かおり(デビュー時の芸名)
公式サイトなし

概要[編集]

小林ひとみ(こばやし ひとみ、1963年9月2日 - )は、日本のコラムニスト・タレント、元AV女優・元ストリッパー。1986年のデビュー作が1本1万円以上の時代に5万本を売り、「AV女優」という呼び方を世間に広めたとされる1980年代AVブームの象徴で、引退後は銀座のクラブのママとして知られる。

詳細[編集]

「松本かおり」としての芸能界デビュー[編集]

1986年3月、松本かおりの芸名で写真集『ときめき KAORI 19歳』(協立出版)を出し、同年5月に同名のイメージビデオ(ダックス)を発売して芸能界に入った。ビデオデビューの直前には群馬テレビのアダルト系番組にも出演している。

同じ5月、芸名を「小林ひとみ」に変え、アダルトビデオに転じた。名義が「松本かおり」だった期間はわずか2か月ほどで、このデビュー名義を知る人は今ではあまり多くない。

『禁じられた関係』と5万本[編集]

1986年5月15日、VIPから『禁じられた関係』でAVデビュー。当時のビデオソフトは1本1万円以上する高価な商品で、購入するのはほぼレンタル店だったが、その時代に5万本を売り上げた。

本人の説明によれば、この作品は「映画に出ないか」という話で受けたもので、事前には「ラブシーンのあるビデオ作品」としか聞かされていなかった。撮影現場で内容を知り、出る・出ないで4時間話し合ったという。当時はこうした経緯での出演が珍しくなく、この問題が長く尾を引いた末に2022年のAV新法(AV出演被害防止・救済法)につながった。ただし小林自身は、自分の出演は強要されたものではなかったと述べている。

1980年代AVブームの顔[編集]

デビュー後は1986年のうちにVIP・新東宝・アリスジャパン・現映社などから次々と作品がリリースされ、一気にAVの顔になった。アダルトビデオを「サブカルチャーの一ジャンル」として成立させた功労者と評され、「AV女優」という呼称が一般に広まったのは小林ひとみが出てきてからだ、とまで言われる。

同時期の黒木香が「わたくし」口調のキャラクターでテレビに出て話題をさらったのに対し、小林はビデオそのものの売れ行きで時代を作ったタイプである。ビデオの累計売り上げは約60億円とされる。

1986年から1988年にかけてはAVと並行して映画・テレビにも出ており、にっかつの『瓶詰め地獄』(1986年)、松竹・朝日放送の『必殺4 恨みはらします』(1987年、お菊役)、松竹の『塀の中のプレイボール』(1987年)など一般作品にも出演した。テレビではフジテレビの2時間ドラマや、朝日放送『紳助のMTV倶楽部』(1987年)に出ている。

本人は、全盛期は撮影に追われて人気を実感する暇がなく、のちに握手会に1000人が来たときに初めて実感したと語っている。

ロンドン三部作[編集]

絶頂期の作品として、本格的な海外ロケで撮られた『小林ひとみ イン ロンドン』の三部作がある。1987年には写真集『PRIVATE ALBUM Hitomi Kobayashi in London』(会田我路撮影、勁文社)も出ており、MSX2用ゲーム『小林ひとみパズルインロンドン』(1988年)にまでロンドンの題材が使われた。

ファミコンにもなった女優[編集]

人気はゲームにも及び、ファミリーコンピュータディスクシステム用の『小林ひとみのホールド・アップ』『小林ひとみ 衝撃的テニス』(いずれもハッカーインターナショナル)が出ている。いずれも任天堂の許諾を得ていない非公認ソフトである。

1987年から1988年ごろには、静岡県清水市(現・静岡市清水区)のレンタルビデオ店「フライデー」のローカルCMにも出演し、同店のイメージキャラクターを務めていた。

結婚・休業とストリップでの復帰[編集]

1988年9月2日、自身の誕生日に結婚して休業を宣言した(のちに離婚)。休業前の最後の写真集は『FINAL: ひとみより さ・よ・う・な・ら。』(1988年11月、大陸書房)である。

1991年、浅草ロック座を皮切りにストリップで復帰し、全国の劇場を回った。AVにも断続的に出演を続けている。

熟女女優としての本格復帰[編集]

1998年にAVへ本格復帰。年齢による容色の衰えはさほど見られないと評され、今度は熟女女優として人気を集めた。1990年代後半から2000年代初頭にかけてはピンク映画にも主演しており、大蔵映画・エクセスフィルムの作品や『愛染恭子VS小林ひとみ 発情くらべ』(2001年)などがある。アリスJAPAN・ソフト・オン・デマンド・V&Rプランニングなど、80年代とは顔ぶれの違うメーカーにも出演した。

AV引退とサバ読みの告白[編集]

2003年12月31日発売の『小林ひとみ FINAL』(上下巻、クキ)を最後にAVからの引退を宣言した。同じころ『週刊ポスト』誌上で年齢を2歳サバ読みしていたことを明かし、実際は1963年生まれだと告白したが、公式プロフィールは変更されなかった。

ただし引退したのはあくまでAVで、その後も裸のイメージ作品(2005〜2008年)や写真集を出し、2005年にはテレビ朝日のドラマ『特命係長 只野仁』第2シーズン第17話に出演している。

銀座のママとして[編集]

引退前から六本木のクラブでホステスをしており、2008年に銀座のクラブ「さふぁいあ」の雇われママになった。2009年にはオーナーママとして自分の店「HITOMI.K」を開店。同店は2016年に閉店し、その1年後に「エルプリンセス」の雇われママとなった。

2019年には『アサヒ芸能』のインタビューで、店には「週3で出ている」と話している。2025年時点では「エルプリンセス」の系列店「銀座りぼん」のママを務めている。

桜樹ルイとの対談連載[編集]

2024年、『週刊大衆』2024年6月17日号で、活躍した時期は異なるが同業だった桜樹ルイと初めて対談した。その後、同年10月28日号から「小林ひとみ×桜樹ルイ 頂上対談」として連載化され、2024年11月18日号からは対談コラム「眠れぬ夜に読むラジオ」になっている。桜樹は小林を慕っており、2024年12月からは「エルプリンセス」で働き始めた。

台湾の成人展へ[編集]

2026年3月27日から29日にかけて台湾・メッセ桃園で開かれた成人展「大人國成人展(ADULTOPIA)」に、レジェンド枠のゲストプレゼンターとして出演した。日本のAV女優が多数出演する台湾の成人展で、デビューから40年の大ベテランが呼ばれた形である。

人物[編集]

  • 趣味は編み物と読書、特技は日本舞踊。
  • 実生活では2児の母。

主な出演[編集]

映画[編集]

  • 『瓶詰め地獄』(1986年7月26日、にっかつ)- アヤコ 役
  • 『必殺4 恨みはらします』(1987年6月6日、松竹・朝日放送)- お菊 役
  • 『塀の中のプレイボール』(1987年11月21日、松竹)- 宮原麻由子 役
  • 『小林ひとみの令嬢物語』(1987年12月19日、にっかつ)
  • 『死霊の罠』(1988年5月14日、ジョイパックフィルム)- 麗 役
  • 『彼女2』(1990年2月10日、アスミック)
  • 『ラ・ヴァルス』(1990年2月15日、エクセスフィルム)
  • 『女子高生物語 淫らな果実』(1997年10月10日、東映ビデオ)

テレビドラマ・バラエティ[編集]

  • 『OL 三人旅 北海道露天風呂連続殺人』(1987年9月25日、フジテレビ)- 奥野順子 役
  • 『季節はずれの海岸物語』(1988年1月1日、フジテレビ)- 広美 役
  • 『特命係長 只野仁』第2シーズン第17話「女子アナスキャンダル」(2005年2月18日、テレビ朝日)- 山岸郁代 役
  • 『紳助のMTV倶楽部』(1987年11月14日、朝日放送)
  • 『じっくり聞いタロウ〜スター近況(秘)報告〜』(2021年11月18日、テレビ東京)

声の出演[編集]

  • 『ピンクのカーテン』(1987年、VIP)- 奥村野理子 役 ※オリジナル・アダルト・アニメ

主な写真集[編集]

  • 『ときめき KAORI 19歳』(1986年3月、古川春彦撮影、協立出版)※松本かおり名義
  • 『触れたら吐息』(1986年11月、斉木弘吉撮影、ワニブックス)
  • 『小林ひとみ スコラスペシャル16』(1987年1月、鯨井康雄撮影、講談社)
  • 『PRIVATE ALBUM Hitomi Kobayashi in London』(1987年8月、会田我路撮影、勁文社)
  • 『TOUCH ME』(1987年12月、前場輝夫撮影、英知出版)
  • 『HITOMI』(1988年8月、河合孝雄撮影、近代映画社)
  • 『FINAL: ひとみより さ・よ・う・な・ら。』(1988年11月、会田我路撮影、大陸書房)
  • 『Memories of Hitomi Kobayashi since 1987』(2002年11月、会田我路撮影、ぶんか社)
  • 『美熟』(2007年3月、高橋生健撮影、竹書房)
  • 『蜜』(2013年1月、佐藤健撮影、竹書房)

コラム連載[編集]

  • 「眠れぬ夜に読むラジオ」(『週刊大衆』2024年11月18日号 - )※桜樹ルイとの対談コラム

ゲーム[編集]

  • 『小林ひとみのホールド・アップ』(ハッカーインターナショナル、ファミリーコンピュータ ディスクシステム)
  • 『小林ひとみ 衝撃的テニス』(ハッカーインターナショナル、同上)
  • 『小林ひとみパズルインロンドン』(1988年、インフォマーシャル、MSX2)

よくある疑問[編集]

小林ひとみは何者?[編集]

1986年にデビューした元AV女優で、1980年代のAVブームを代表する存在。デビュー作が5万本売れ、「AV女優」という言葉を一般化させたとまで言われる。現在は銀座のクラブのママで、コラムも書いている。

デビュー作は?[編集]

1986年5月15日発売の『禁じられた関係』(VIP)。その直前の3月・5月には「松本かおり」名義で写真集とイメージビデオを出している。

年齢・生年は?[編集]

1963年9月2日生まれ。AV引退時に、それまで2歳若く公表していたことを『週刊ポスト』で明かした。

AVを引退したのはいつ?[編集]

2003年12月。『小林ひとみ FINAL』(上下巻)が最後の作品。1988年にも結婚で一度休業しており、1991年にストリップ、1998年にAVへ本格復帰している。

現在は何をしている?[編集]

銀座のクラブのママ。2009〜2016年は自分の店「HITOMI.K」を経営し、その後「エルプリンセス」、2025年時点では系列店「銀座りぼん」のママを務める。『週刊大衆』で桜樹ルイとの対談コラムも連載している。

結婚はしている?[編集]

1988年に結婚して休業したが、のちに離婚している。2児の母。

本名は?[編集]

公表されていない。

余談[編集]

  • 結婚した日(1988年9月2日)は自身の誕生日だった。
  • デビュー名義の「松本かおり」は2か月ほどで使われなくなったため、写真集『ときめき KAORI 19歳』とイメージビデオだけにこの名前が残っている。
  • ファミコンのディスクシステム用に本人の名前を冠したソフトが2本、MSX2用に1本出ており、ゲーム機の上でも80年代のブームを体現した。
  • 静岡ローカルのレンタルビデオ店のCMは深夜0時台以降に流れていた。全国区のスターが地方の一店舗のイメージキャラクターを務めていたことになる。
  • 『週刊大衆』の対談相手の桜樹ルイは、1990年代のAVを代表する女優。80年代と90年代の「頂上」同士の対談として連載化された。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

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