| 大鶴義丹 Gitan Ohtsuru | |
|---|---|
| 本名 | 大靏義丹 |
| 誕生日 | 1968年4月24日 |
| 年齢 | 58歳 |
| 出身地 | 東京都杉並区 |
| 国籍 | 日本 |
| 家族 | 唐十郎(父)、李麗仙(母) |
| 職業 | 俳優、小説家、映画監督 |
| 活動期間 | 1980年代 - |
| 代表的な実績 | すばる文学賞受賞 |
| 受賞 | 第14回すばる文学賞 |
概要[編集]
大鶴義丹(おおつる ぎたん、1968年4月24日 - )は、日本の俳優・小説家・映画監督・タレント。父はアングラ演劇の始祖で芥川賞作家の唐十郎、母は「アングラの女王」と呼ばれた女優李麗仙という、まさにサラブレッドのような出自を持つ。
二枚目俳優として世に出ながら、小説でも文学賞を受賞し、メガホンも握るという多才ぶり。「ぎたん」という独特な名前は父・唐十郎の命名らしく、いかにもアングラ演劇の申し子という感じがする。
経歴[編集]
東京都杉並区出身。玉川学園高等部を自主退学し、和光高校を卒業、日本大学芸術学部文芸学科を中退した。高校時代からNHKのテレビドラマなどに出演し、大学在学中の映画『首都高速トライアル』で本格デビューを果たす。バブル期の日本でアイドル的人気を得た、トレンディな二枚目俳優だった。
小説家として[編集]
1990年、『スプラッシュ』で第14回すばる文学賞を受賞し、小説家としてデビュー。俳優が片手間に書いた作品ではなく、れっきとした文学賞での受賞という点が当時話題を呼んだ。以後も執筆を続け、俳優業と作家業を両立させている。父唐十郎も芥川賞作家であり、親子で文学賞作家というのは珍しい。
映画監督として[編集]
1995年、『となりのボブ・マーリィ』で映画監督デビュー。演じるだけでなく、作品全体を構築する側にも回った。
家族とアングラの血[編集]
父唐十郎、母李麗仙が築いた状況劇場=紅テントの世界は、義丹にとって生まれながらの原風景だった。2014年以降は、父・唐のテント芝居の原点ともいえる舞台作品にも出演を続けており、アングラ演劇の血脈を次世代に橋渡しする存在となっている。2021年に母李麗仙を、2024年に父唐十郎を相次いで見送った際には、その追悼コメントが大きく報じられた。
余談[編集]
- 父・母ともにアングラ演劇のレジェンドだが、義丹自身はテレビ・映画というメジャーな舞台で育ったため、ある意味で「アングラとお茶の間の架け橋」になっている。
- 俳優・作家・監督と肩書が多いが、本人いわく「演じる人から書く人へ」と重心を移してきたという。
関連項目[編集]
- 唐十郎 - 父。アングラ演劇の始祖
- 李麗仙 - 母。「アングラの女王」
- 状況劇場 - 両親が築いた紅テントの劇団
- 麿赤兒 - 父母の盟友
- 寺山修司 / 横尾忠則 - アングラ文化の同時代人
- MissAV / 稲垣莉生 - サブカル回遊クラスタ