| 名前はまだない。 Namae wa Mada Nai. | |
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コスプレイヤーとして参加しているコミックマーケットの会場・東京ビッグサイト(本人の写真ではありません) | |
| ID | @nekoneko003(TikTok)、@nekoneko_003(X) |
| 本名 | 非公表 |
| 誕生日 | 3月15日 |
| 出身地 | 非公表 |
| 国籍 | 日本 |
| 居住地 | 非公表 |
| 家族 | 非公表(実家で猫を10匹以上飼っていると語っている) |
| 身長 | 非公表 |
| 体重 | 非公表 |
| 血液型 | 非公表 |
| 宗教 | 非公表 |
| 学歴 | 大学在学中(大学名は非公表) |
| プラットフォーム | TikTok、X、Instagram、YouTube |
| 登録者数 | 非公表 |
| 活動期間 | 2021年頃 - (Xアカウント開設は2021年10月) |
| ジャンル | 癒し系動画、グラビア、コスプレ |
| 代表作品 | デジタル写真集『一等星の瞬き』(講談社) |
| 事務所 | フリー(2025年4月 - ) |
| ファンクラブ | なし |
| 関連活動 | グラビアアイドル、コスプレイヤー |
| 別名 | 猫さん |
| サイン |
なし |
| その他 | 推し撮りフェス3 イメージキャラクター(2026年) |
| リンク | TikTok/X |
概要[編集]
名前はまだない。(なまえはまだない)とは、TikTokを中心に活動する現役女子大生のインフルエンサー・グラビアアイドル・コスプレイヤーである。「見る人の癒しになりたい」をコンセプトにした動画で人気を集め、2024年に写真週刊誌『FRIDAY』でグラビアデビューした。
詳細[編集]
名前はまだない。は、TikTokで癒し系のダンスや日常の動画を投稿している20代前半の女子大生である。TikTokの総再生回数は1億回を超え、2026年10月時点でTikTokのフォロワーは約61万人、いいね数は約1,320万件に達している。X(約7.7万人)、Instagram、YouTubeでも発信しており、SNSの総フォロワー数は報道ベースで、2024年11月の57万人以上から、2026年3月には76万人以上、同年10月には約80万人へと伸びている。
ファンからは「猫さん」と呼ばれており、Xのプロフィールでも自ら「猫さんって呼ばれてます」と紹介している。TikTokのプロフィールには「アニメ、漫画が人生」と書かれ、アニメ・漫画・コスプレを愛するオタク気質を公言している。メガネ姿もトレードマークの一つで、Xのプロフィールの一行目は「メガネが好き」である。
2024年11月29日発売の『FRIDAY』(講談社)で人生初のグラビアに挑戦し、ネットで大きな反響を呼んだ。2025年3月に所属事務所を離れ、同年4月からはフリーランスとして活動。2025年11月には同誌に2度目のグラビアで登場し、2026年にはコミックマーケットで初の壁サークルを任されるなど、TikTok発の人気者からマルチに活動するタレントへと活動の幅を広げている。
芸名の由来[編集]
「名前はまだない。」という一風変わった芸名は、夏目漱石の小説『吾輩は猫である』の有名な書き出し「吾輩は猫である。名前はまだ無い。」から取られたものである。本人も取材で、漱石の作品から拝借した名前だと説明している。
本人は大の猫好きで、実家では10匹以上の猫を飼っていると語っている。猫を語り手にした小説の一節を名前にし、ファンから「猫さん」と呼ばれ、コスプレでも猫耳の「猫メイド」を作るなど、芸名と本人のキャラクターが一貫しているのが特徴である。文末の句点「。」まで含めて正式な表記である。
経歴[編集]
TikTokでのブレイク[編集]
Xアカウントの開設は2021年10月。TikTokでは「見る人の癒しになりたい」というコンセプトのもと、ゆったりしたダンスや表情を切り取った短い動画を投稿し、総再生回数1億回を超える人気アカウントに成長した。TikTokではTikTok LIVEによる生配信も行っており、配信の感想をXでファンと共有している。
『FRIDAY』でグラビアデビュー[編集]
2024年11月29日発売の『FRIDAY』で、人生初のグラビアと初めてのビキニに挑戦した。当時20歳。オーバーオールとビキニを合わせたカットや、トレードマークのメガネ姿などを披露し、誌面に載らなかった未公開カット11点とメイキング動画が「FRIDAYサブスクリプション」で先行公開された。
本人は「私の人生史上はじめてのグラビア」とコメントし、不安と緊張の中での撮影だったが、スタッフに支えられて満足のいく撮影ができたと振り返っている。水着を着るのは小学校の授業以来だったとも語っており、グラビア未経験ならではの初々しさが話題になった。あわせて配信されたFRIDAYデジタル写真集『一等星の瞬き』は、電子書店で合計8,000ダウンロードを超え、本人の予想を大きく上回る反響となった。
フリーランスへの転身[編集]
2025年3月に所属事務所を離れ、同年4月からフリーランスとして活動している。2026年3月公開の『FRIDAY』のインタビューでは、フリーになってからの1年を「グラビアは想像以上の反響でした」と振り返った。前年には演技のワークショップにも通っており、そこで学んだことを撮影時のカメラマンとのやり取りに生かしたという。
2度目の『FRIDAY』グラビア[編集]
2025年11月28日・12月5日合併号の『FRIDAY』で、2度目のグラビアに登場した。撮影は千葉県の港町で行われ、カラーコンタクトを外し、髪を真っ黒に染めて前髪を短く切った新しい姿を見せた。黄色い水着で海辺に立つシーンが特に印象に残ったと本人は語っている。一方で、グラビアを今後も続けるかはわからないという趣旨の発言もしており、「正真正銘の最後かもしれない」という気持ちで臨んだ撮影でもあった。
コスプレ活動[編集]
コミケとの関わり[編集]
本人によれば、小学生の頃からコミックマーケット(コミケ)に一般参加し、サークルや企業ブースを回っていた。中学生の頃からは会場のコスプレイヤーに憧れるようになり、2024年夏のコミケで初めてコスプレ参加を果たした。
2024年12月29日・30日に東京ビッグサイトで開かれたコミックマーケット105では、創作コスプレ「猫メイド」を披露した。キャラクター設定は自分で考え、衣装もメイド服をベースにレースや猫耳を自分で手直しした自作である。紫色の目の銀髪キャラクターや、クラシカルなロング丈のメイド服が好みだと語っており、「TikTok1億再生の謎の美少女」としてメディアに取り上げられた。
コミックマーケット108(2026年夏)[編集]
2026年8月15日・16日に開催されたコミックマーケット108では、1日目に『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』の桜島麻衣のコスプレを披露した。桜島麻衣は本人にとって一番の推しキャラで、ファンアンケートで「『青ブタ』をやってほしい」という声が多かったことが挑戦のきっかけになったという。身長や顔立ちに少しでも違いを感じるキャラクターは、好きでもあえて扮装しないというこだわりを持っている。
2日目には初めて「壁サークル」(人気サークルが配置される会場の壁際の配置)として出展した。前回まではマネージャー経由で伝えていたスタッフへの依頼や、来場者からの質問への対応を自ら行い、事前の体力づくりや準備も進めた。本人は「人として一段階上がった」ような手応えがあったと振り返っている。
公式コスプレイヤー・イベント出演[編集]
Xのプロフィールでは「#ぎるぐる ビッケ 公式コスプレイヤー」を名乗っており、作品公認のコスプレイヤーとしても活動している。2026年7月10日には、同年11月23日開催の撮影イベント「推し撮りフェス3」(アニソフィア主催)のイメージキャラクターに就任したことを発表した。ファンが本人の投稿に付けるハッシュタグは「#猫さんみてみて」である。
人物[編集]
- 誕生日は3月15日。2024年11月のグラビアデビュー時点で20歳、2026年3月時点で21歳と報じられている。
- 大の猫好きで、実家では10匹以上の猫を飼っている。
- アニメ・漫画が大好きで、TikTokのプロフィールには「アニメ、漫画が人生」と書いている。
- メガネが好きで、メガネ姿の投稿やグラビアカットも多い。
- 衣装の自作やオリジナルキャラクターの設定づくりにもこだわる。
SNS発でグラビアへと活動を広げた点で、丸の内OLレイナや陽向葵ゅか、稲垣莉生らと同じ潮流に位置づけられる。また同時期に写真週刊誌などでグラビアデビューした新世代の女性たち――蒼井すず、最上ゆに、一ノ瀬ひかり、大泉凜、小野たまり、五百木いお、夏井ちひろ、榛名うい、新田妃奈、神喜ミア、山田あい、博多彩葉、緑川春菜、青野さくら――とともに語られることが多い。
余談[編集]
- 芸名の文末には句点「。」が付き、これも含めて正式表記である。検索の際は句点を省いた「名前はまだない」でもヒットしやすい。
- 初グラビアの際、水着を着るのは「小学校の授業ぶり」だったと語っている。
- 2度目のグラビアでは、トレードマークだったカラーコンタクトを外し、黒髪・短い前髪というイメージチェンジで臨んだ。2026年10月のTikTokライブでも「前髪なし」スタイルが好評だったとXに投稿している。
- コミケには小学生の頃から一般参加しており、コスプレイヤーとして参加するようになったのは2024年夏から。わずか2年後の2026年夏には壁サークルとして出展するまでになった。