| Atsuhiro Sato さとう あつひろ | |
|---|---|
![]() 舞台『紅哭-KURENAI-』出演に際してのインタビュー時の佐藤アツヒロ(2026年5月。出典:TVfan Web) | |
| 本名 | 佐藤敦啓(さとう あつひろ) |
| 誕生日 | 1973年8月30日 |
| 年齢 | 53歳 |
| 出身地 | 神奈川県(京都府八幡市・神奈川県藤沢市育ち) |
| 国籍 | 日本 |
| 職業 | 俳優、歌手、演出家、タレント |
| 肩書 | 元光GENJI(最年少メンバー)、U&Sメンバー、PEaCE PROJECT主宰 |
| 活動期間 | 1987年 - |
| 代表的な実績 | 光GENJI「STAR LIGHT」「ガラスの十代」「パラダイス銀河」、舞台『犬夜叉』(2000年・初主演)、『さくら色 オカンの嫁入り』シリーズ、『SaGa THE STAGE』(2018年・演出兼主演)、WOWOW『7 S.T.A.R.S. 〜7つの答え〜』(2025年・企画) |
| 受賞 | 第30回日本レコード大賞(1988年、光GENJIとして。史上最年少受賞者) |
| 事務所 | ジャニーズ事務所(のちSMILE-UP.)→ STARTO ENTERTAINMENT |
| ファンクラブ | FamiMall(STARTO ENTERTAINMENTの複合型ファンクラブ、2025年8月 - ) |
| 関連活動 | 光GENJI、SAY'S、光GENJI SUPER 5、U&S(内海光司とのスケーターユニット) |
| 別名 | 佐藤敦啓(旧芸名)、アツヒロサトウ(1995年 - 1998年のソロ名義) |
| あだ名 | アッくん |
| その他 | 光GENJIでは年少組「GENJI」に所属 |
| リンク | STARTO ENTERTAINMENT 公式プロフィール、公式X、PEaCE PROJECT公式サイト |
概要[編集]
佐藤アツヒロ(さとう あつひろ、1973年8月30日 - )とは、日本の俳優・歌手・演出家で、1987年に13歳で光GENJIの最年少メンバーとしてデビューした元アイドルである。本名で旧芸名は佐藤敦啓。グループ解散後も事務所に残り、2000年代からは舞台を主戦場に転向。殺陣もののストレートプレイから2.5次元作品、朗読劇の演出までこなす「舞台の人」として活動を続け、2025年には光GENJIの元メンバー全員を訪ねるドキュメンタリーを自ら企画した。
詳細[編集]
光GENJIの「アッくん」[編集]
愛称は「アッくん」。1987年8月19日、光GENJIのデビュー曲「STAR LIGHT」が発売された時点でまだ13歳、中学2年生だった。年長組「光」(内海光司・大沢樹生)と年少組「GENJI」の2層構造のグループで、佐藤は「GENJI」側、それも同学年の赤坂晃と並ぶ最年少コンビである。1987年3月に結成された「初代GENJI」の時点から名を連ねていた古参メンバーでもある。
入所はオーディションを経ない「特待生」扱いだったとされ、本人はラジオで、光GENJIの7人の中でジャニー喜多川が最初に選んだのが自分だったと語っている。ジャニー喜多川には敬語を使うことを禁じられ、グループのセンターに立とうとしない姿勢を叱られたこともあったという。本人いわく関係は「兄弟というか、親というか」。
史上最年少のレコード大賞受賞者[編集]
1988年12月31日、光GENJIは「パラダイス銀河」で第30回日本レコード大賞を受賞した。当時15歳4か月の佐藤は、レコード大賞の史上最年少受賞者になっている。同じ夜にはNHK紅白歌合戦にも初出場した。
人気絶頂期の熱狂は今では信じがたいレベルで、佐藤が登校すると後ろに300人ほどの行列ができていたという話が残る。中学生メンバーが夜8時以降の歌番組に出られない問題をめぐり、当時の労働省が例外を認める通達を出した、いわゆる「光GENJI通達」も、佐藤と赤坂という2人の最年少メンバーがいたからこそ生まれた出来事だった。
アイドルから「舞台の人」へ[編集]
1995年の解散後はソロ歌手としてキャリアを続けたが、本人が「顔を合わせて作品を作る楽しさを知った」と振り返るのが、2001年の劇団☆新感線『犬夜叉』(初演は2000年)である。以後、鴻上尚史、つかこうへい、鈴木勝秀、藤井清美といった演出家の作品に次々と出演し、2004年ごろからは活動の軸を完全に舞台へ移した。
テレビで見かける機会が減ったため「今何してるの?」と言われがちだが、実際には毎年複数本の舞台に立ち続けている。2022年の日刊ゲンダイは、後輩の作品への特別出演や事務所外からの依頼も多く、主演でも脇役でも通用する現役の舞台役者だと評している。2018年からは演出も手がけ、2024年には自らのプロジェクトを立ち上げるなど、作り手側の仕事も増えている。
ローラースケートの継承者[編集]
光GENJIといえばローラースケート。佐藤は2012年の少年隊『PLAYZONE'12』でローラースケートを披露して以来、練習を続けており、テレビ番組でも滑りを見せている。後輩グループへの指導も行っていて、事務所内で「光GENJIの滑り」を伝える役回りを担ってきた。
2021年6月には日本テレビ系『有吉の壁』の「ご本人登場選手権!」で、芸人たちが「ガラスの十代」を歌い終えたところに内海光司と2人でローラースケート姿で登場。解散後初めて2人そろって歌ったと明かし、有吉弘行らから拍手を浴びた(その横で光GENJI世代ではない四千頭身・後藤拓実が「全然誰だか分からない」と漏らし、それもまたウケた)。翌2022年8月19日、デビュー35周年の日に内海とスケーターユニット「U&S」を結成している。
経歴[編集]
生い立ち[編集]
1973年8月30日、神奈川県生まれ。生後1か月から京都府八幡市で暮らし、小学3年の2学期ごろに神奈川県藤沢市へ引っ越した。藤沢はSMAPの中居正広の地元でもあり、のちに2人の「同郷」エピソードとして語られることになる。
1987年 - 1995年:光GENJI時代[編集]
1987年3月25日、田代秀高・諸星和己・佐藤寛之とともに「初代GENJI」を結成。メンバーの入れ替えを経て5人組となったGENJIは、同年6月25日に「光」と合流して光GENJIとなり、8月19日に「STAR LIGHT」でレコードデビューした。チャゲ&飛鳥が手がけた「STAR LIGHT」「ガラスの十代」「パラダイス銀河」のデビュー3部作は社会現象となり、1988年にはレコード大賞と紅白初出場を果たす。
1993年4月22日には、グループ内ユニット「SAY'S」として「曇りのち晴れ」でCDデビュー。しかし1994年に大沢樹生と佐藤寛之が脱退してグループは「光GENJI SUPER 5」に改名し、SAY'Sも解散した。1995年9月3日のコンサートをもって光GENJI SUPER 5は解散。佐藤はこのとき22歳だった。
1995年 - 1999年:アツヒロサトウとしてソロへ[編集]
解散から3か月後の1995年12月21日、「アツヒロサトウ」名義のシングル「RISKY LOVE」でソロCDデビュー。高校2年の夏から作詞を始めていたこともあり、ソロ曲の大半は自作詞である。1996年には初の写真集『eyes collection』と写真詩集『ALTERNATIVE』を出し、銀座で写真展も開いた。
1997年には『世界ウルルン滞在記』でタイに渡ってムエタイ修行に挑戦し、同年の昼ドラ『砂の城』で連続ドラマ初主演(二役)を務めた。1998年、初めて自身が作詞したシングル「BRAND NEW HEART」を発表し、名義を「佐藤アツヒロ」に改めている。以後、現在までこの表記で活動している。
2000年 - 2003年:舞台デビューと『犬夜叉』[編集]
2000年、鴻上尚史の『ララバイまたは百年の子守唄』で初舞台を踏む。同年、劇団☆新感線による高橋留美子原作の『犬夜叉』で犬夜叉役を演じ、初主演を果たした。2001年に再演されたこの作品が、本人にとって舞台の面白さに目覚めた原点になっている。
2002年には少年隊『PLAYZONE 2002 愛史』や劇団☆新感線『七芒星』に出演。2003年から2004年にかけては、松本潤らが所属する嵐の年越しコンサートで「スーパーバイザー」を務めた。2004年には堂本剛の楽曲「誰かさん」の作詞も手がけている。
2004年 - 2017年:演劇へ軸足を移す[編集]
2004年、演出家・鈴木勝秀と舞台『LYNX』で出会い、『MYTH』『HYMNS』と同氏の作品に続けて出演。同年の劇団☆新感線『髑髏城の七人〜アオドクロ』にも出演し、活動の主軸を演劇に移した。2006年にはつかこうへい演出の『蒲田行進曲〜城崎非情編』に出演している。
2010年に出演した『さくら色 オカンの嫁入り』では服部研二役を演じ、2013年・2015年・2017年と再演を重ねる当たり役となった。2015年には『ナカイの窓』ゴールデンスペシャルで約15年ぶりに地上波バラエティに出演し、中居正広やヒロミと共演。2016年の『新版 国性爺合戦』では主人公・和藤内、2017年の『ロマンシング サガ3』ではシャールを演じた。
2018年 - 2022年:演出家デビューとU&S[編集]
2018年、『SaGa THE STAGE 〜七英雄の帰還〜』で初めて演出を担当し、主演のノエル役も兼ねた。2019年にジャニー喜多川が死去した際には、TBSラジオ『伊集院光とらじおと』で故人との思い出を語っている。2020年と2021年には清水邦夫の名作『楽屋』で女優B役を演じ、2021年の再演では2度目の演出も務めた。
2021年には『有吉の壁』『ダウンタウンDX』『千鳥のクセがスゴいネタGP』などバラエティ出演が急増。2022年3月からは内海光司とBS松竹東急の旅番組『こんなところでキャンパーズ!』でMCを務め、同年8月にU&Sを結成。同年はA.B.C-Zの五関晃一らと共演した藤井清美作・演出の『行先不明』で主演し、原案・構成・演出を手がけたオリジナル舞台『告白』も上演した。2022年には公式Instagramも開設している。
2023年 - 2024年:事務所の激変と新プロジェクト[編集]
2023年、ジャニー喜多川による性加害問題を受けてジャニーズ事務所は社名をSMILE-UP.に変更し、タレントのマネジメントは新会社のSTARTO ENTERTAINMENTが引き継ぐことになった。佐藤は退所や独立を選ばず、内海光司とともにSTARTO ENTERTAINMENTへ移っている。元光GENJIのメンバーで現在も同社に在籍しているのは、内海と佐藤の2人だけである。
2024年は舞台『SaGa THE STAGE 〜再生の絆〜』でノエル役に再び扮したほか、『ブラックジャックによろしく』、舞台『アテルイ』(大伴弟麻呂役)に出演。ビルボードライブ横浜・大阪でソロ公演『Billboard Live First! 〜Yellow Kiss 2024 by BBL〜』を開催し、観劇体験を届けるための「PEaCE PROJECT」(当初の表記はP.E.A.C.E.企画)を立ち上げた。同年9月には内海とフジテレビ系『ぽかぽか』に出演している。
2025年 - 2026年:光GENJIをつなぐ[編集]
2025年1月5日、自ら企画したWOWOWのドキュメンタリーシリーズ『7 S.T.A.R.S. 〜7つの答え〜 佐藤アツヒロが繋ぐ光GENJIの現在(いま)』(全7回)が放送開始。解散から30年の節目に、元メンバーを一人ずつ訪ねる旅に出た。2月にはPEaCE PROJECT第1弾の絵本朗読LIVE『ビロードのうさぎ 〜モノクローム〜』、7月には第2弾『〜ペールトーン〜』を東京・CBGKシブゲキ!!で演出・出演。7月28日にはSTARTO ENTERTAINMENTが複合型ファンクラブ「FamiMall」の発足を発表し、佐藤も対象アーティスト14組に入った。11月にはソロ公演第2弾『ATSUHIRO Live Second! 〜Yellow Kiss 2025 by BBL〜』、12月には松竹創業130周年の舞台『スイートホーム ビターホーム』(大阪松竹座ほか)に謎のキーパーソン・山田役で出演している。
2026年は2月19日から3月1日まで浅草花劇場で絵本朗読LIVE『星の王子さま』を演出・出演し、9月19日から23日にはTOKYO FM HALLで再演。3月にアコースティックイベント『White Kiss』、5月16日にはベルーナドームで開かれた「第3回 ASIA STAR ENTERTAINER AWARDS 2026」に出演した。5月27日から6月21日までは女性キャストが本格殺陣に挑む舞台『紅哭-KURENAI-』(東京・シアターサンモールほか大阪・愛知)で、主人公の剣の師・紫炎を演じた。8月29日・30日にはバースデーイベント、11月にはビルボードライブ横浜・大阪で『ATSUHIRO Live Third! 〜Yellow Kiss 2026 by BBL〜』を予定している。
人物[編集]
性格と交友関係[編集]
木村拓哉や中居正広とは年齢が近く、古くから親交がある。中居とは同じ藤沢育ちという縁もある。また、TOKIOの松岡昌宏やKinKi Kidsの堂本剛は佐藤に憧れて事務所に入ったと言われ、特に堂本剛からは慕われているとされる。前述の「誰かさん」の作詞は2人の共作だ。
山口達也、堂本光一、松本潤、滝沢秀明、山下智久、村上信五、生田斗真らと非公式サークル「NO BORDER」を結成していたという話もあり、世代やグループを越えて後輩と付き合うタイプ。2024年の『こんなところでキャンパーズ!』で共演した7 MEN 侍の矢花黎は、佐藤らから「この番組は自由だから楽しんでいいんだよ」と言われたと明かしている。
音楽とカメラ[編集]
ソロライブではアイドル時代のダンスナンバーより、ギターとブルースハープを中心にした弾き語り寄りのスタイルを好む。2024年からはビルボードライブで毎年「Yellow Kiss」と銘打ったソロ公演を開いており、2025年は第2弾「Second」、2026年は第3弾「Third」と回数を重ねている。
カメラ好きとしても知られ、SONYのVLOGCAM ZV-E10を愛用。2022年に開設したInstagramでは日常の写真のほか、光GENJI時代の秘蔵写真を公開することもある。2026年6月25日の結成記念日には、結成当日に楽屋で撮影されたとみられる7人の集合写真を投稿し、大きな反響を呼んだ。
仕事観[編集]
2026年のインタビューでは、デビューから39年を振り返って「特定のターニングポイントは自覚していない」と語り、目標もあえて決めず、可能性を残しながら挑戦を続けたいとしている。自分は恵まれた環境でエンタメに関わってきたという実感があり、そこで得たものを若い世代に伝えていきたいという。
2022年の『行先不明』製作発表では、俳優としての今後について「このまま“らしく”行きます」と宣言。殺陣については「実際には斬ったり殴ったりしていないからこそ、舞台ならではのリアルさを演者と演出家で作り上げる」というこだわりを持っている。
主な出演作[編集]
舞台(抜粋)[編集]
- 『ララバイまたは百年の子守唄』(2000年、平井純役/初舞台)
- 劇団☆新感線『犬夜叉』(2000年・2001年、犬夜叉役/初主演)
- 少年隊『PLAYZONE』シリーズ(2002年、2004年 - 2007年、2012年)
- 劇団☆新感線『七芒星』(2002年、輪剣役)
- 『夜叉ヶ池』(2003年、萩原晃役)
- 劇団☆新感線『髑髏城の七人〜アオドクロ』(2004年)
- 『LYNX』(2004年)、『MYTH』(2006年)、『HYMNS』(2008年、2019年再演)
- 『蒲田行進曲〜城崎非情編』(2006年)
- 『フロスト/ニクソン』(2009年、ジム・レストン役)
- 『さくら色 オカンの嫁入り』(2010年、2013年、2015年、2017年、服部研二役)
- 『ジンギスカン』(2011年、ジャムカ役)
- 『新版 国性爺合戦』(2016年、和藤内役)
- 『ロマンシング サガ3』(2017年、シャール役)
- 『剣豪将軍義輝』(2017年、松永弾正久秀役)
- 『人形の家』(2018年、ヘルメル役)
- 『SaGa THE STAGE 〜七英雄の帰還〜』(2018年、ノエル役/演出)
- 『ブラック or ホワイト? あなたの上司、訴えます!』(2019年、新橋演舞場)
- 『楽屋』(2020年、2021年、女優B役/2021年は演出も)
- 『ABC座 ジャニーズ伝説』(2021年、2022年、バリー・デヴォーゾン役)
- 『行先不明』(2022年、佐々雅晴役/主演)
- 『SaGa THE STAGE 〜再生の絆〜』(2024年、ノエル役)
- 『アテルイ』(2024年、大伴弟麻呂役)
- 絵本朗読LIVE『ビロードのうさぎ』(2025年、演出・出演)
- 『スイートホーム ビターホーム』(2025年、山田役)
- 絵本朗読LIVE『星の王子さま』(2026年、演出・出演)
- 『紅哭-KURENAI-』(2026年、紫炎役)
テレビ[編集]
- 『砂の城』(1997年、主演)
- 『はぐれ刑事純情派』(2002年、2009年)
- 『早子先生、結婚するって本当ですか?』(2016年)
- 『特命刑事 カクホの女』(2018年)
- 『有吉の壁』(2021年、日本テレビ)
- 『こんなところでキャンパーズ!』(2022年 - 2025年、BS松竹東急)
- 『ぽかぽか』(2024年、フジテレビ)
- 『7 S.T.A.R.S. 〜7つの答え〜 佐藤アツヒロが繋ぐ光GENJIの現在(いま)』(2025年、WOWOW・企画)
音楽[編集]
- 光GENJIとして「STAR LIGHT」「ガラスの十代」「パラダイス銀河」など(1987年 - 1995年)
- SAY'S「曇りのち晴れ」(1993年)
- ソロシングル「RISKY LOVE」(1995年、アツヒロサトウ名義)
- ソロシングル「BRAND NEW HEART」(1998年、初の自作詞シングル)
- ソロアルバム『eyes』
- U&S「UpdateS」(2023年、内海光司との配信シングル)
佐藤アツヒロと光GENJI[編集]
内海光司との「U&S」[編集]
解散後も事務所に残った元メンバーは、内海光司と佐藤の2人だけ。最年長と最年少という正反対のポジションだった2人は、2020年からクリスマスイベントを共催し、2022年にはユニット「U&S」を結成。2023年10月には配信シングル「UpdateS」をリリースしている。
2024年の『ぽかぽか』では、内海が「自分には苦手なメンバーはいなかった」と話す横で、佐藤が「×」の札を挙げて内海に「話を聞いてくれない」と軽く不満を述べ、息の合った掛け合いを見せた。
「苦手なメンバー」は諸星和己[編集]
同じ『ぽかぽか』で「メンバーの中に苦手な人がいたのでは?」という質問に「◯」を挙げた佐藤は、苦手な相手としてセンターだった諸星和己の名前を出し、スタジオを爆笑させた。最年少の自分は先輩たちを下から見ていたといい、メンバー全員とケンカしたことがあるとも語っている。
その諸星とは、2026年7月31日に思わぬ形で再会。公式Xに諸星・赤坂晃と並んでピースする3ショットを投稿し、「突然の偶然…」「いろいろ話せてよかった」とつづった。ファンからは「何年ぶり!?」「涙出た」といった声が相次いだ。
ドキュメンタリー『7 S.T.A.R.S.』[編集]
2025年1月から7月まで、月1回のペースでWOWOWで放送された佐藤企画のドキュメンタリー。デビュー時13歳で最年少だった佐藤が、解散から30年を経てメンバーを訪ね歩く。最初に会いに行ったのは、グループで唯一の同い年である赤坂晃で、第2話では沖縄・宮古島を訪問した。
第3話では解散前年に脱退した大沢樹生と本音を語り合い、第4〜5話では内海光司・佐藤寛之・山本淳一が当時の思い出や番組出演をためらった理由を率直に語った。佐藤は楽曲を手がけたASKAのもとも訪ねている。第6話では大沢と赤坂が再会し、佐藤と距離があった山本との対談も実現。山本は佐藤へのわだかまりを抱えていたことを明かしつつ、7人でまた集まりたいという思いも口にした。最終話は2025年7月20日に放送された。
デビュー記念日の2025年8月19日には、佐藤が選曲したライブ映像番組『7 S.T.A.R.S. 光GENJIライブCollection』も放送・配信。2026年5月の「ASIA STAR ENTERTAINER AWARDS」でも、番組の企画者として紹介された。2027年のデビュー40周年を前に再結成を期待する声は大きいが、2026年10月時点で7人での正式な再集結は発表されていない。
PEaCE PROJECT[編集]
2024年に佐藤が立ち上げた舞台制作のプロジェクト。名前は「平和」のPEACEではなく、「Positive Experience and Cherished Emotions」の頭文字で、観客にポジティブで心温まる体験を届け、観劇の時間を大切な思い出にすることを目指している。
中心となるのが「絵本朗読LIVE」シリーズで、佐藤は演出を務めつつ自らも出演する。2025年2月の『ビロードのうさぎ 〜モノクローム〜』、7月の『〜ペールトーン〜』(蒼井翔太、今江大地らが出演)に続き、2026年2月にはサン=テグジュペリの『星の王子さま』を浅草花劇場で上演。総勢17名が日替わりで出演した。同年9月の再演には元PENTAGONの安達祐人らが加わり、若手俳優やK-POP出身者、声優など幅広い顔ぶれと組む場として機能している。
余談[編集]
- 2003年から2004年にかけての嵐の年越しコンサートでは、出演ではなく「スーパーバイザー」という裏方寄りの肩書で関わっていた。
- 光GENJI全盛期には、佐藤の登校時に約300人のファンが後ろについて歩いていたという。
- 1997年の『世界ウルルン滞在記』ではムエタイ修行に挑んでおり、アイドルのイメージとは真逆の企画として記憶されている。
- 『有吉の壁』で共演した四千頭身・後藤拓実に「全然誰だか分からない」と言われたことで、逆に世代間ギャップを象徴する名場面になった。
- 『紅哭-KURENAI-』の役作りでは、師匠らしい風格を出すために声を低くし、話し方をゆっくりにしたと語っている。
- 「PEaCE PROJECT」の“a”だけ小文字なのは、Positive Experience and Cherished Emotionsの「and」を表しているため。
