概要[編集]
歌手とは、歌うことを職業とする人を指す語である。かつては音楽事務所とレコード会社の契約のもとで作品を発表する形がほぼ唯一の道筋だったが、配信と動画投稿が主流になった現在は、その経路を通らずに歌手として認知される例が増えている。
詳細[編集]
「歌手」という職業名は範囲が広い。作詞作曲を自分で行う者、与えられた曲を歌う者、舞台で歌う者、録音のみを担う者がすべて同じ語で呼ばれる。日本語では「シンガー」「ボーカリスト」「アーティスト」といった言い換えがあり、どれを選ぶかで想定される活動の性質が変わる。
かつての典型的な道筋は、オーディションや公募でレコード会社に見出され、専属契約を結び、シングルを発売し、テレビの音楽番組に出演して知名度を上げるという流れだった。この形では、誰を歌手として世に出すかの判断がレコード会社と事務所に集中していた。曲を発表する手段も、宣伝の手段も、そこを通らなければ手に入らなかったためである。
供給経路が分散した[編集]
2010年代以降、この構造が崩れた。動画投稿サイトと配信プラットフォームが、レコード会社を経由せずに曲を公開し、聴かれた回数が数字で見える環境を作ったためである。
歌い手は既存曲を歌って投稿することから始まる活動形態で、そこから自分の曲を作って発表する側に移る例が多い。VTuberの多くはオリジナル曲を持ち、ホロライブプロダクション所属タレントのようにアルバムを出して日本武道館や東京ドーム規模の会場で公演を行う者もいる。声優が歌手活動を並行するのも定着した形で、キャラクターの歌唱と本人名義の活動の両方を持つ。
この分散が意味するのは、「歌手として認知されるまでの道筋が一本ではなくなった」ということである。レコード会社の判断を通らずに数十万人の聴き手を持つ状態が先に成立し、契約は後から付いてくる場合がある。順序が逆転した。
一方で、分散したのは入口だけで、大規模な会場での公演や海外展開といった段階では従来型の組織の力が要る。作品を出すことは個人でもできるが、数万人規模の公演を運営することは個人ではできない。入口の民主化と、規模を拡大する段階での組織依存が同時に存在しているのが現状である。
アイドルと歌手の境界[編集]
日本ではアイドルと歌手の区別が曖昧である。アイドルグループは曲を発表して歌唱で活動するため機能上は歌手だが、歌唱力そのものより本人と観客の関係性が評価軸に置かれる点が異なる。
秋元康が手がけた大型グループのように、メンバーの入れ替わりを前提として長期間続く形式では、グループ名が作品の発表主体として継続し、個々のメンバーは入っては出ていく。歌手が個人名で活動を続ける形とは設計が違う。
K-POPでは歌唱・ダンス・ラップの担当が明確に分けられ、訓練期間を経てデビューする方式が確立している。STARTO ENTERTAINMENTの所属タレントのように、歌唱と演技とバラエティを並行する形もある。いずれも「歌手」と呼ばれるが、求められる技能の構成はかなり異なる。
どこまでを歌手と呼ぶかについては見方が分かれる。歌唱を主たる活動としているかどうかで線を引く考え方と、職業の自称で足りるという考え方の両方があり、どちらかに決まっているわけではない。
収益の構造が変わった[編集]
かつては音源の販売が主要な収入源だったが、定額制配信が普及した後は再生回数に応じた分配が中心になった。1回の再生あたりの単価は小さく、多く聴かれても音源だけで生活を組むのは難しい。
その結果、公演とグッズの比重が上がった。会場で人が集まることが収益の柱になるため、公演を開けるかどうかが活動の継続を左右する。この構造は、音源が宣伝であり公演が商品である、という以前の演歌や歌い手以前の時代の逆転した関係に近い。
自作の曲を自分で配信する場合、制作費を自分で負担する代わりに収益の取り分が大きくなる。レコード会社を通すと取り分は減るが、制作費と宣伝費を出してもらえる。どちらが有利かは規模で変わるため、活動の段階に応じて選び直すことになる。
余談[編集]
- 日本語の「歌手」は職業を表す語だが、英語のsingerより範囲が狭く使われる傾向がある。舞台で歌う人、合唱で歌う人を「歌手」と呼ぶ場面は少ない。
- テレビの音楽番組が知名度の主要な入口だった時代には、番組への出演枠が限られていたため、出演できるかどうかが活動の分かれ目になった。現在はYouTubeやTikTokで曲の一部が広まってから本人が知られる順序も普通になっている。
- 曲だけが先に有名になり、歌っている本人の顔が知られないまま広まる現象は配信時代に特有のものと思われがちだが、レコード時代にも同じことは起きていた。異なるのは、現在は本人が顔を出すかどうかを自分で選べる点である。
- VTuberのように容姿を実在の身体から切り離して活動する形態では、歌手活動における「本人」の範囲がそもそも問われる。誰の声が誰の作品なのかという整理は、従来の枠組みでは想定されていなかった。