概要
ミスiD(ミスアイディー、miss iD)とは、講談社が2012年から2021年まで開催していた、見た目やジャンル、ジェンダーロールに縛られない「新しい時代をサバイブする多様な女性のロールモデル」を発掘するオーディション・プロジェクトである。玉城ティナをはじめ、アイドル・女優・モデル・文筆・お笑い・伝統芸能と、進む先がまったく揃わない受賞者を10年にわたって送り出した。
詳細
ミスマガジンの代打として始まり、別物になった
講談社は1982年から『週刊少年マガジン』『週刊ヤングマガジン』主催のミスコンテスト「ミスマガジン」でグラビアアイドルを選出してきたが、2012年にミスマガジンが休止する。ミスiDは当初その代替として位置づけられた。
ところが実際に始まってみると中身はまったく別のオーディションで、2018年にミスマガジンが復活したあとも2021年まで並行して開催が続いた。実行委員長を務めたのは講談社の編集者・小林司で、選考委員も兼ねた。
「iD」の意味も途中で変わっている。ミスiD2015までは「ミスiD(アイドル)」と表記されていたが、ミスiD2016以降は「アイデンティティ」と「アイドル」、さらに「i(私)」と「Diversity(多様性)」を重ねた語として再定義された。小林によるミスiD初期の定義文は「歌って踊れなくても、金髪でも、引きこもりでも、誰かの明日を元気にできれば、それはもう誰かのアイドル」というものだった。
選考の仕組み
書類審査とカメラテストによる一次・二次選考を通過した者が「セミファイナリスト」として公式サイトで公開され、そこから一定期間、応募者自身のアピールを見たうえでファイナリストが決まる。アピールの場はミスiD2015まではプロジェクト・アマテラス上の掲示板、ミスiD2016以降はCHEERZおよびTwitterだった。最終的に選考委員全員の協議でグランプリ、10名程度の「ミスiD」本賞、および複数の個性的な賞・選考委員の個人賞が決まる。
ミスiD2014以降は、一般投票で1位を獲得した者は協議を経ずに本賞を受賞できる。選考委員には大森靖子、佐久間宣行、吉田豪、根本宗子、岸田メルといった書き手・作り手が名を連ね、年ごとに入れ替わった。
歴代グランプリ
| 年 | グランプリ | キャッチコピー | 応募者数 |
|---|---|---|---|
| ミスiD2013 | 玉城ティナ | 明日のアイドルの話をしよう。 | 526名 |
| ミスiD2014 | 蒼波純(受賞時は「青波純」) | 明日のアイドルの話をしよう。 | 2,714名 |
| ミスiD2015 | 金子理江、水野しず(Wグランプリ) | すべての女の子はアイドルである | 約4,000名 |
| ミスiD2016 | 穂志もえか(受賞時は「保紫萌香」)/準グランプリ 菅本裕子 | 「わたし」だけがいない世界へ。 | 約4,000名 |
| ミスiD2017 | 武田杏香 | わたしはこの星で生き残る。 | 約3,500名 |
| ミスiD2018 | 兎遊、ろるらり | ぼっちが、世界を変える。 | 約4,000名 |
| ミスiD2019 | 中井友望(受賞時は「友望」)/準グランプリ 十味 | キミがいる景色が この世界 | 約3,500名 |
| ミスiD2020 | 嵐莉菜/準グランプリ ハムスターの息子に産まれて良かった | 世界はひとつじゃない ルールも 常識も 女の子も、人の人生を笑うな | 約3,500名 |
| ミスiD2021 | まほ | 夢見る頃を、過ぎても、私だけの物語 | 2,676名 |
| ミスiD2022 | 金井球 | わたしの魔法は負けない | 1,433名 |
グランプリは、最初は存在しなかった
ミスiD2013には当初グランプリという枠が設けられていなかった。玉城ティナについて「ほかの入選者と圧倒的な差があり『グランプリ』とするにふさわしい」とする選考委員の意見が出たことで事後的に選出され、以降は常設された。
賞が先にあって受賞者を選ぶのではなく、受賞者が先にいて賞のほうが後から作られている。多様性を掲げるオーディションで順位をつけることの居心地の悪さと、それでも一人を名指ししなければ世間に届かないという事情は、第1回の時点から同居していた。ミスiD2015の金子理江と水野しず、ミスiD2018の兎遊とろるらりのようにグランプリが複数出る年があるのも、同じ事情の別の現れである。
Wグランプリが生まれた経緯
ミスiD2015は当初2014年9月19日に受賞者を発表する予定だったが、最多得票を得た金子理江のグランプリ選出に一部の女性選考委員から強い反対があり、議論が紛糾して追加審議が行われ、発表が翌週へ延期された。結果は水野しずとのWグランプリである。
ここで起きていたのは「票が最も集まった人」と「選考委員が推したい人」がずれたときにどちらを取るかという問題で、ミスiDはどちらも捨てずに両方を残した。評価軸を1本に統一しないという設計そのものが、このオーディションの性格を最もよく表している。
応募資格が書き換えられていった
ミスiD2013の応募資格は「指定生年月日の未婚女性」だった。ミスiD2016以降は「国籍、プロ、アマ、既婚、未婚などを問わない」に変わり、アピールの対象も「グラビア、女優、モデル、歌、ダンス、文学、漫画、アニメ、ゲーム、コスプレ、イラスト、詩、エッセイ、スポーツ、政治、哲学、写真、ファッション、デザイン、料理、作詞作曲、DJ、自撮り」と、およそ表現と名のつくもの全般に広げられた。
ミスコンの応募資格は、そのコンテストが誰を想定しているかを最も正直に示す部分である。ミスiDの「多様性」は理念として掲げられただけでなく、この最も具体的な場所で実際に書き換えられていた。ミスiD2017ではファイナリストのおおくぼけい、ゆっきゅんが男性であり、「ミス」を名乗るコンテストで男性が最終選考まで残るという事態も起きている。
応募者数が10年で3分の1になったこと
応募者数はミスiD2014の約4,000名からミスiD2022の1,433名まで減っている。これを人気の低下とだけ読むのは早い。
ミスiDが「ジャンルを問わない場」として成立したのは、開始当時、ジャンルごとの入口がまだ少なかったからである。2010年代後半以降はYouTube・TikTok・Instagram・ライブ配信・VTuberと、自分を出すための入口が無数にでき、Z世代にとっては誰かに見つけてもらうためにオーディションという関門を通る必要が薄れた。発掘の場が、年に一度審査のある場から、常時開いている場へ移ったということでもある。
余談
- ミスiD2016のファイナリスト「りさこ」(のち羽井リサコ)は、応募時の生年月日が応募資格の下限を下回っていたが、非公表のまま審査を受けてファイナリストに残っている。
- ミスiD2017のセミファイナリスト中村麗乃は、乃木坂46三期生オーディションに合格したため以後の審査を辞退した。
- ミスiD2016でセミファイナリストに留まった瑚々は、6年後のミスマガジン2022でグランプリを獲っている。落選がその人の評価の確定を意味しないことを示す例としてよく挙げられる。
- 講談社のグラビア系コンテストという意味ではミスマガジンの系譜にあるが、光文社のミスFLASHや秋田書店のミスヤングチャンピオンが誌面での起用と読者の応援を前提に設計されているのに対し、ミスiDは「誌面に載せたい人」という物差し自体を持たなかった点で毛色が違う。
- 公式チャンネル「ミスiD公式」は2017年5月18日にYouTubeへ開設されている。