「ますだおかだ」の版間の差分

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== 優勝の後 ==
== 優勝の後 ==
賞レースでの優勝が、そのままコンビ単位の仕事に変換されるとは限らない。個々のテレビ出演へ分岐していく例は珍しくなく、[[バラエティ番組]]の作られ方を考えれば自然な帰結でもある。[[テレビ番組]]は枠が先に決まっている商品なので、枠に人を当てはめる判断は、コンビであるかどうかとは別の基準で行われる。
賞レースでの優勝が、そのままコンビ単位の仕事に変換されるとは限らない。個々のテレビ出演へ分岐していく例は珍しくなく、[[バラエティ番組]]の作られ方を考えれば自然な帰結でもある。[[テレビ番組]]は枠が先に決まっている商品なので、枠に人を当てはめる判断は、コンビであるかどうかとは別の基準で行われる。
== よくある質問 ==
; どちらがボケか
: 増田英彦がボケとネタ作りを担当し、岡田圭右がツッコミを担当する。
; 所属事務所は
: [[松竹芸能]]。
; M-1グランプリの優勝はいつか
: 2002年で、第2代王者にあたる。


== 余談 ==
== 余談 ==

2026年9月22日 (火) 17:40時点における最新版

概要[編集]

ますだおかだとは、1993年に結成された松竹芸能所属のお笑いコンビである。2002年のM-1グランプリで優勝し、第2代王者となった。

詳細[編集]

ボケとネタ作りを担当する増田英彦(1970年2月9日生)と、ツッコミを担当する岡田圭右(1968年11月17日生)の2人組。結成は1993年1月。

結成の翌年にあたる1994年には第15回ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞、第24回NHK上方漫才コンテスト最優秀新人賞を受賞している。1999年にはネタ番組で史上初となる満点を記録し、漫才のコンビとしての評価を積み上げた。

M-1グランプリ2002[編集]

2002年12月のM-1グランプリで優勝。第1回の中川家に続く第2代王者である。

この優勝が持つ意味は、賞レースが事務所の枠を越えた評価の窓口として働いたことを示した点にある。明石家さんまダウンタウンの項で整理したとおり、賞レースが整備される前の世代は、劇場の出番と番組への出演が評価の経路だった。その経路は所属事務所の持つ場に強く依存する。吉本興業が自前の劇場と養成所を抱えるのに対し、松竹芸能は規模が異なるため、同じ土俵に立つ機会そのものが違った。賞レースは、その差と無関係に舞台へ上がれる場として機能した。

もう一つ特徴的なのは、結成10年目での優勝だった点である。当時の出場資格は結成10年以内で、この年が最後の挑戦だった。M-1グランプリは若手の登竜門として語られることが多いが、期限のある大会である以上、最後の年に挑む側から見れば性格が違う。年数の制限は、出場者にとって挑戦の回数が有限であることを意味している。

優勝の後[編集]

賞レースでの優勝が、そのままコンビ単位の仕事に変換されるとは限らない。個々のテレビ出演へ分岐していく例は珍しくなく、バラエティ番組の作られ方を考えれば自然な帰結でもある。テレビ番組は枠が先に決まっている商品なので、枠に人を当てはめる判断は、コンビであるかどうかとは別の基準で行われる。

余談[編集]

  • コンビ名は2人の名字をそのまま並べたもので、漫才のコンビ名としては最も説明の要らない型である。
  • 第1回王者の中川家、第2回王者のますだおかだと、初期の2組はいずれも関西を拠点にしていた。大阪府に演芸の劇場と賞の仕組みが集まっていた時期の反映といえる。

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