「オール阪神・巨人」の版間の差分

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2026年9月22日 (火) 17:30時点における最新版

概要[編集]

オール阪神・巨人(オールはんしん・きょじん)とは、1975年に結成された吉本興業所属の漫才コンビである。上方漫才の第一線に50年以上立ち続けており、漫才の技術面で高い評価を受けることが多い。

詳細[編集]

結成は1975年4月。小柄なオール阪神(1957年3月7日生・大阪府泉大津市出身)と長身のオール巨人(1951年11月16日生・大阪府大阪市出身)による、身長差の大きい二人組である。1976年に上方漫才大賞の新人賞を受賞し、1980年代には同賞の大賞を複数回受賞している。

コンビ名は、毎日放送の公開バラエティ番組『ヤングおー!おー!』の中で桂三枝(現・六代桂文枝)がコンビ名を公募し、寄せられた案の中から採用されたものとされる。プロ野球の球団名から取られた名前でありながら、二人の体格差がそのまま芸名の対比になっている。

しゃべくり漫才を続けるということ[編集]

このコンビの位置を決めているのは、受賞歴でも出演本数でもなく、二人で向き合って話し続ける形式を50年にわたって変えていない点にある。漫才は本来、大がかりな仕掛けを必要としない話芸で、必要なのはマイクと二人だけである。仕掛けを持たない形式は、裏を返せば観客に渡る手がかりが言葉と間しかないということでもあり、出来不出来が話し方そのものに直結する。

このため、しゃべくり漫才は上達の余地が尽きない代わりに、替えが利かない。コンビの片方が代われば成立しないだけでなく、同じ二人でも呼吸がずれれば同じネタが別物になる。長く続けている演者ほど技術的な評価が集まりやすいのは、続けた年数がそのまま二人の間合いの精度として現れるからである。

賞レース以前の世代の経路[編集]

M-1グランプリが始まったのは2001年で、このコンビの結成から四半世紀後にあたる。つまり二人が世に出た時期には、全国規模で若手を評価する窓口が存在しなかった。当時の評価の経路は、劇場の出番と、テレビ・ラジオの演芸番組、そして上方漫才大賞のような地域の賞であり、いずれも所属事務所が持つ場に強く依存していた。

中川家ますだおかだのように賞レースを通って知られた世代と、それ以前の世代とでは、同じ漫才師でも到達の仕方が違う。オール阪神・巨人はその前の世代にあたり、後にM-1グランプリの審査員を務めるようになったことで、窓口が無かった側と窓口を運用する側の両方を経験した立場になっている。

体格差という与件[編集]

二人の身長差は20cm以上あり、舞台に並んだ時点で対比が成立している。漫才は言葉で状況を立ち上げる形式なので、見た目の情報は本来ほとんど使われないが、対比が最初からある組は「説明しなくても伝わる前提」を一つ多く持っていることになる。これは芸の質とは別の、開始時点の条件の差である。

余談[編集]

  • 阪神が1957年生まれ、巨人が1951年生まれで、年齢は6歳離れている。コンビ結成時、阪神は10代だった。
  • 二人とも野球にちなんだ芸名だが、球団の系列や所属とは無関係で、公募で採用された名前がそのまま定着した形である。
  • なんばグランド花月をはじめとする吉本興業の劇場に長く出演を続けており、劇場に軸足を置く点では中川家と同じ選択をしている。演者が育つ速さが客前に立てた回数に左右されるという事情は、ベテランにとっては技術を保つ条件として働く。

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