高橋由一

高橋由一
Takahashi Yuichi
ファイル:高橋由一.jpg
誕生日 1828年3月20日
死亡日 1894年7月6日
死亡年齢 66歳
出身地 江戸(下野国佐野藩士の家)
国籍 日本
学歴 川上冬崖・チャールズ・ワーグマン・フォンタネージに師事
職業 洋画家
活動期間 幕末 - 1894年
代表的な実績 日本近代洋画の開拓、画塾天絵社の創設


概要[編集]

高橋由一(たかはし ゆいち、1828年 - 1894年)は、幕末から明治にかけて活躍した洋画家で、「日本で最初の本格的な油絵画家」とも称される近代洋画のパイオニア。代表作《鮭》は、縄に吊るされた一尾の塩鮭を圧倒的な質感で描き切った重要文化財で、日本人なら一度は教科書で見たことがあるであろう超有名作である。狩野派出身でありながら西洋の写実に強烈に惹かれ、独学に近い苦闘の末に油絵の表現を切り拓いた人物らしい。

狩野派から洋画への転身[編集]

下野国佐野藩士の家に生まれ、はじめは狩野派を学んだ。しかし、舶来の石版画を見て西洋画の迫真の写実に衝撃を受け、「真に迫る絵」を描く道を志す。当時の日本に洋画の師はほとんどおらず、由一は日本に滞在する西洋人画家を探し回ったという、執念の人だった。

ワーグマン・フォンタネージに学ぶ[編集]

まず幕府の蕃書調所(洋学研究機関)で川上冬崖に学び、横浜では報道画家として来日していたイギリス人チャールズ・ワーグマンに弟子入りして油絵の手ほどきを受けた。さらに1876年に工部美術学校が開校すると、お雇い外国人の画家アントニオ・フォンタネージに師事し、本格的な西洋画法を吸収した。教わる相手を求めて駆け回った末に、ようやく油絵の技術を自分のものにしたのである。

代表作《鮭》[編集]

《鮭》(重要文化財・東京藝術大学蔵)は、半身を切り取られた塩鮭が縄で吊るされている様子を、ぬめりや身の繊維まで感じられるほどの写実で描いた由一の代表作。日常のありふれた食材を真正面から描くという発想自体が当時としては斬新で、「物の存在そのものを描く」近代絵画の出発点とも評される。ほかに《花魁》《豆腐》など、身近な対象を執拗な写実でとらえた作品を遺している。

画塾天絵社と後進育成[編集]

1873年には私塾・天絵社(のち天絵楼・天絵学舎と改称)を創設。官立の美術学校を別にすれば当時最大級の画学教場で、創設以来150名以上が学んだという。川端玉章(平文)ら門人を育て、日本の洋画教育の草分けともなった。さらに国産の油絵具の開発を後押ししたり、油絵の普及のために各地で展示会を開いたりと、画家であると同時に近代洋画の「普及プロデューサー」でもあった。

余談[編集]

  • 山形県令・三島通庸の依頼で、近代化が進む土木・道路の風景を多数描いた連作も残しており、記録画家としての一面もある。
  • 黒田清輝藤島武二ら外光派が登場するのは由一のさらに後の世代で、由一はその土台を独力で築いた先駆者にあたる。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]