| 高橋がなり | |
|---|---|
| 本名 | 高橋 雅也 |
| 誕生日 | 1958年12月15日 |
| 年齢 | 67歳 |
| 出身地 | 東京都 |
| 国籍 | 日本 |
| 職業 | 実業家、AV監督 |
| 肩書 | ソフト・オン・デマンド創業者・元代表取締役/国立ファーム代表取締役 |
| 活動期間 | 1995年 - |
| 代表的な実績 | AVメーカー「ソフト・オン・デマンド」の創業 |
| あだ名 | がなり |
概要[編集]
高橋がなり(たかはし がなり、1958年12月15日 - )は、日本の実業家・AV監督。本名は高橋雅也らしい。日本最大級のアダルトメーカーソフト・オン・デマンド(SOD)の創業者として知られ、業界の常識を次々とひっくり返した型破りな経営者である。後年はAVの世界からまさかの農業へ大転身し、「国立ファーム」を立ち上げたことでも話題になった。負け犬を自認するところから這い上がった、ジェットコースターのような人生の持ち主らしい。
佐川急便からテレビ業界へ[編集]
大学受験に二度失敗し、スーパーの店員にもなれず「自分は負け犬だ」と自覚したという若き日の高橋。「迷った時は厳しい道を進むべき」という信念から、当時もっとも過酷と言われた佐川急便にセールスドライバーとして就職した。その後テレビ番組制作会社・IVSテレビ制作へ転職し、ADとして「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」などに携わる。この時の先輩がテリー伊藤で、殴られ蹴られながらも耐えて仕事を覚えた師弟関係だったらしい。日給4000円、サービス残業込みで時給換算200円という薄給を「高い勉強料を払って貴重な体験をさせてもらっている」と前向きに捉えていたというのだから、メンタルが尋常ではない。
ソフト・オン・デマンド設立[編集]
IVS退社後はゴルフショップやTシャツショップなどの事業を起こすがことごとく失敗し、多額の借金を負う。それでも周囲は彼を見捨てず資金を渡し続けたというから人徳である。中目黒の中華料理店で雇われ店長を務めたのち、3度目の挑戦として1995年12月にソフト・オン・デマンド(SOD)を設立。テリー伊藤企画のオリジナルビデオの製作・プロデュースから出発した。中華料理店でシェフをまとめた経験が、監督や制作者を配置していく仕事に役立ったと後に語っている。SODは素人路線やドキュメント路線、「SOD女子社員」など独自企画で急成長し、業界の地図を塗り替えていった。
経営者・プロデューサーとして[編集]
高橋は単なる制作者ではなく、徹底したアイデアマンであり広報の天才でもあった。話題作りと露出戦略でSODを一気にメジャー化させ、AVを「裏」から「表」のエンタメへと押し上げた立役者の一人とされる。一方で攻めすぎた企画も多く、過激な作品づくりが物議を醸すこともあった。テレビ番組「タモリ倶楽部」でSODが取り上げられるなど、サブカル文脈でも注目を集めた。
国立ファームと農業への転身[編集]
2006年、高橋は突如として農業ビジネス「国立ファーム」の設立準備をスタートさせる。2007年にはSOD退社後およそ2年ぶりにアダルト業界へ一時復帰し「AV OPEN」に国立ファームとして参加するなど、農業とAVを地続きに語る独特のスタンスを見せた。農業経営者向け雑誌でコラム連載を持ち、TPP参加に賛成するなど、農政についても歯に衣着せぬ発言を続けた。AVで成功した男が次に選んだのが野菜だった、という振り幅の大きさが実に高橋がなりらしい。
まえむき人生相談[編集]
2018年12月に還暦を迎えると「何もしたくない」と言い出し、これからは人の役に立って余生を過ごすとして「まえむき人生相談」を開設。経営者やAV監督、クラブのママなどあらゆる業界の「人生の先輩」を集め、気軽に人生相談ができる文化を作りたいと語った。同名のYouTubeチャンネルでもその様子を公開している。
余談[編集]
- 師匠であるテリー伊藤とは、後年もたびたび共演やトークで顔を合わせている。
- 「負け犬」を出発点にしながら、語り口は常にポジティブで、自己啓発的な名言も多いことで知られる。