Tsuyoshi Nagabuchi
ながぶち つよし
Yasuo_Ichikawa_and_Tsuyoshi_Nagabuchi_02.jpg
2011年12月20日、防衛省の特別感謝状贈呈式で一川保夫防衛大臣(左)と並ぶ長渕剛(右)。出典:Wikimedia Commons(撮影:防衛省、CC BY 4.0)
本名 長渕剛(ながぶち つよし)
誕生日 1956年9月7日
年齢 70歳
出身地 鹿児島県日置郡伊集院町(現・日置市)
国籍 日本
家族 妻:志穂美悦子(1987年結婚)、長女:文音(女優)、長男:WATARU(ミュージシャン)、次男:蓮
学歴 鹿児島県立鹿児島南高等学校卒業、九州産業大学芸術学部中退
職業 シンガーソングライター、歌手、俳優、詩人
活動期間 1977年 -
代表的な実績 「順子」(1980年)、「乾杯」(1980年・1988年再録)、「とんぼ」(1988年・ミリオンセラー)、「巡恋歌'92」(1992年)、アルバム『JAPAN』(1991年・ミリオンセラー)、桜島オールナイトコンサート(2004年・約7万5000人)、富士山麓オールナイトライブ(2015年・約10万人)
受賞 第12回ヤマハポピュラーソングコンテスト入賞(1976年)、日本レコード大賞アルバム大賞(1987年『LICENSE』)
事務所 Office REN
ファンクラブ オフィシャルファンクラブあり(1984年に「TSUYOSHI CLUB」として発足)
関連活動 ドラマ『家族ゲーム』『親子ゲーム』『とんぼ』主演、映画『英二』『太陽の家』主演
あだ名 長渕、兄貴
その他 2026年11月5日時点で現役。2026年は弾き語りツアー「JUST ONE」を開催
リンク 長渕剛 OFFICIAL WEBSITE


概要[編集]

長渕剛(ながぶち つよし、1956年9月7日 - )とは、鹿児島県出身のシンガーソングライター・俳優である。「乾杯」「とんぼ」「順子」などのヒット曲を持ち、主演ドラマ『とんぼ』では自ら主題歌も歌った。桜島で7万5000人、富士山麓で10万人を集めたオールナイトライブでも知られ、「生き様」を叫ぶ歌と鍛え上げた肉体で、昭和から令和まで熱狂的な支持を集め続ける存在である。

詳細[編集]

フォーク青年から「兄貴」へ[編集]

デビュー当初の長渕は、ギター1本で恋の歌を歌う線の細いフォーク青年だった。「巡恋歌」「順子」「乾杯」といった初期の代表曲も、やさしく甘い歌声が持ち味である。ところが1980年代後半から、短髪、サングラス、筋肉、そしてしゃがれたシャウトへと急激に変貌。自分の声が嫌いで焼酎でうがいをしながら歌い、あの荒々しい声を作り上げたとも言われる。

この変身は、ドラマ『とんぼ』の大ヒットと重なって「長渕=男の中の男」というイメージを決定づけた。いまでは男性ファンから「兄貴」と呼ばれ、ライブ会場は拳を突き上げる観客であふれる。一方で初期のフォーク時代を愛するファンも多く、1人の歌手の中に「2つの長渕剛」がいる、とよく言われる。

歌手と俳優の二刀流[編集]

長渕は歌手であると同時に、1980年代から1990年代のテレビドラマを代表する主演俳優でもあった。『家族ゲーム』の型破りな家庭教師、『親子ゲーム』の父親役、『とんぼ』のヤクザ・小川英二と、いずれも主題歌を自分で歌い、ドラマと曲がセットでヒットした。

役柄はどれも、社会のはみ出し者が自分なりの筋を通すというもので、本人の歌の世界とほぼ地続きである。演じる人物と歌う本人の境目が見えにくいことが、視聴者に「この人は本当にこういう男なんだ」と思わせ、熱狂的な支持につながった。

ライブこそ本領[編集]

長渕剛を語るうえで欠かせないのがライブである。2004年の桜島オールナイトコンサート、2015年の富士山麓オールナイトライブは、どちらも日本の音楽史に残る規模の野外公演として語り継がれている。

本人はライブを単なるコンサートではなく、観客と生き方をぶつけ合う場と考えている。富士山麓ライブについては「祈りの儀式」と表現し、終演後に観客が少しでも変わって帰ってくれればいいと語った。客席から自然発生する「乾杯」の大合唱は、長渕ライブの名物になっている。

経歴[編集]

鹿児島での少年時代[編集]

1956年、鹿児島県日置郡伊集院町(現・日置市)に生まれ、鹿児島市で育った。父は警察官で、子どもの頃は体が弱く、ぜんそくの発作に悩まされていたという。鹿児島県立鹿児島南高等学校を卒業後、福岡県の九州産業大学芸術学部に進んだが中退した。

1973年に大学祭の前座で初めてステージに立ち、1974年には友人とフォークデュオ「T&Tグループ タケシとツヨシ」を結成。ライブハウスや酒場で歌ったが、客にブーイングを浴びたり瓶を投げつけられたりしたこともあったとされる。

二度のデビュー[編集]

1976年、第12回ヤマハポピュラーソングコンテスト(ポプコン)で「雨の嵐山」を歌って入賞し、1977年にビクターからこの曲でデビューした。しかし売れず、本人も後年この曲は気に入っていなかったと語っている。

1978年に東芝EMIへ移籍し、10月5日に「巡恋歌」で再デビュー。1979年に初のオリジナルアルバム『風は南から』を発表し、同年には吉田拓郎の篠島コンサートに出演して注目を浴びた。ラジオ『オールナイトニッポン』のパーソナリティも務め、同年のアルバム『逆流』で初のオリコン1位を獲得した。

「順子」「乾杯」でブレイク[編集]

1980年、「順子」がシングルとしてオリコン1位に。同年、友人の結婚式のために書いた「乾杯」を同名のアルバムで発表した。のちに日本で最も歌われる結婚式ソングのひとつになる曲である。

1981年にアイドルの石野真子と結婚したが、1983年に離婚。同じ1983年にはTBSのドラマ『家族ゲーム』で初の主演を務め、秋元康と共作した主題歌「GOOD-BYE青春」もヒットした。俳優としての出発点は1982年のドラマ『王貞治物語』で、主題歌「青春は手品師」も担当している。1985年にはツアー中の過労で体調を崩し、残りの公演が中止になるという挫折も経験した。

黄金期と『とんぼ』[編集]

1986年、ドラマ『親子ゲーム』に主演。同じ年には映画『男はつらいよ 幸福の青い鳥』にも出演し、このころ共演した志穂美悦子と1987年8月に結婚した。1987年のアルバム『LICENSE』は日本レコード大賞のアルバム大賞を受賞し、ここから1993年の『Captain of the Ship』まで、オリジナルアルバム6作が連続でオリコン1位を獲得する。

1988年には主演ドラマ『とんぼ』が放送され、主題歌「とんぼ」はオリコン5週連続1位のミリオンセラーに。同年には「乾杯」を再録音したシングルも1位となった。1991年のアルバム『JAPAN』は100万枚を超え、キャリア最大のヒット作になった。1990年にはNHK紅白歌合戦に初出場している。

逮捕とその後[編集]

1995年1月、大麻取締法違反の疑いで現行犯逮捕された(詳細は後述)。翌1996年には東芝EMIでの最後のオリジナルアルバム『家族』を出し、1997年にフォーライフ・レコードへ移籍。ドラマ『ボディーガード』に主演し、アルバム『ふざけんじゃねぇ』を発表した。1999年には『とんぼ』の主人公を受け継いだ映画『英二』に主演している。

2003年、13年ぶりに紅白に出場。2004年8月には地元・鹿児島の桜島でオールナイトコンサートを開き、約7万5000人を集めた。2009年にユニバーサルミュージックへ移籍し、2010年には楽曲「絆」が映画『エクスペンダブルズ』日本版のイメージソングに使われた。

震災と富士山麓[編集]

2011年の東日本大震災では、被災地支援のラジオ番組を始め、4月16日に宮城県の航空自衛隊松島基地を慰問。格納庫で隊員を前に「とんぼ」「乾杯」など6曲を歌い、「みなさんは日本の誇りです」と語りかけた。同年12月20日には防衛省から特別感謝状を受けている。同年末の紅白には、石巻市の門脇小学校の校庭から中継で出演し「ひとつ」を歌った。

2015年8月22日から23日にかけて、静岡県富士宮市のふもとっぱらで「10万人オールナイト・ライヴ2015 in 富士山麓」を開催した。本人は震災が富士を選んだ理由の一つだと語っている。2017年にアルバム『BLACK TRAIN』を発表した。

令和の長渕剛[編集]

2020年1月17日公開の映画『太陽の家』では、『英二』以来約20年ぶりに映画主演。腕のいい大工の棟梁を演じた。同年には初の無観客配信ライブも行い、コロナ禍でも活動を止めなかった。2022年には全国ツアー「REBORN 2022 with THE BAND」を開催したが、8月に新型コロナの陽性判定を受けている。

2024年には肺気胸で入院。それでも同年5月、7年ぶりのオリジナルアルバム『BLOOD』(全10曲)を発表し、アリーナツアーを完走した。2025年は新曲「HOPE」を配信し、ホールツアー「HOPE」とアリーナ公演「7 NIGHTS SPECIAL in ARENA」を開催。2026年6月30日にはミニアルバム『JUST ONE』を発表し、5年ぶりの弾き語りツアーで全国を回った。

代表曲[編集]

乾杯[編集]

1980年、友人の結婚式のために書かれた曲。最初は同名のアルバムに収められ、1988年に再録音したシングルがオリコン1位を獲得した。「かたい絆に」から始まるサビは結婚式や送別会、卒業式の定番で、新しい門出を迎える友へのはなむけとして歌い継がれている。

ライブでは観客が肩を組んで大合唱するのがお約束。2011年の松島基地では自衛隊員が肩を組んで歌い、2024年の有明アリーナ公演では観客だけで「乾杯」が歌われた場面もあった。1990年の紅白でもベルリンから歌われている。

とんぼ[編集]

1988年、主演ドラマ『とんぼ』の主題歌として発表。夢を抱いて上京した男が、都会で挫折し苦しみながらも生きていく姿を歌い、「とんぼ」は手の届かない幸せの象徴として描かれる。オリコンで5週連続1位、ミリオンセラーを記録した長渕最大級のヒットシングルである。

東京への愛憎を叫ぶ歌詞は、地方から上京した若者たちの心をつかみ、カラオケの定番になった。2024年5月にはYouTubeの人気企画「THE FIRST TAKE」で一発撮りを披露。冒頭の約6分を視聴者への語りに使う異例の構成で話題になり、本人は放った歌はもう聴く人の歌になる、という趣旨の思いを語った。

順子・巡恋歌[編集]

「順子」は1980年、長渕に初めてのシングル1位をもたらした失恋ソング。フォーク時代の長渕を代表する1曲である。「巡恋歌」は1978年の再デビュー曲で、1992年に再録音した「巡恋歌'92」が約80万枚のヒットとなった。デビュー曲が十数年後に大ヒットするという、珍しい経過をたどった曲である。

その他の主な曲[編集]

  • 「GOOD-BYE青春」(1983年):『家族ゲーム』主題歌。作詞は秋元康との共作。
  • 「しゃぼん玉」(1991年):同名ドラマの主題歌。
  • 「RUN」(1993年):同名ドラマの主題歌。
  • 「ひまわり」(1997年)
  • 「しあわせになろうよ」(2003年)
  • 「絆」(2010年):映画『エクスペンダブルズ』日本版イメージソング。
  • 「ひとつ」(2011年):震災後に被災地へ向けて歌われた曲。
  • 「HOPE」(2025年):怒りや社会への反発を込めた新曲として配信。

出演作[編集]

テレビドラマ[編集]

  • 『王貞治物語』(1982年):俳優デビュー作。
  • 『家族ゲーム』(1983年、TBS):初主演。型破りな家庭教師を演じた。
  • 『家族ゲームII』(1984年、TBS)
  • 『親子ゲーム』(1986年、TBS):志穂美悦子と共演。
  • 『とんぼ』(1988年、TBS)
  • 『しゃぼん玉』(1991年)
  • 『RUN』(1993年)
  • 『ボディーガード』(1997年)

映画[編集]

  • 『男はつらいよ 幸福の青い鳥』(1986年)
  • 『オルゴール』(1989年):主演。
  • 『ウォータームーン』(1989年):主演。
  • 『英二』(1999年):主演。ドラマ『とんぼ』の主人公・英二の物語を描いた。
  • 『太陽の家』(2020年):主演。監督は権野元、共演は飯島直子、広末涼子、瑛太、柄本明ら。

ドラマ『とんぼ』[編集]

『とんぼ』は、1988年10月7日から11月25日まで、TBS系の土曜21時枠で放送された連続ドラマ。全8話で、のちにスペシャルと映画版も作られた。脚本の黒土三男はこの作品で第7回向田邦子賞を受賞している。

主人公の小川英二はヤクザ組織に身を置きながら、気に入らないものには噛みつき、間違ったことは許さない男。暴力の世界から抜け出せないまま、自分なりの正義を貫こうとする姿が描かれる。共演は哀川翔、仙道敦子、秋吉久美子、植木等、寺島進ら。

なかでも英二の舎弟・水戸常吉を演じた哀川翔は、この作品で一気にブレイクした。2026年7月の報道によると、もともと長渕の大ファンだった哀川が日本武道館公演の楽屋にあいさつに行ったところ、長渕がいきなり哀川を指さして「『とんぼ』やろう!」と言ったのが起用のきっかけだったという。哀川によれば、そのときの服装が「むちゃチンピラ」だったのが決め手だったらしい。

伝説のオールナイトライブ[編集]

桜島オールナイトコンサート(2004年)[編集]

2004年8月21日夜、鹿児島の桜島に造成した野外会場で行われた。集まったのは約7万5000人。夜9時40分ごろに「勇気の花」で始まり、翌朝6時半ごろに「Captain of the Ship」で終わるまで、計42曲を歌い切った。経済効果は約50億円とも言われる。

桜島の赤水展望広場には、このコンサートを記念したモニュメント「叫びの肖像」が建っている。高さ3.4メートル、桜島の溶岩38.2トンで作られた巨大な像で、現在は観光スポットになっている。

富士山麓オールナイトライブ(2015年)[編集]

2015年8月22日から23日にかけて、静岡県富士宮市の「ふもとっぱら」で開催。会場の広さは約500ヘクタール、観客は約10万人、スタッフは約2500人という前代未聞の規模だった。ステージの高さは約40メートルで、会場には長渕食堂やファン用のカラオケブースまで用意された。

開催前は約1週間雨が続き、当日も凍えるような寒さだったが、長渕は天気がどうであれ朝日を引きずり出すと宣言。夜通しのライブの最後、「富士の国」の約20分の大合唱の途中で雲が切れ、富士山の右肩から朝日が昇ると、観客から歓声が上がった。本人はこのライブを震災後の日本に向けた「祈りの儀式」だったと振り返っている。映像作品は2016年2月3日に発売された。

人物・家族[編集]

妻は元女優の志穂美悦子。千葉真一率いるジャパンアクションクラブ出身で、東映のアクション映画で活躍したスターだった。1986年の『親子ゲーム』での共演がきっかけで1987年に結婚し、志穂美は芸能界を引退。現在はフラワーアーティストとして活動し、2024年にはシャンソン歌手としてデビューしている。

子どもは3人。1988年生まれの長女は女優の文音。長男は「WATARU」の名でミュージシャンとして活動しており、2025年2月には母・志穂美とともにテレビ番組に出演し、父にそっくりだと話題になった。次男の蓮もいる。

体を鍛えることでも有名で、ライブのために本格的なトレーニングを続けている。2024年に肺気胸で入院した際は、絶対安静と言われたのに入院3日目から隠れてスクワットを始め、30回ほどで看護師に見つかって注意された、と本人が笑い話として明かしている。また、詩人としての顔も持つ。

最新動向[編集]

2026年11月5日時点の主な動きは次のとおり。

  • 2025年4月:新曲「HOPE」を配信。4月17日の日置市伊集院文化会館(地元)から7月17日の広島まで、13会場16公演のホールツアー「HOPE」を開催。
  • 2025年10月〜11月:アリーナ公演「7 NIGHTS SPECIAL in ARENA」を大阪、鹿児島、愛知、神奈川の4都市7公演で開催。
  • 2026年6月30日:ミニアルバム『JUST ONE』を発表。
  • 2026年7月20日:千葉・松戸から、5年ぶりの弾き語りツアー「ACOUSTIC HALL TOUR 2026 "JUST ONE"」がスタート(16都市19公演)。
  • 2026年7月27日深夜:TBSでドキュメンタリー『長渕剛 独占密着〜逆風への叫び〜』が放送され、TVerとU-NEXTでも配信された。
  • 2026年10月28日:東京・SGCホール有明でツアーファイナル。CS放送のTBSチャンネル1で生中継された。
  • 2026年10月下旬:公式サイトの公開再開が告知され、ファンクラブ会員限定のスペシャルライブ「JUST ONE」のチケット受付が始まった。

ドキュメンタリーで長渕は、世の中に長渕剛は正しく伝わっていると思うかと聞かれ「伝わっていないと思います」と即答。その原因は自分の振る舞いにもある、と分析してみせた。

炎上とバズ[編集]

1990年紅白のベルリン中継[編集]

1990年の紅白初出場は、東西統一直後のドイツ・ベルリンからの衛星生中継だった。「親知らず」「いつかの少年」「乾杯」の3曲、計17分30秒を歌い、ベテラン歌手の曲が短縮される中での長尺出演に、一部の大物歌手から不満の声が出たと報じられた。司会者とのやりとりの中での発言も問題視された。

ただし「勝手に3曲歌った」という説は誤解で、NHKは事前に了承していたとされる。後年の長渕は当時の自分を「随分生意気なガキだった」と苦笑まじりに振り返っている。

1995年の逮捕[編集]

1995年1月、大麻取締法違反の疑いで現行犯逮捕された。覚醒剤については否定し、処分保留で釈放されたのち不起訴となったと報じられている。この件は長年、週刊誌などで繰り返し取り上げられてきた。

2024年のSNS騒動[編集]

2024年3月、Instagramに社会からの攻撃に「いつでも立ち向かう」という趣旨の意味深な文章を投稿し、コメント欄を閉鎖。同じころ公式スタッフのXアカウントも削除され、ファンの間で何があったのかと話題になった。理由は明らかにされていない。

2025年の週刊誌報道[編集]

2025年8月、週刊文春が長渕をめぐり、イベント運営会社との約2億6000万円の金銭トラブル、スタッフへのパワハラ疑惑、志穂美悦子が個人事務所の役員を退任していたこと、若い女性との関係などを報じた。金銭面では、長渕の個人事務所がイベント会社に対して破産を申し立てたとも報じられている。日刊ゲンダイによれば、長渕と志穂美は報じられた内容をいずれも否定している。

余談[編集]

  • サザンオールスターズの桑田佳祐とは同じ1956年生まれ。1983年にサザンとジョイントライブを行ったことがあり、これが後に両者の確執として語られることもあるが、真偽ははっきりしない。
  • デビュー曲「雨の嵐山」は売れず、本人も好きではなかったと語っている。再デビュー曲「巡恋歌」が十数年後に再録音で大ヒットしたのは皮肉な巡り合わせ。
  • 2011年の紅白で歌った石巻市の門脇小学校は、津波と火災で大きな被害を受けた学校だった。
  • 桜島の「叫びの肖像」は、観光ガイドにも載るスポットになっている。
  • 2024年のアリーナツアーでは公演ごとに曲目が大きく入れ替わり、マンドリン奏者が専属メンバーとして加わった。
  • 2025年のツアー「HOPE」は地元・日置市の伊集院文化会館から始まった。2024年3月には母校の卒業式でライブを行った様子をInstagramで報告している。
  • 2024年の『THE FIRST TAKE』では「とんぼ」のほか「黒いマントと真っ赤なリンゴ」も披露した。

外部リンク[編集]

💬 みんなの声

この記事を読んだ人が、ひとことつぶやく場所です。