牧野信一

牧野信一
ファイル:牧野信一.jpg
本名 牧野 信一
出身地 神奈川県小田原
国籍 日本
学歴 早稲田大学
職業 小説家
代表的な実績 『ゼーロン』『父を売る子』


概要[編集]

牧野信一(まきの しんいち、1896年11月12日 - 1936年3月24日)は、日本の小説家。前半生は自虐的な私小説、後半生は故郷の小田原を古代ギリシャに見立てた幻想的な作風「ギリシャ牧野」——と、まるで別人のように作風を一変させた異才。17年ほどの短い作家生活で珠玉の短編を十数編残して早世したため「マイナー・ポエット」と呼ばれる。生前は地味な存在だったが、その独特の文体と乾いた幻想性は、後年小林秀雄や坂口安吾(平文)ら目利きに高く評価された。

私小説から出発[編集]

神奈川県小田原町の生まれ。1919年に早稲田大学を卒業すると、下村千秋(平文)らと同人誌『十三人』を創刊。同誌に載せた「」が島崎藤村に認められ、文壇への足がかりをつかんだ。1924年の『父を売る子』『父の百ヶ日前後』など、初期は父子の確執や自身の鬱屈を生のまま描く私小説的な作品が中心で、葛西善蔵嘉村礒多宇野浩二ら破滅型私小説の系譜に連なる暗さがあった。

ギリシャ牧野の誕生[編集]

転機は昭和初期。1931年、小林秀雄ら芸術派の書き手を集めて雑誌『文科』を主宰すると、同年発表の『ゼーロン』『バラルダ物語』で作風を一変させる。舞台は故郷・小田原のはずなのに、登場人物も情景もどこか神話めいた古代ギリシャ風——という独特の幻想世界を切り拓き、これが「ギリシャ牧野」と呼ばれた。私小説のじめじめした湿気を、明るく乾いたユーモアと幻想に昇華させたこの中期作品群が、牧野文学の真骨頂である。

早すぎる晩年[編集]

華やかな幻想の世界を描いた一方で、現実の牧野は生活と創作の両面で行き詰まりを深めていった。1936年、小田原の生家で自ら命を絶ち、39年の生涯を閉じた。あまりに惜しまれる早世だったが、遺された短編は色あせることなく読み継がれている。

※つらい気持ちや消えてしまいたい思いを抱えている方は、どうか一人で抱え込まず、信頼できる相談先や支援機関に頼ってほしい。

評価[編集]

生前は決して人気作家ではなかったが、その実験的な文体と幻想性は、坂口安吾(平文)ら無頼派の作家にも影響を与えたとされる。私小説の枠を内側から食い破り、独自の「もう一つのリアリティ」を作り上げた点で、葛西善蔵嘉村礒多とはまた違う、唯一無二の私小説作家として再評価が進んでいる。

余談[編集]

  • 故郷・小田原への愛憎は終生のテーマで、その風景はギリシャ風に変奏されて作品の隅々に現れる。
  • 雑誌『文科』に集った小林秀雄らとの交流は、当時の文学青年たちの熱気を伝えるエピソードとして語られる。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]