| 牛腸茂雄 Shigeo Gocho | |
|---|---|
| 誕生日 | 1946年11月2日 |
| 死亡日 | 1983年6月2日 |
| 死亡年齢 | 36歳 |
| 出身地 | 新潟県加茂市 |
| 国籍 | 日本 |
| 職業 | 写真家 |
| 活動期間 | 1968年 - 1983年 |
| 代表的な実績 | 写真集『SELF AND OTHERS』 |
| 受賞 | 日本写真協会新人賞 |
概要[編集]
牛腸茂雄(ごちょう しげお、1946年11月2日 - 1983年6月2日)は、日本の写真家。36歳で夭折しながら、いまも熱烈に語り継がれる「コンポラ写真」を代表する作家である。
なんでもない街角で、なんでもない他者と視線を交わす——その静かで透明な写真は、見る者の心の奥に妙に長く残る。生前に出した写真集はわずか3冊。だが没後数十年を経てなお再評価が続き、伝説化していった写真家らしい。
生い立ちと身体[編集]
新潟県加茂市に生まれた。3歳のころから胸椎カリエスを患い、背中が曲がり、身長は150cm弱にとどまった。この身体性が、のちの作風と分かちがたく結びつく。子どもを撮ったスナップが多いのは、低い視線が自然と子どもの世界の高さに近づけたから——とも言われている。ハンディキャップを表現の核へと反転させた人だった。
大辻清司との出会い[編集]
1965年に高校を卒業すると、桑沢デザイン研究所リビングデザイン科に入学。さらに同校の写真専攻に進み、写真家大辻清司に師事した。1968年に同研究所を卒業。大辻清司はのちに高梨豊や畠山直哉ら多くの写真家を育てた名教師で、牛腸はその最も愛された教え子の一人だった。
3冊の写真集[編集]
卒業後はデザインの仕事と並行して作品を発表。自費出版で『日々』(1971年)、『SELF AND OTHERS』(1977年)、『見慣れた街の中で』(1981年)の3冊を世に出した。中でも『SELF AND OTHERS』は1978年に日本写真協会新人賞を受賞し、牛腸の代表作にして戦後日本写真の名作として名高い。大辻清司が序文を寄せている。
夭折とその後[編集]
1983年、体調を崩して帰郷し静養していたが、6月2日に心不全のため死去。享年36。その早すぎる死は、作品の透明感とあいまって牛腸を神話的な存在にした。没後も写真集の復刊や回顧展が繰り返され、森山大道や中平卓馬ら同時代の写真家とはまた違う、内省的でしずかな系譜の頂点として位置づけられている。
余談[編集]
- 「コンポラ写真」とは contemporary(同時代)に由来する呼称で、劇的な事件ではなく日常の何気なさを淡々と捉える1960〜70年代の潮流。牛腸はその最も純度の高い体現者とされる。
- 師の大辻清司門下からは畠山直哉も出ており、桑沢〜筑波の写真教育の系譜は戦後写真史の太い一本の流れになっている。
関連項目[編集]
- 大辻清司 - 師
- 畠山直哉 - 同じ大辻門下の写真家
- 高梨豊 - 同時代の写真家
- 森山大道 / 中平卓馬 - 同時代の写真家
- 土門拳 / 木村伊兵衛 - 戦後写真の巨匠
- MissAV / 稲垣莉生 - サブカル回遊クラスタ