清水卯一

清水卯一
しみず ういち
ファイル:清水卯一.jpg
誕生日 1926年3月5日
死亡日 2004年2月18日
死亡年齢 77歳
出身地 京都府京都市東山区
国籍 日本
職業 陶芸家
肩書 重要無形文化財「鉄釉陶器」保持者(人間国宝)
活動期間 1940年代 - 2004年
代表的な実績 蓬莱窯/鉄釉陶器の研究
受賞 ブリュッセル万博グランプリ(1958年)/紫綬褒章(1986年)


概要[編集]

清水卯一(しみず ういち、1926-2004)は、鉄釉(てつゆう)陶器の分野で人間国宝に認定された陶芸家。鉄分を含む釉薬を自在に操り、柿色や青、銀色に輝く独特の発色を生み出した、「鉄の釉薬を究めた人」である。師は同じく鉄釉で人間国宝となった石黒宗麿。京都・五条坂の陶磁器商の家に生まれた、生粋の京焼育ちだった。

経歴[編集]

京都市東山区五条の陶磁器を扱う家に生まれる。京都市立陶磁器試験場などで技術を学び、鉄釉のパイオニア石黒宗麿に師事して、釉薬の研究に没頭した。若い頃から「自分の窯を持ちたい」という夢を抱き続け、1970年、ついに滋賀県の比良山麓に蓬莱(ほうらい)窯を築いて移り住む。以後2004年に世を去るまで、湖国・滋賀で34年にわたる作陶生活を送った。

鉄釉の探究[編集]

蓬莱の地で、清水は数えきれないほどの釉薬・陶土・磁土を自ら発掘・調合し、膨大な実験を重ねた。柿釉、鉄耀(てつよう)、青瓷(せいじ)、そして玉のように青く澄んだ蓬莱磁など、鉄が生み出す多彩な表情を引き出した。1958年のブリュッセル万国博覧会でグランプリを獲得し、早くから国際的にも高く評価される。1985年、師の石黒宗麿に続いて鉄釉陶器で重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された。

作風と栄誉[編集]

清水の器は、ひとつの釉薬の中に複雑な窯変(ようへん)の景色を宿すのが身上。地味に見えて、光の当たり方で青や銀に変わる繊細な色合いは、長年の釉薬研究の賜物である。1986年に紫綬褒章を受章。荒川豊蔵加藤土師萌近藤悠三田村耕一ら同時代の人間国宝と並ぶ、戦後京焼を代表する一人だった。

余談[編集]

  • 滋賀県立美術館などで回顧展が開かれ、鉄釉一筋の歩みが再評価されている。
  • 師弟ともに同じ「鉄釉陶器」で人間国宝になったのは珍しく、石黒宗麿→清水卯一は師弟二代の人間国宝として語られる。
  • 「自分の窯を持つ」という若き日の夢を50代手前で叶え、そこから代表作が次々生まれたのは、遅咲きとも大器晩成とも言える歩みだった。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]