| 楠山正雄 | |
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| ファイル:楠山正雄.jpg | |
| 本名 | 楠山 正雄 |
| 出身地 | 東京 |
| 国籍 | 日本 |
| 学歴 | 早稲田大学 |
| 職業 | 児童文学者・編集者・演劇評論家・翻訳家 |
| 代表的な実績 | 『模範家庭文庫』、日本の昔話の再話 |
| 関連活動 | 新劇運動 |
概要[編集]
楠山正雄(くすやま まさお、1884年11月4日 - 1950年11月26日)は、日本の児童文学者・編集者・翻訳家・演劇評論家。大正から昭和戦後にかけて活躍した、多彩な仕事をこなした文化人。「桃太郎」「ねずみのよめ入り」など、いま私たちが当たり前に思い浮かべる日本昔話の「定番の語り口」は、かなりの部分この人の再話によって整えられたもの。巖谷小波が切り拓いたお伽噺の世界を、より洗練された文章で次の世代へ橋渡しした立役者である。
編集者・翻訳者として[編集]
早稲田大学を出て、出版社の冨山房に入る。1915年、杉谷代水(平文)による『アラビヤンナイト』翻訳の校訂を担当したのを機に、児童書の編集・翻訳・再話の世界へ深く関わるようになった。『模範家庭文庫』『画とお話の本』といった全集シリーズやアンソロジーを精力的に編纂し、子どもに良質な物語を届ける器作りに尽力した。
昔話の再話[編集]
楠山の最大の功績が、日本各地の昔話を子ども向けに整えた「再話」の仕事である。「桃太郎」「花咲かじいさん」「ねずみのよめ入り」など数多くの昔話を、平易で品のある文章にまとめ直した。その文章は読み聞かせにもなじみやすく、戦後の絵本や教科書を通じて、いまも昔話の「標準形」として広く親しまれている。巖谷小波の通俗的なお伽噺に対し、より文学的な洗練を加えた点で一線を画す。
新劇と演劇評論[編集]
もう一つの顔が演劇評論家・翻訳家。島村抱月(平文)らが進めた新劇運動に共鳴し、近代西洋演劇の紹介・翻訳に携わった。イプセンやメーテルリンクといった海外戯曲の翻訳を手がけ、日本の近代演劇の受容にも貢献している。児童文学と演劇という、一見離れた二つの分野を行き来した教養人だった。
評価[編集]
創作よりも、編集・翻訳・再話という「裏方」の仕事で日本の児童文化を支えた人で、その影響は地味ながら極めて広い。巖谷小波の先駆的な仕事と、鈴木三重吉の『赤い鳥』に始まる芸術的童話運動、そして小川未明・浜田広介・新美南吉・坪田譲治ら作家たちの仕事をつなぐ位置にあって、近代児童文学史の重要な結節点となっている。
余談[編集]
- 楠山が再話した昔話は青空文庫などで今も読め、その端正な日本語は世代を超えて受け継がれている。
- 海外戯曲の翻訳から子ども向けの昔話まで、振れ幅の大きい仕事ぶりは当時の文化人らしい多才さを示している。