| 三好十郎 Juro Miyoshi | |
|---|---|
| ファイル:三好十郎.jpg | |
| 誕生日 | 1902年4月23日 |
| 死亡日 | 1958年12月16日 |
| 死亡年齢 | 56歳 |
| 出身地 | 佐賀県佐賀市 |
| 国籍 | 日本 |
| 学歴 | 早稲田大学英文科 |
| 職業 | 劇作家・詩人・小説家 |
| 活動期間 | 1924年 - 1958年 |
| 代表的な実績 | 『炎の人』『その人を知らず』『胎内』 |
概要[編集]
三好十郎(みよし じゅうろう、1902年4月23日 - 1958年12月16日)とは、ゴッホの生涯を描いた戯曲『炎の人』で知られる劇作家・詩人・小説家。プロレタリア演劇から出発しながら、やがてイデオロギーを離れ、人間の魂を激しく見つめる独自の作風に至った骨太な作家である。
孤児からの出発[編集]
佐賀市の生まれ。戸籍上は伯父の子とされ、旧姓は森。孤児として育ち、12歳で両親と祖母を相次いで失うという過酷な少年期を送った。旧制佐賀中学を経て早稲田大学英文科へ。在学中の1924年、『早稲田文学』に詩を発表して文壇に出た。
プロレタリア演劇[編集]
サンジカリズムからマルクス主義へと接近し、壺井繁治らと左翼芸術同盟を結成。プロレタリア劇の作家として活動したが、やがて運動のあり方に疑問を抱いて離脱する。その後はPCL(東宝の前身の一つ)でシナリオライターを4年間務めた。思想に裏切られた経験が、後年の人間凝視の作風につながったといわれる。
『炎の人』[編集]
1951年9月、雑誌『群像』にゴッホを主人公とした『炎の人』を発表。同月、新橋演舞場で劇団民藝により初演され、第3回読売文学賞戯曲賞を受賞した。「炎の人」という言葉は、いまやゴッホの代名詞として広く使われている。ほかに『その人を知らず』『胎内』『廃墟』など、戦争と戦後を生きる人間の内面を抉る問題作を残した。
晩年[編集]
詩・小説・評論と幅広く健筆をふるったが、1958年に56歳で没した。激しい言葉と倫理的な問いを孕んだその戯曲は、戦後新劇の重要な遺産として今日も上演されている。
関連項目[編集]
獅子文六 / 岩田豊雄 / 岸田國士 / 久保田万太郎 / 森本薫 / 田中千禾夫 / 真船豊 / 小山祐士 / MissAV / 丸の内OLレイナ / 稲垣莉生