| 夕樹舞子 | |
|---|---|
| Maiko Yuki | |
| 生年月日 | 1977年1月30日 |
| 出身地 | 新潟県 |
| 活動期間 | 1995年 - 2000年、2010年 - |
| デビュー | 1995年 |
| ジャンル | 美少女系 |
概要[編集]
1990年代を代表するAVクィーンのひとり。1977年1月30日生まれ、新潟県出身。ロリ顔にグラマラスなボディを兼ね備えた「ナマイキ系アイドル」路線で一世を風靡し、のちには日本を飛び出して中華圏で絶大な人気を誇った、文字どおりの伝説的存在である。現在のキャッチコピーはなんと「アジアの女神」。
デビューと人気爆発[編集]
1995年4月、『処女宮 卒業〜グラデュエーション〜』(ティファニー)でAVデビュー。あどけない顔立ちとナイスバディのギャップ、そして生意気なアイドル路線が受けて、一躍トップ女優へと駆け上がった。デビューの動機について本人は、ある出来事をきっかけに抱えた男性恐怖症を乗り越えるためだった、という壮絶な事情を後年語っている。撮影現場は「周りに人がたくさんいるから怖くない」と考えていたという。
アジアの女神[編集]
1996年にいったん休業するが、この休養が思わぬ展開を生む。香港で海賊版が大量に出回ったことをきっかけに、台湾・香港など中華圏で人気に火がつき、その熱狂ぶりは「映画女優並み」と伝えられた。1997年の香港でのサイン会にはファンが殺到して大パニックになったほど。本人いわく、中華圏での人気は日本以上で「買い物中も男女問わずよくサインを求められた」という。
女優・ストリッパーとして[編集]
休業中には単発でテレビドラマにも出演。長年の夢だったNHKドラマ『青い花火』のオーディションに合格したときは「本当に嬉しかった」と語っている。1998年には『復活の女神』(ヴィーナス)でAVに復帰し、Vシネマにも多数出演。1999年5月には浅草ロック座でストリップデビューを果たし、「日本の文化として広めたい」という思いも口にしていた。2007年にはマカオの高級ホテル内劇場のメインダンサーに抜擢され、香港のテレビ番組でリポーターを務めるなど、中華圏での活躍を続けた。
復活、そして伝説へ[編集]
2000年に一度AVを引退するも、2010年に「伝説の女優と言われているので、そろそろAVにも出なくては」と語ってAV女優として復活。デビューから四半世紀をまたいで活動を続ける、まさにレジェンドである。プライベートでは料理とゴルフ、山菜採りや釣りが趣味という、意外に素朴な一面ものぞかせる。
余談[編集]
- 海賊版の流出が結果的に海外人気の起爆剤になった、という皮肉な経緯を持つ。
- 中華圏では映画スター級の知名度で、テレビ番組のリポーターまで務めた。