キムダソム
김다솜,Kim Dasom
ダソム.jpg
誕生日 1993年5月6日
年齢 28歳
出身地 ソウル特別市
国籍 大韓民国
学歴

ガラム中学校(卒業) 安養芸術高等学校 (演劇映画科 卒業)

建国大学校 (映画学科 学士)
活動期間 2010年シングル <Push Push>
家族 両親、兄(1989年)
身長 / 体重 167 cm / 47 kg
血液型 A型
事務所 キングコングby STARSHIP
あだ名 茶の湯, 末っ子, クムジキ, ポソムなど


1 概要[編集 | ソースを編集]

大韓民国のアイドル歌手出身の女優である。 4人組ガールズグループSISTAR出身で、チームで最年少で、ポジションはサブボーカルを務めた。その他にも演技、芸能番組などでも活躍している。

2 デビュー前[編集 | ソースを編集]

幼い頃から俳優の夢を育ててきたという。 父親が映画が好きで、幼い頃から古典映画を読み漁っており、中学2年生の休みの時は1日2本ずつ映画を見たという。 ヒッチコック、キューブリック、リュック·ベッソン監督の映画が特に好きだったそうだ。 映画「レオン」(1994)を見た後、その余韻に2日間眠れなかったこともあるという。

演技をしたいと自然に思っており、中学校3年生の時から英語の塾に通っていると嘘をついて演技塾に通っていた。その後、本格的に演技を学ぶために安養芸術高等学校の演技科に進学したという。女優ダソムvsSISTARダソムの後、兄が連れて行ったJYPのオーディションに合格し、練習生生活を開始した。

その後、キューブエンターテインメントを経て、今のスターシップエンターテインメントに来るようになった。 演技に対する夢を話したが、歌手を先にして演技をしても遅くないと話したという。 当時はダンスと歌の両方が好きで、子どもだったので何を先にしても問題なかったという。 高校在学中にSISTARとしてデビューした。

3 特徴[編集 | ソースを編集]

3.1 SISTAR活動[編集 | ソースを編集]

演技と歌のうち一つだけを選択しなければならないなら、必ずSISTARを選択するという。 理由はデビューもSISTARだったし、本業も歌手だから。

11年8月、正規1集の活動からおかっぱにヘアスタイルを変えた。長い髪よりよく似合うというのが衆論。 肌がメンバーの中で一番白いが、 別名蛍光灯肌。本人も肌にかなり気をつかうという。 チーム内で肌が一番暗いヒョリンを白く補正してダソムが見えない状況が起きたりするという。

デビュー後、数年間一生懸命努力したが、他のメンバーの実力についていけないと放送中に涙ぐんだことがある。 メンバーたちは練習期間が3、4年なのに、 本人は半年だったという。『Along』で活動する時の自分のパートが一箇所だけで、気苦労が多いようだ。しかし、実力が上昇しているという意見も出ている。 SISTARの最後の曲<Lonely>ではボーカルの実力が大幅に向上し、40秒を超える多くのパートを担当した。

舞台で他のメンバーに比べてミスが多く、アンチに歌とダンスの実力に対して非難されたりもした。 しかし、現在はボーカル実力がデビュー当初に比べて大いに伸びている。 ライブ時の安定感もある。パートも増えた!そして収録曲を見ると、ボラと一緒にラップもする。

ヒョリンとユンボラにおされ、ソユと共に非主流メンバーとして活動していたが、「Loving U」を起点に、ヒョリンとボラに続く人気メンバーとなった。「Loving U」活動の恩恵を受けていると言える。 最近、音楽放送の舞台では、他のメンバーのパートにもかかわらず、ダソムを担当するカメラの映像が送出される場合が多い。 なるほど、放送局のスタッフたちが認めたビジュアル担当と言える。

SISTARの歌の中で最も愛着を持っている曲として、デビュー曲である「push push」を選んだ。 その歌は本当に愛憎の曲だと… 5000回は聞いたという。その歌を夜7時から朝8時まで練習したこともあり、泣きながら振り付けの先生に「お願いだから水をくれ」と言ったら、マスターしてくれと言われて恨めしかったという。それでもあの時ああやって練習したから よく耐えているという。今も自分はすごく足りないんだけど、 その時はそんなに練習しなかったら 本当に散々な実力だっただろうという。

SISTA解散後、ソユと共に再契約してSTARSHIPに残留した。

3.2 スタイル[編集 | ソースを編集]

普段、体型が目立つワンピースをよく履くが、骨盤がやや大きく、腰が細いため、膝から15cm程度上がる長さのミニスカートを選ぶという。運動は忙しくても必ず時間を作ってやり、7~8年間ウエイトは続けてきた。18年からピラティスとゴルフも始めた。週3回、3つの運動を全部交互にやっているという。

4 その他[編集 | ソースを編集]

芸能活動以外にも文を書くことにも関心が高い。ユ·ヒヨルのスケッチブックのインタビューによると、子供の頃、両親は詩が上手だと言っていた。また、30歳前に随筆を直接書くのが望みだとか。 また今も日記もよく書いているようだ。 日記帳には人種差別問題を牛乳になぞらえて書いていたことから、意外と考えが深いようだ。 メンバーたちの話では、メールも普段から 長く長く書くタイプだと···。

英語が上手だそうだ。 本人のSNSに英語でよく書き込みながらコミュニケーションする。英語が上手な理由は父親の職業が外務公務員で、幼い頃、両親と休みの度に海外旅行をしたからだという。 また、2015年からは中国語も学んでいるという。 先日、中国語の先生がダソムの発音を聞き、「中国人のようだ」とも言ったという。

2018年には、「私は一人で暮らす」 虹ライブに出演した。早いデビューで学生時代、勉強があまりできなくて勉強熱が溢れていると言って書店で本を読んだ。 自宅で友達と一緒に株式投資の講義を聞きながら、これについて勉強していると話したりもした。 ただ、つまらない番組だといって、それほどよい評価は受けていない。

2019年12月のインタビューで本をたくさん読むとは言えないが、努力中でジャンルを選ばないという。以前はベストセラーや誰かが推薦してくれる本をたくさん読んでいたが、今は手のかかる本を読むという。最近はカール·セーガンのコスモスを読んでいるそうだ。もう何回目の試みで、以前、ユシミン作家がテレビでおすすめするのを見て買ったんだけど、簡単ではないそうだ。人文学書籍も好きで最近読み終えたのはニーチェの言葉だという。 特に好きな作家やジャンルとしてはミラン·クンデラに言及した。『耐えられない存在の軽さ 』は何度も読んだが、読めば読むほどよかったという。ダソムは集中力が落ちる方なので、文章を何度もじっくり考えなければ理解できないと言う。それでも一日に20ページは読もうと努力してるという。

4つ離れた兄が1人いる。兄はファッションデザインを専攻した。ところが兄はダソムよりも他のメンバーの面倒を見ると言う。

普段体型が目立つワンピースを好んで着て上品でシンプルなスタイルが好きだが、ポイントになりそうな色感のかばんやアクセサリーをマッチして単調でないように演出する。

恋愛をする時は、相手が電話に出なければ、出るまで数十本電話を続けるほど執着するスタイルだという。本人もまた、自分に執着してくれる異性に好感を持つという。 最近はよく直しているので、今は絶対にそうしていないそうだ。 今は誰よりもクールだという。 尻を叩かれるのが好きらしい。 うん?いつ、ヒョリンがダソムがきれいだと、お尻を2回軽く叩いたり、所有のお尻も叩いたりしたのに、ダソムが「どうして私は2回だけ叩いたり、ソユのお姉さんだけ5回叩いたりするの」と、自分ももっと3回叩いたりしてほしいと(…)したという。 戸惑ったはずのヒョリンの姿が想像できる。

瞳孔がとても大きくて目がキラキラしているので、人々にコンタクトを取ったようだと誤解されるという。

動物が好きな方なので、幼い頃からペットをたくさん飼っていたが、アレルギーに敏感な身体のため、毛のある動物は避ける」と話した。

30種類のアレルギー検査をしたところ、27種類かかるほどアレルギーに敏感なのだそうだ。アレルギーのため毛のある動物が飼えず、代わりに海水魚種の魚を飼ったという。

ところが、この海水魚を育てるのがとても難しくて、管理が上手にできず、風邪を引いた一匹の魚が漁港の中にいたすべての魚に風邪を移して結局皆死んだという。機会があれば今度また海水魚飼いに挑戦したいそうだ。 現在の基準で、SISTAR出身のメンバーの中で 唯一動物を飼っていないメンバーでもある。

2012年1月31日、芸能活動のために大学進学をあきらめるという意思を明らかにした。 しかし、同年12年に建国(コングク)大学に進学した。

太りやすい体質なので、練習生時代、誕生日だったにもかかわらず胸肉2つだけ食べ、ケーキには手をつけることもできなかったという。

アフタースクールのメンバーナナと親友として知られている。

自分のダイエットメニューを公開したが、野菜と鶏胸肉サラダでメニューが構成されていたが、意外とメニューが豊富だという書き込みが多かったというのが罠だった。 ところが数日後には'シスター爆食'というタイトルでメンバーたちががつがつとハンバーガーなどのファーストフードを食べてしまう(!)写真も公開された。

SISTARがデビューしたばかりの当時、「イルジンアイドル」という噂が最も多かったメンバーだ。しかし、後で分かったことだが、これもカン·ジヨンにパジュクイーンデマを流したコミュニティ発の捏造であることが明らかになった。 甚だしくは流布者らは中学生だった。 多分、小学生の時、友達同士で集まっていたのを仲間のように見せかけて流布させたものと見られる。しかし、12年にティアラ·ファヨンツイッター事件が起きてから、ダソムがリュ·ファヨンと親しいことが浮き彫りになり、ダソムのイメージが良くなった。

14年は、滄川洞(チャンチョンドン)のビルを購入した後、2年後に売却して資金利益を得た。 そして総合運動場駅、蚕室セネ駅間のビルも買ったという。 参考までに、ダソムの母親は公認仲介士だ。

過去4年間片思いをしていた2歳年上の男性がいたが、今考えてみたら「浮気をされたようだ」と話したことがある。 その兄は歌手活動直後にも連絡を取っていたという。