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2026年7月30日 (木) 21:19時点における最新版
| 福田 平八郎 | |
|---|---|
| ファイル:福田平八郎.jpg | |
| 誕生日 | 1892年2月28日 |
| 死亡日 | 1974年3月22日 |
| 死亡年齢 | 82歳 |
| 出身地 | 大分県大分市 |
| 国籍 | 日本 |
| 学歴 | 京都市立絵画専門学校 |
| 職業 | 日本画家 |
| 代表的な実績 | 漣、鯉、竹、雨 |
| 受賞 | 文化勲章(1961年) |
| 関連活動 | 帝展・日展 |
概要[編集]
湖面のさざ波を群青の色面だけで描いた『漣』で知られる、「水の画家」。鋭い観察眼でとらえた自然を、大胆に切り取って装飾的な画面に仕立てる作風で、自らの絵を「写実を基本にした装飾画」と説明したことで有名らしい。竹内栖鳳門下から出て、戦後の日本画に新しいモダンさを持ち込んだ一人。
生い立ちと修業[編集]
1892年(明治25年)、大分県に生まれる。1911年に京都市立美術工芸学校へ入学し、竹内栖鳳らに師事。京都市立絵画専門学校へ進んで写生を徹底的に叩き込まれた。1921年(大正10年)、第3回帝展に出した『鯉』が特選となり一躍注目され、1924年には帝展審査員に就いた。
「漣」と水の探究[編集]
代表作『漣』(1932年)は、白金(プラチナ)箔を地に押した画面へ、不定形の群青の色面を散らして湖面のさざ波を表した一作。具体的な水を描かずに「水のきらめき」そのものを抽出してみせた、福田芸術の到達点である。以後も『竹』『雨』など、自然のディテールをモダンな構成に翻案する仕事を重ね、生涯「水」の動きを追い続けた。
写実を基本にした装飾画[編集]
徹底した写生から出発しながら、最後は対象の本質だけを抜き出してデザインのように再構成する——この独特の手つきが福田の真骨頂。1961年(昭和36年)には文化勲章と文化功労者顕彰を受けた。1974年(昭和49年)に没。
余談[編集]
- 没後50年の回顧展(2024年)では『漣』『竹』『雨』など120件以上が集まり、改めてそのモダンさが再評価された。