| 株式会社MBS MBS Inc. | |
|---|---|
| 略称 | MBS/MBSテレビ |
| 国家 | 日本 |
| 種類 | 株式会社 |
| 市場情報 | 非上場(親会社が上場) |
| 業種 | 情報・通信業(放送) |
| 本社所在地 | 大阪府大阪市北区茶屋町17-1 |
| 設立日 | 2017年4月1日 |
| 年齢 | 9周年 |
| 資本金 | 1億円 |
| 従業員数 | 589名(2026年3月時点) |
| 主要株主 | 株式会社MBSメディアホールディングス(親会社・全額出資) |
| 主要部門 | テレビ放送/ラジオ放送 |
| 別名 | 毎日放送 |
| リンク | https://www.mbs.jp/ |
概要[編集]
毎日放送(まいにちほうそう、MBS)とは、大阪府大阪市北区に本社を置く民間放送局で、TBSテレビをキー局とするJNN/JRN系列の準キー局である。2026年9月1日付で商号を株式会社MBSに変更した。
詳細[編集]
テレビとラジオの双方を手がける在阪の放送事業者で、朝日放送テレビ・関西テレビ放送・読売テレビ放送と並ぶ在阪4局の一角を占める。略称のMBSは開局当初から使われてきた通称で、テレビの画面表示・番組のクレジット・自社イベントのいずれでもこの3文字が使われてきた。
現在の会社の設立は2017年4月1日だが、これは新しく事業が始まったという意味ではない。1950年12月27日に設立された旧・毎日放送が2017年に認定放送持株会社へ移行してMBSメディアホールディングスと商号を変え、放送事業は会社分割で新設された毎日放送(2代目)が引き継いだ。したがって放送局としての歴史は1950年代にさかのぼり、資本金1億円という数字も事業規模ではなく、親会社が全額を出している子会社であることを示しているにすぎない。
社名をMBSに変えた理由[編集]
2026年9月1日、毎日放送は商号を株式会社MBSへ変更した。同時に番組制作子会社のMBS企画がMBS KEYSへ、映像制作の放送映画製作所がMBS TECTASへ社名を変えており、グループの主要各社の名前をMBSでそろえる一括の整理として行われた。グループ創立75周年にあたる年の実施である。
この種の改称は、企業の側の都合というより呼ばれ方の追認であることが多い。視聴者が日常的に口にするのも、画面に出るのも、InstagramやX (SNS)の公式アカウント名も長らくMBSであり、正式社名だけが「毎日放送」で残っていた。対外的な窓口をどちらの名前に合わせるかという判断で、通っている側に寄せたことになる。同じ理由で名称をそろえた例は放送外にもあり、めちゃコミックがサービス名を社名にした判断も構造としては同型である。
1975年のネットチェンジ[編集]
MBSを語るうえで避けられないのが、1975年3月31日に実施されたネットワークの組み替えである。それまで在阪では朝日放送がTBS系、毎日放送がNET系(現在のテレビ朝日系)に属していた。ところが朝日放送の背後には朝日新聞社があり、毎日放送の背後には毎日新聞社があった。一方の東京では、TBSが毎日新聞社、NETが朝日新聞社と資本の系統が結び付いていた。つまり東京と大阪で新聞資本と系列が逆立ちしていたことになる。これを解消し、新聞資本の系統に合わせて系列を交換したのが通称「腸捻転解消」で、MBSはこのときTBS系へ移った。
ここで起きたのは、番組の相性や編成上の判断で系列が決まったのではなく、資本の系統に合わせてネットワークが引き直されたという順序である。全国に同じ番組を流す仕組みは、番組を作る側の理屈だけで組み上がっているわけではない。
在阪局として全国に出す番組[編集]
準キー局は、自社のエリア向けの番組と、系列を通じて全国に流す番組の両方を作る。MBSの場合、日曜夕方のアニメ枠や深夜のバラエティ枠が長く全国ネットの供給源になってきた。キー局が制作費の大半を出す構造のなかで、在阪局が全国枠を持ち続けられるのは、東京とは別の制作体制が大阪に残っているからである。朝日放送テレビのM-1グランプリ、関西テレビ放送のドラマ枠と同様、局ごとに「東京にない何か」を持てているかどうかが、準キー局の立ち位置を決めている。
放送事業そのものは免許を受けた会社にしか行えないため、放送外の事業を伸ばそうとすると資本の動かし方に制約が残る。2017年の持株会社化は、この制約を外側に置くための組織の組み替えでもあった。同じ考え方で先に持株会社へ移ったのが朝日放送テレビの親会社である。
余談[編集]
- 社名変更が創立75周年の年に行われたのは偶然ではなく、区切りの年に合わせてグループ各社の名前を一度に整理する形がとられた。
- 「毎日放送」という社名は毎日新聞社に由来するが、放送局の日常的な呼称としてはほぼ定着せず、最後までMBSが優勢だった。長く使われた正式名称が、通称に置き換えられて消えた珍しい例である。
- 在阪4局のうち、社名に自社の略称を正式採用したのはMBSが先行した形になる。