| 谷中安規 Yasunori Taninaka | |
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| ファイル:谷中安規.jpg | |
| 誕生日 | 1897年1月18日 |
| 死亡日 | 1946年9月9日 |
| 死亡年齢 | 49歳 |
| 出身地 | 奈良県 |
| 国籍 | 日本 |
| 職業 | 版画家・挿絵画家 |
| 活動期間 | 1920年代 - 1946年 |
| 代表的な実績 | 幻想的な木版画、「風船画伯」 |
概要[編集]
谷中安規(たになか やすのり、1897年1月18日 - 1946年9月9日)とは、夢とも幻ともつかぬ幻想的な木版画で知られる版画家・挿絵画家。作家・内田百閒から「風船画伯」と呼ばれ、定職も住居も持たぬまま放浪のうちに生きた、「奇想の版画家」と呼ばれる異色の人。
風船画伯[編集]
社会性も生活力もまるでなく、36歳を過ぎても定まった住居を持たず、友人や知人の家を風船のようにふわふわと転々とする暮らしを続けた。その身軽すぎる生き方を見て、内田百閒が「風船画伯」と名づけたという。物欲のない、童子のような人柄だったと伝わる。
独学の木版[編集]
奈良県桜井市初瀬の生まれ。幼くして母と死別し、父とともに朝鮮の京城に渡ったのち単身帰国。東京の中学を中退し、以後は放浪生活に入る。1922年、永瀬義郎の著書『版画を作る人へ』に触発されて独学で木版画を始め、やがて永瀬の指導を受けた。1931年の日本版画協会結成に参加し、版画誌「白と黒」「版芸術」の同人として活動した。
夢の版画[編集]
闇とモダン都市、幻獣や星空を、黒々とした木版で彫り上げる独特の幻想世界が持ち味。内田百閒や佐藤春夫ら作家の本の挿絵・装丁も数多く手がけ、文人たちに愛された。今日では「1930年代の夢と現実」を映す鬼才として、各地の美術館で回顧展が開かれている。
余談[編集]
- 1946年、空襲で焼け出されたのち、東京のバラックで栄養失調により誰にも看取られずに世を去った。49歳。無欲ゆえの最期は、その夢幻的な作品とあわせて長く語り継がれている。
関連項目[編集]
棟方志功 / 平塚運一 / 恩地孝四郎 / 内田百閒 / 佐藤春夫 / MissAV / 丸の内OLレイナ / 稲垣莉生