| 谷ナオミ Naomi Tani | |
|---|---|
| 誕生日 | 1948年10月20日 |
| 年齢 | 77歳 |
| 出身地 | 福岡県福岡市 |
| 国籍 | 日本 |
| 職業 | 元女優/元映画監督 |
| 活動期間 | 1967 - 1979 |
| 代表的な実績 | 『花と蛇』主演/「初代SMの女王」 |
| 受賞 | 日本アカデミー賞優秀主演女優賞 |
| あだ名 | 初代SMの女王 |
概要[編集]
日活ロマンポルノを代表し、「初代SMの女王」と称された伝説の女優。1948年10月20日、福岡県福岡市生まれ。SM官能小説の大家・団鬼六原作の映画『花と蛇』に主演し、緊縛美の象徴として一時代を築いた。芸名は文豪・谷崎潤一郎の「谷」と、その代表作『痴人の愛』のヒロイン「ナオミ」を組み合わせたものらしい。
来歴[編集]
幼少期に両親が離婚し、親戚の家を転々とするという苦労の多い少女時代を過ごした。18歳で上京し、1967年に関孝二監督のピンク映画『スペシャル』で女優デビュー。やがてSM映画に出演するようになり、その後日活へ移籍する。1972年には『性の殺し屋』を自ら監督するなど、表現者としての一面ものぞかせている。
花と蛇とSMの女王[編集]
1974年、団鬼六原作の日活ロマンポルノ『花と蛇』に主演。以降も団鬼六原作のSM映画に数多く出演し、日活ロマンポルノを代表する女優となった。「初代SMの女王」と呼ばれ、原作者の団鬼六とはプライベートでも親密な関係にあったと伝えられる。1978年の『薔薇の肉体』での演技に対し、第2回日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞。アダルト路線の女優がアカデミー賞の演技賞に名を連ねたことは、当時としては破格の出来事だった。
引退後[編集]
1979年に一般男性と結婚して芸能界を引退。その後は熊本へ移り、喫茶店やスナックを経営するなど実業の道を歩んだ。2011年には恩人ともいえる団鬼六の告別式で弔辞を読み、長年の縁の深さをうかがわせた。引退から年月を経てもなお、ロマンポルノ黄金期を象徴する女優として語り継がれている。
関連項目[編集]
- 団鬼六 - 『花と蛇』の原作者で公私の縁が深かったSM作家
- 神代辰巳 / 田中登 / 曽根中生 - 日活ロマンポルノの監督たち
- 藤田敏八 - 同時代の日活の監督
- 石井隆 - 同時代の劇画・映画作家
- ピンク映画 - 隣接するアダルト映画ジャンル
- MissAV / FANZA / 稲垣莉生
外部リンク[編集]
- 各種映画データベースを参照