概要[編集]
歌ってみたとは、既存の楽曲を自分で歌って録音し、動画共有サイトに投稿する文化、およびその投稿作品を指す語である。ニコニコ動画で定着し、のちにYouTubeへ主戦場を移した。
詳細[編集]
投稿者は「歌い手」と呼ばれる。原曲の伴奏(カラオケ音源やボカロ曲の公式オフボーカル音源)に自分の歌声を重ねる形が基本で、録音・音程調整・音量バランスの調整までを投稿者自身が行うことが多い。
この文化が日本で特異なほど厚くなったのには、技術ではなく制度上の理由がある。JASRACなどの著作権管理団体と動画共有サイト運営者のあいだで包括利用許諾契約が結ばれているため、投稿者が一曲ごとに許諾を取らなくても、管理楽曲であれば自分で歌った音声を投稿できる。使用料はプラットフォーム側がまとめて支払う仕組みになっている。
何がよくて何がだめなのか[編集]
線引きは分かりやすい。自分で歌うのは包括契約の範囲に入るが、市販CDの音源をそのまま使うのは範囲外である。楽曲(メロディと歌詞)の権利と、録音された音源そのものの権利は別人が持っているからで、後者はレコード会社が持つ。カラオケ音源を自作するか、権利者が配布したオフボーカル音源を使う慣習は、この区別から生まれた。
つまり「歌ってみた」が成立している条件は、歌い手の良心でも運営の寛容さでもなく、どの権利がどこでまとめて処理されているかという事務上の区分である。著作権や二次創作の話が感情論になりやすいのに対し、この分野では早い段階から「やっていいこと」の輪郭が制度の形で示されていた。
ボカロ文化との関係[編集]
初音ミクをはじめとするボーカロイド楽曲は、この文化と互いを押し上げる関係にあった。ボカロPが曲を公開し、歌い手がそれを歌い、絵師が動画をつけ、また別の歌い手が歌う。ひとつの曲に複数の解釈が並ぶ状態が常態化した。
ここで重要なのは、ボカロ曲の多くが作者自身の手でオフボーカル音源を公開していたことである。商業曲では入手しづらい素材が、この分野では最初から用意されていた。歌ってみたの供給量がボカロ曲に偏った理由は、曲の性質より素材の手に入りやすさで説明がつく。
歌い手という職業[編集]
2010年代以降、歌ってみた出身の投稿者が商業デビューする例が続いた。顔を出さずに活動する形はVTuberの広まりと相性がよく、両者の境目は次第に曖昧になっている。
この経路が成立するのは、発表の前に反応の大きさが数字で見えるからである。従来の音楽業界では、世に出して初めて売れ行きが分かった。投稿型では公開の時点で再生数と反応が積み上がり、声をかける側は見込みを確認してから動ける。小説家になろう発の作品が書籍化される経路と、構造は同じである。
余談[編集]
「〜してみた」という言い方そのものがニコニコ動画由来で、演奏してみた・踊ってみた・描いてみたと派生していった。うまくできたと主張せず、やってみたと言うだけの控えめな題名の付け方が、投稿の敷居を下げる働きをしたと語られることがある。真偽は検証しようがないが、少なくとも上手さを競う場としてではなく、参加できる場として広がったのは確かである。
歌ってみたが日本で厚くなり、英語圏で同じ規模にならなかった理由として、包括契約の有無を挙げる説明がよく使われる。ただしカラオケという「他人の曲を自分で歌う」行為が娯楽として先に定着していたことを重く見る立場もあり、制度と文化のどちらが先かは決着していない。