| 川崎あや Aya Kawasaki | |
|---|---|
| 誕生日 | 1991年1月3日 |
| 年齢 | 35歳 |
| 出身地 | 神奈川県 |
| 国籍 | 日本 |
| ジャンル | グラビア/レースクイーン/ファッションモデル |
| 活動期間 | 2014年 - 2020年 |
| 身長 / 体重 | 167cm cm / ― kg |
| 血液型 | O型 |
| 事務所 | ゼロイチファミリア(活動当時) |
| 代表作 | 引退写真集『Japanese Gravure』(2020年) |
概要[編集]
川崎あや(かわさき あや、1991年1月3日 - )とは、日本の元グラビアアイドル・元レースクイーンである。『ミスFLASH2016』グランプリ受賞者で、極端に細いウエストを最大の特徴として2010年代後半のグラビア界で存在感を放ち、2020年3月に引退した。
詳細[編集]
レースクイーンからの出発[編集]
神奈川県出身。芸能界に入る入口はグラビアではなくモータースポーツのイベントで、2014年3月にSUPER GTでランボルギーニのレースクイーンに選ばれたところからキャリアが始まっている。同年8月には集英社系のオーディション企画「汐留グラビア甲子園2014」にファイナリストとして残り、この時点で誌面のグラビアにも足を掛けた。2015年にはSUPER GTでアウディのレースクイーンを務めながら、イメージDVD『はにかみ天使』がAmazonの女性アイドルDVD売れ筋ランキングで1位、電子写真集『川崎あや GIRL A』が同じくKindleのタレント写真集で1位を記録している。
レースクイーン出身のグラビアタレントというキャリアは、当時のゼロイチファミリアがレースクイーン中心の事務所からグラビア事務所へ軸足を移していく時期とちょうど重なっていた。川崎はその移行期のど真ん中にいた人物であり、事務所の性格が変わっていく過程を体現した存在でもある。
ミスFLASH2016[編集]
2015年9月に『ミスFLASH2016』へエントリーし、2016年1月11日、光文社のFLASH本誌および公式サイトで第10回グランプリの受賞が発表された。写真週刊誌が主催するグラビアオーディションの中でもミスFLASHは知名度が高く、これが川崎の名前を一般層に広げる決定打となった。
受賞前年の2015年には東京スポーツ「プロが選ぶアイドルDVD賞2015」でウエスト賞を受賞しており、2017年には週刊プレイボーイが組んだ「グラドルくびれ番付」で西横綱に選ばれている。つまり彼女の売り出しは終始「くびれ」という一点に集中していた。多くのグラビアタレントが顔立ちやキャラクター、出身地やギャップで差別化を図るなか、身体の一部分のシルエットだけで指名検索が立つところまで持っていった例は多くない。
引退[編集]
2019年7月25日、自身のSNSで2020年3月に芸能界を引退することを発表した。2020年1月23日には集英社から引退写真集『Japanese Gravure』を刊行し、同年3月14日に引退式を行っている。引退時のコメントで水着について「海にもプールにも行かないので水着は封印です」と語ったことも報じられた。
引退の理由として本人が挙げたのは、グラビアだけをやりたいという希望と、事務所に所属して活動する以上ほかの仕事も引き受けることになる現実との折り合いがつかなかったという点である。所属のまま活動を続ける限り、グラビア以外の領域へ広げていくことが前提になる。それを望まないなら、続ける形が残らない。
「踏み台ではなく到達点」という選択[編集]
グラビアという仕事は、業界の設計上ほぼ一貫して「次の何かへの入口」として扱われてきた。水着の仕事は年齢とともに本数が減る前提で組まれ、その間に女優・タレント・バラエティ・司会といった別の柱を立てておくのが標準的なキャリアプランになる。篠崎愛が歌手と海外市場へ、桃月なしこが女優と特撮へ、黒木ひかりが音楽と連続ドラマへ広がっていったのは、いずれもこの設計に沿った動き方である。
川崎はその設計そのものを引き受けなかった。グラビアを到達点として選んだ場合、その上に積む段が存在しないため、続けられなくなった時点で引退以外の出口がなくなる。29歳での引退は唐突な決断のように見えて、最初の前提から導かれる帰結だった、という読み方ができる。この筋の通し方は、引退から数年経ってもグラビア好きの間で語られ続けている。
ゼロイチファミリアの中での位置[編集]
ゼロイチファミリアは2015年設立のレースクイーン中心の事務所として出発し、2016年の川崎のミスFLASHグランプリを最初の大きな実績として、グラビア事務所としての知名度を獲得していった。2018年11月発売のヤングジャンプ増刊「ヤングジャンプGOLD」では、川崎・アンジェラ芽衣・十味・青山ひかる・黒木ひかり・月野ももの6名で「YJ DREAM GiRLS」が組まれ、事務所単位で誌面を占めるという当時としては珍しい売り出し方が行われた。
アンジェラ芽衣が同事務所に所属することになった経緯にも川崎が関わっている。Twitterでアンジェラを見つけた川崎が自身のマネージャーに存在を伝えたことがきっかけで、知人のカメラマンを介して所属に至ったと本人たちが語っている。事務所の看板であると同時に、次の看板を連れてきた人物でもあった。
よくある質問[編集]
- 川崎あやは引退した?
- 2019年7月に引退を発表し、2020年3月14日に引退式を行って芸能活動を終えている。本項では引退後の私生活については扱わない。
- なぜ引退したのか
- グラビアの仕事だけを続けたいという本人の希望と、事務所所属タレントとして幅広く仕事を受ける前提とが折り合わなかったことを、本人が理由として挙げている。年齢や結婚を理由とする説明はしていない。
- 事務所はどこだった?
- 活動当時はゼロイチファミリアに所属していた。引退後も肖像権の管理などの事情で事務所に籍を置いていたとされるが、2026年時点の公式サイトの所属タレント一覧には掲載されていない。
- 写真集は何が出ている?
- 引退にあわせて2020年1月に集英社から刊行された『Japanese Gravure』が引退写真集にあたる。
余談[編集]
- 芸能活動の出発点となった「汐留グラビア甲子園2014」では、同じ大会で橋本梨菜が準グランプリを獲得している。ふたりはまったく別の事務所・別の路線で伸びていったが、入口は同じ大会だった。
- レースクイーンとしては2017年にユニット「Pacific Fairies」のメンバーを務めている。この年のPacific Fairiesは日本レースクイーン大賞でグランプリ・新人グランプリ・コスチュームグランプリの3冠を達成しており、同賞では初の記録とされる。
- 引退発表から実際の引退までおよそ8か月の猶予が置かれた。グラビアの撮影・写真集の制作・イベントは数か月単位で動くため、区切りをきれいに付けようとすると、この程度の助走期間が必要になる。突然の引退宣言が少ない業界であることの理由でもある。
- 引退後もInstagramのアカウントは残されており、フォロワー数は50万人規模で推移している。芸名でのアカウントが残ること自体は珍しくないが、引退から数年が経っても数字が大きく減っていないのは、活動期間の短さに対して認知の密度が高かったことの表れといえる。