| 坂本繁二郎 Sakamoto Hanjirō | |
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| ファイル:坂本繁二郎.jpg | |
| 誕生日 | 1882年3月2日 |
| 死亡日 | 1969年7月14日 |
| 死亡年齢 | 87歳 |
| 出身地 | 福岡県久留米市 |
| 国籍 | 日本 |
| 職業 | 洋画家 |
| 代表的な実績 | 《水より上る馬》《幽光》 |
| 受賞 | 文化勲章(1956) |
概要[編集]
坂本繁二郎(さかもと はんじろう、1882年3月2日 - 1969年7月14日)は、明治後期から昭和にかけての洋画家。馬や静物、能面、そして晩年の「月」を、静謐な詩情をたたえた独自の境地で描き続けた。戦後は梅原龍三郎・安井曾太郎と並ぶ洋画界の巨匠とみなされるようになった、いぶし銀のような画家である。
青木繁との縁[編集]
福岡県久留米の生まれで、同郷・同い年の夭折の天才青木繁とは幼なじみ。二人は子どものころから一緒に絵を学び、しばしば並べて論じられる。文学的で浪漫派肌の青木繁に対し、坂本は学者肌で、優れた絵画論をいくつも著した。同じ才能の芽を分け合った二人の「ふたつの旅」は、後年たびたび展覧会で対比されている。
画業[編集]
上京して小山正太郎の不同舎や太平洋画会で学び、写実を基礎に据えた。やがて馬を好んで描くようになり、《水より上る馬》などの代表作を生む。戦後は柿や栗の静物、能面を主題にした作品で独自の静けさを深めていった。
月の画家[編集]
80歳を超えてからは「月」という主題に取り組み、雲や山並み、時に馬とともに、さまざまな表情の月を描き出した。《幽光》に代表される晩年の月の連作は、東洋的な静寂と神秘をたたえ、坂本芸術の到達点とされる。
評価[編集]
1954年に毎日美術賞、1956年に文化勲章を受章。八女に隠棲し、87歳まで描き続けた。「私は、まるで牛のように、牛を描き続けたものです」という言葉のとおり、生涯一つの道を歩んだ。