三輪休和

三輪 休和
Miwa Kyūwa
ファイル:三輪休和.jpg
本名 三輪邦広
誕生日 1895年4月20日
死亡日 1981年10月24日
死亡年齢 86歳
出身地 山口県萩市
国籍 日本
居住地 山口県萩市
職業 陶芸家
肩書 重要無形文化財「萩焼」保持者(人間国宝)
活動期間 1910年代 - 1981年
代表的な実績 萩焼・白萩釉、第十代三輪休雪
別名 第十代 三輪休雪


概要[編集]

三輪休和(みわ きゅうわ、1895年4月20日 - 1981年10月24日)は、山口県萩市の陶芸家。萩藩の御用窯にルーツを持つ名門・三輪家の第十代三輪休雪を襲名し、1970年に重要無形文化財「萩焼」保持者(人間国宝)に認定された、萩焼を代表する巨匠。本名は邦広。隠居後に号した「休和」の名で広く知られる。

やわらかな白い釉(白萩釉)をたっぷりかけた、温かみのある「三輪休雪の萩」は、茶人にこよなく愛された。萩焼を全国区の名声へ押し上げた立役者の一人らしい。

生い立ち[編集]

1895年、旧萩藩御用窯・三輪家の九代雪堂の次男として萩に生まれる。萩中学校に進むも、祖父・雪山の「職人に学問は要らぬ」という説得で2年で退学し、家業の作陶へ。父・九代雪堂に師事するかたわら、茶道(江戸千家)や謡曲(宝生流)など諸芸の修業も積み、茶陶づくりに必要な教養を身につけた。

十代休雪の襲名[編集]

1937年、三輪窯を継いで十代三輪休雪を襲名。1942年には荒川豊蔵・金重陶陽・川喜田半泥子ら、桃山陶や茶陶を志す名工たちと「からひね会」を結成し、伝統的な茶のやきものの研究と復興に取り組んだ。萩焼の格を芸術の域へ引き上げる活動に力を注いだ。

白萩釉と作風[編集]

休和の真骨頂は、藁灰を使った乳白色の「白萩釉」。厚くかかった釉が貫入(細かなひび)を見せ、使い込むほどに茶や酒が染みて「萩の七化け」と呼ばれる景色の変化を生む。素朴ながら品格のある茶碗は、まさに「一楽二萩三唐津」と称される茶陶の名門にふさわしい風格をたたえている。

人間国宝と晩年[編集]

1967年、休雪の名を実弟の節夫(のちの十一代休雪=三輪壽雪)に譲って隠居し、自らは「休和」と号した。1970年、重要無形文化財「萩焼」保持者(人間国宝)に認定。1972年には萩市名誉市民となり、翌年勲四等旭日小綬章を受章した。1981年、萩市で没。享年86。実弟の壽雪ものちに人間国宝となり、三輪家から二人の人間国宝が出る名門ぶりを示した。

余談[編集]

  • 「一楽二萩三唐津」――茶人が好む茶碗の格付けで、萩焼は二番手に挙げられる定番。休和はその萩の代表格だった。
  • 弟・三輪壽雪(十一代休雪)も人間国宝。兄弟そろっての快挙である。

関連項目[編集]

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