マヴォ

概要[編集]

マヴォ(MAVO)は、1923年(大正12年)に結成された日本の前衛美術集団。ドイツ仕込みのダダイズムと構成主義を武器に、絵画・彫刻・建築・演劇・出版を横断して暴れ回った、大正アヴァンギャルドの台風の目みたいな存在である。

結成[編集]

ベルリン帰りの村山知義を中心に、柳瀬正夢尾形亀之助・大浦周蔵・門脇晋郎の5人で結成された。既成の美術や権威をぶち壊す過激な姿勢を掲げ、ペンキやガラクタ、廃物を貼りつけた立体作品など、それまでの「絵画」の枠を平気で踏み越える作品を発表した。

活動[編集]

1923年7月の第1回展は浅草・伝法院で開催。1924年には機関誌『マヴォ』を創刊し、版画やビラ、舞台美術、建築装飾まで活動領域をぐんぐん広げていった。やがてメンバーは「三科」など他の尖鋭的な団体とも合流し、大正末の新興美術運動のうねりをつくり出す。

その後[編集]

メンバーはやがてそれぞれの道へ。村山知義築地小劇場の舞台美術や新劇・プロレタリア演劇へ、柳瀬正夢は『無産者新聞』の政治漫画へ、尾形亀之助はふっつり絵をやめて詩人へと転じた。短命な運動だったが、美術とジャンルの境界を溶かそうとしたその姿勢は、日本のモダニズム史に強烈な刻印を残している。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]