鳥山明

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鳥山 明
Akira Toriyama
本名 鳥山 明
誕生日 1955年4月5日
死亡日 2024年3月1日
死亡年齢 68歳
出身地 愛知県
国籍 日本
学歴 愛知県立起工業高等学校デザイン科
職業 漫画家、キャラクターデザイナー
活動期間 1978年 - 2024年
代表的な実績 Dr.スランプ、ドラゴンボール、ドラゴンクエストのキャラクターデザイン
事務所 バードスタジオ
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概要[編集]

鳥山明(とりやま あきら、1955年4月5日 - 2024年3月1日)とは、日本の漫画家・キャラクターデザイナーである。週刊少年ジャンプで『Dr.スランプ』『ドラゴンボール』を連載し、また『ドラゴンクエスト』シリーズのキャラクターデザインを長年担当した。

詳細[編集]

愛知県出身。高校のデザイン科を出て広告デザインの仕事に就いたのち、集英社の新人賞への投稿を経て、1978年に漫画家としてデビューした。1980年から週刊少年ジャンプで連載した『Dr.スランプ』がアニメ化を含めて大きな人気を得て、続く1984年からの『ドラゴンボール』が同誌の看板作品となる。

『ドラゴンボール』の連載終了後も、短編や読み切り、他作品のキャラクターデザイン、ゲームへの関与を続けた。2024年3月1日、急性硬膜下血腫のため68歳で死去。訃報は同月8日に集英社と関係各社から公表され、国内外の政府関係者や作家からも追悼の言葉が相次いだ。

絵の特徴と、その理由[編集]

鳥山の絵は「見た瞬間に誰の絵か分かる」と評されるが、その内訳は技巧の派手さではなく、線の少なさと形の単純さにある。

人物は丸と円柱の組み合わせで把握でき、影の塗りも最小限で済む。メカや乗り物は、実在の機械の部品を減らしてブロックのように再構成した形をしている。この描き方は、広告デザインの現場で身につけた「小さく印刷しても潰れない絵」の発想に近い。

この単純さが効いたのは、アニメとゲームという別の媒体に移したときである。線が少ない絵は、動かすための作画枚数が増えても破綻しにくい。ドット絵の解像度が低い時代のゲームでも、形の特徴が残る。鳥山のキャラクターが1980年代から現在まで媒体をまたいで生き残っているのは、この設計と無関係ではない。

ドラゴンボールが少年漫画に残したもの[編集]

『ドラゴンボール』は、当初は冒険ものとして始まり、途中から格闘、さらに戦闘力のインフレを伴う長期のバトル漫画へ移行した。この移行そのものが後続に与えた影響は大きい。

強敵が現れ、修行して勝ち、さらに強い敵が現れる——という繰り返しの構造は、以後の少年漫画のバトル作品の標準形になった。同時に「敵の強さをどう更新し続けるか」という問題も後続に引き継がれ、数値化された強さの指標が話の途中で機能しなくなるという現象も、この作品が先例として参照されることが多い。

海外での受容という点でも例外的で、フランス、スペイン、中南米、東南アジアなどで日本のアニメが定着する入口になった作品として挙げられることが多い。

ゲームとの関わり[編集]

鳥山はゲームのキャラクターデザイナーとしても長く仕事をした。1986年の『ドラゴンクエスト』以降、シリーズのモンスターと人物のデザインを担当し、その絵柄がゲームの側の顔になった。

これは日本のゲーム史において重要な事例である。当時のゲームは画面上の表現が粗く、パッケージや説明書の絵が世界観の大部分を担っていた。画面の中では表現しきれないものを、外側の絵が補うという関係があり、鳥山のような漫画家が起用された背景にはこの事情がある。ほかに『クロノ・トリガー』『ブルードラゴン』などのデザインも手がけている。

よくある質問[編集]

Q. 『ドラゴンボール』はいま完結しているのか?
原作漫画の本編は1995年に完結している。以後の展開(『ドラゴンボール超』など)は別の作画者による連載やアニメとして続いており、鳥山は原案・監修という形で関与していた。

Q. 『Dr.スランプ』と『ドラゴンボール』は同じ世界なのか?
両作品にはキャラクターが相互に登場する回がある。ただし設定として厳密に統合されているわけではなく、遊びとして往来していると理解されている。

Q. どこで作品を読めるのか?
集英社電子書籍配信と単行本で読める。アニメは複数の配信サービスで視聴できる。

Q. 表舞台にほとんど出なかったのはなぜか?
本人が人前に出ることを好まなかったとされ、インタビューでも自身を「面倒くさがり」と表現していた。公の場での写真もごく少ない。

余談[編集]

  • 締切に追われる状況を自作の中でネタにすることがあり、作者本人を模した鳥のキャラクター(通称トリさん)が作中に顔を出す。こうした自己言及は『Dr.スランプ』期の誌面の空気をよく表している。
  • 『ドラゴンボール』の舞台になった世界は、球体の惑星に都市と荒野が同居し、恐竜と自動車が並んでいる。時代考証を放棄した配置に見えるが、必要なものだけを置くという鳥山のデザインの発想がそのまま世界設定になった例と言える。
  • 訃報の際、フランス・ラテンアメリカ・東南アジアなど海外での反応が日本国内の報道より大きく扱われる場面があった。1990年代にこれらの地域で放送されたアニメが、その国の世代共通の記憶になっていたためである。
  • 自宅の仕事場は名古屋近郊にあり、東京へ出ずに仕事を続けた漫画家としても知られる。

外部リンク[編集]

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