新潮社

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株式会社新潮社
Shinchosha Publishing Co., Ltd.
国家 日本
種類 株式会社
市場情報 非上場
業種 出版
本社所在地 東京都新宿区矢来町71
設立日 1896年
設立者 佐藤義亮
代表者 佐藤隆信
資本金 8000万円
上場 なし
従業員数 468人(2024年10月1日現在)
主要部門 出版事業、雑誌事業、電子書籍事業
関係する人物 佐藤義亮
代表作品 新潮、新潮文庫、週刊新潮、FOCUS
リンク https://www.shinchosha.co.jp/


概要

新潮社(しんちょうしゃ)とは、東京都新宿区矢来町に本社を置く日本の出版社である。1896年に佐藤義亮が創業し、文芸誌『新潮』・新潮文庫・『週刊新潮』・写真週刊誌『FOCUS』を送り出してきた、文芸出版の名門として知られる。

詳細

出版社としての新潮社は、集英社講談社小学館のような「漫画とキャラクタービジネスで規模を稼ぐ総合出版社」とは事業の形がはっきり違う。売上の柱は小説・ノンフィクション・文庫・新書といった活字の書籍であり、漫画は事業の中心ではない。同じく漫画誌を持たないマガジンハウスが雑誌のライフスタイル路線で立っているのに対し、新潮社は「文芸」という一点で百年以上立ち続けている出版社である。

創業者の佐藤義亮は秋田県の生まれで、1896年に新声社を起こして投書雑誌『新聲』を創刊した。事業に失敗して一度は再出発を強いられ、1904年にあらためて新潮社を興し、文芸雑誌『新潮』を創刊している。『新潮』はこのとき以来、途中の中断を挟みながらも刊行が続く日本最古級の文芸誌となった。

1914年には新潮文庫が創刊された。海外文学の翻訳を安価な小型本で並べるという発想は、当時の日本ではまだ新しい試みで、のちに岩波文庫などが続く「文庫」という棚そのものの原型のひとつになっている。

戦後の新潮社を語るうえで外せないのが、1956年創刊の『週刊新潮』である。それまで週刊誌は新聞社が出すものだったが、出版社が独自に週刊誌を出すという形をここで作った。以後、出版社系週刊誌は日本の雑誌ジャーナリズムの主力になっていく。

沿革の要点

  • 1896年 - 佐藤義亮が新声社を創業し、投書雑誌『新聲』を創刊。
  • 1904年 - 新潮社を創立し、文芸雑誌『新潮』を創刊。
  • 1914年 - 新潮文庫を創刊。
  • 1956年 - 『週刊新潮』創刊。出版社が発行する週刊誌の先駆けとなる。
  • 1981年 - 写真週刊誌『FOCUS』創刊。

FOCUSと写真週刊誌の時代

1981年10月に創刊された『FOCUS』は、記事の文章量を極端に削り、写真とごく短いキャプションだけで一週間を見せるという構成をとった。この形式が当たり、1983年末には200万部規模に達したとされる。以後、講談社の『FRIDAY』、文藝春秋の『Emma』、小学館の『TOUCH』、光文社の『FLASH』が続き、写真週刊誌という棚そのものが数年で成立した。

もっとも先行者の優位は続かなかった。『FOCUS』は部数の低下を受けて2001年に休刊し、この5誌のうち現在まで残っているのは『FRIDAY』と『FLASH』の2誌である。棚を作った側が先に退場したという結果は、雑誌の勝敗が発想の新しさだけでは決まらないことを示している。

よくある質問

新潮社は漫画を出していないの?
漫画をまったく出していないわけではなく、コミック作品も刊行している。ただし週刊少年ジャンプのような大型の漫画週刊誌は持っておらず、事業の中心は小説・ノンフィクション・文庫・新書である。
『新潮』と『週刊新潮』は同じ雑誌?
別の雑誌である。『新潮』は1904年創刊の月刊文芸誌、『週刊新潮』は1956年創刊の週刊誌で、性格も読者層も異なる。
『FOCUS』はまだ売っている?
2001年に休刊している。現在も刊行が続いている写真週刊誌は『FRIDAY』と『FLASH』の2誌である。
新潮文庫は日本で最初の文庫?
最初とは言い切れない。1914年創刊で早い部類ではあるが、「文庫」という言葉と판型の定着には岩波文庫(1927年)の影響も大きく、どれを起点とするかは数え方によって変わる。

余談

  • 新宿区矢来町の本社本館と倉庫は、近代の出版社建築として国の登録有形文化財に登録されている。出版社の社屋そのものが文化財になっている例は多くない。
  • 佐藤義亮は一度事業に失敗しており、新潮社は実質的に再起後の会社である。創業者の「青雲の志」という言葉は、いまも社史のなかで繰り返し引かれている。
  • 『週刊新潮』の表紙は長く谷内六郎による一枚絵が使われ、週刊誌の表紙に人物写真を使わないという珍しい形が続いた。雑誌の顔を有名人の写真で作るのが当たり前になった現在から見ると、かなり異質な選択である。

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