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徳島県生まれ。徳島大学在学中の1968年、[[集英社]]『週刊マーガレット』の新人賞に入選した「リンゴの罪」でデビューした。上京後の1970年前後、東京・練馬区南大泉のアパートで[[萩尾望都]] | 徳島県生まれ。徳島大学在学中の1968年、[[集英社]]『週刊マーガレット』の新人賞に入選した「リンゴの罪」でデビューした。上京後の1970年前後、東京・練馬区南大泉のアパートで[[萩尾望都]]と共同生活を送る。ここに同世代の[[漫画家]]志望者が集まり、後に「大泉サロン」と呼ばれた。※この時期の経緯については本人たちの回想が公刊されているが、記述が一致しない部分があり、片方の説明だけで断定できる話ではない。 | ||
=== 企画が通るまでの時間 === | === 企画が通るまでの時間 === | ||
代表作『風と木の詩』は、構想から連載開始まで長い準備期間を要した作品として知られる。少年同士の関係を正面から扱う内容が当時の[[少女漫画]]誌の枠に収まらず、編集部の合意を得るまでに時間がかかったためである。 | 代表作『風と木の詩』は、構想から連載開始まで長い準備期間を要した作品として知られる。少年同士の関係を正面から扱う内容が当時の[[少女漫画]]誌の枠に収まらず、編集部の合意を得るまでに時間がかかったためである。 | ||
竹宮が採った方法は主張を通すことではなく、 | 竹宮が採った方法は主張を通すことではなく、'''先に別作品で実績を作り「この作家なら任せられる」という判断材料を積む'''というものだった。ここには当時の商業誌の構造がそのまま出ている=[[雑誌]]は毎号出続ける商品であり、編集部は読者アンケートと部数に責任を負う。前例のない題材は、作家の説得力ではなく実績でしか通らない。'''「作家の表現の自由」と「雑誌という商品の設計」がぶつかる場面で何が起きるかの記録'''として、この経緯は繰り返し参照される。 | ||
=== SFという別の柱 === | === SFという別の柱 === | ||
『地球へ…』は、管理社会と超能力者を扱ったSF長編で、[[少女漫画]] | 『地球へ…』は、管理社会と超能力者を扱ったSF長編で、[[少女漫画]]誌ではなく朝日ソノラマ『マンガ少年』に連載された。1980年に劇場[[アニメ]]化され、2007年にはテレビアニメ化されている。'''同じ作家が、少女誌・少年誌・SF誌をまたいで書き分けた'''こと自体が、当時の[[雑誌]]区分の枠が実態に合わなくなっていたことを示している。 | ||
=== 漫画を教える側へ === | === 漫画を教える側へ === | ||
2000年に京都精華大学マンガ学科の教員となり、2008年にマンガ学部長、2014年から2018年まで学長を務めた。 | 2000年に京都精華大学マンガ学科の教員となり、2008年にマンガ学部長、2014年から2018年まで学長を務めた。'''[[漫画家]]が大学の学長になったという事実は、漫画が大学教育と研究の対象になった過程そのもの'''を表している。原画の保存・アーカイブにも早くから関わっており、紙の原稿が失われやすいという問題を業界の外側から提起した側でもある。 | ||
== 余談 == | == 余談 == | ||
* 自伝『少年の名はジルベール』(2016年)は、作品そのものより | * 自伝『少年の名はジルベール』(2016年)は、作品そのものより'''「作品が生まれるまでに何と交渉したか」'''を書いた本として読まれた。 | ||
* [[手塚治虫]]の紹介で[[小学館]]の編集者と出会ったという経緯があり、 | * [[手塚治虫]]の紹介で[[小学館]]の編集者と出会ったという経緯があり、'''トキワ荘の系譜と[[24年組]]が人づてに一本につながっている'''。 | ||
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2026年9月17日 (木) 17:40時点における最新版
| 竹宮惠子 Keiko Takemiya | |
|---|---|
| 誕生日 | 1950年2月13日 |
| 年齢 | 76歳 |
| 出身地 | 徳島県 |
| 国籍 | 日本 |
| 学歴 | 徳島大学 |
| 職業 | 漫画家、大学教員 |
| 肩書 | 京都精華大学 名誉教授(元学長) |
| 活動期間 | 1968年 - |
| 代表的な実績 | 『風と木の詩』『地球へ…』 |
| 受賞 | 小学館漫画賞 |
| 関連活動 | マンガ教育・アーカイブ |
| 別名 | 竹宮恵子 |
| 話す | スレッドを立てる › |
概要[編集]
竹宮惠子(たけみや けいこ、1950年2月13日 - )とは、日本の漫画家・大学教員である。『風と木の詩』『地球へ…』で知られ、24年組の一人として1970年代の少女漫画を刷新し、後に京都精華大学の学長を務めた。
詳細[編集]
徳島県生まれ。徳島大学在学中の1968年、集英社『週刊マーガレット』の新人賞に入選した「リンゴの罪」でデビューした。上京後の1970年前後、東京・練馬区南大泉のアパートで萩尾望都と共同生活を送る。ここに同世代の漫画家志望者が集まり、後に「大泉サロン」と呼ばれた。※この時期の経緯については本人たちの回想が公刊されているが、記述が一致しない部分があり、片方の説明だけで断定できる話ではない。
企画が通るまでの時間[編集]
代表作『風と木の詩』は、構想から連載開始まで長い準備期間を要した作品として知られる。少年同士の関係を正面から扱う内容が当時の少女漫画誌の枠に収まらず、編集部の合意を得るまでに時間がかかったためである。
竹宮が採った方法は主張を通すことではなく、先に別作品で実績を作り「この作家なら任せられる」という判断材料を積むというものだった。ここには当時の商業誌の構造がそのまま出ている=雑誌は毎号出続ける商品であり、編集部は読者アンケートと部数に責任を負う。前例のない題材は、作家の説得力ではなく実績でしか通らない。「作家の表現の自由」と「雑誌という商品の設計」がぶつかる場面で何が起きるかの記録として、この経緯は繰り返し参照される。
SFという別の柱[編集]
『地球へ…』は、管理社会と超能力者を扱ったSF長編で、少女漫画誌ではなく朝日ソノラマ『マンガ少年』に連載された。1980年に劇場アニメ化され、2007年にはテレビアニメ化されている。同じ作家が、少女誌・少年誌・SF誌をまたいで書き分けたこと自体が、当時の雑誌区分の枠が実態に合わなくなっていたことを示している。
漫画を教える側へ[編集]
2000年に京都精華大学マンガ学科の教員となり、2008年にマンガ学部長、2014年から2018年まで学長を務めた。漫画家が大学の学長になったという事実は、漫画が大学教育と研究の対象になった過程そのものを表している。原画の保存・アーカイブにも早くから関わっており、紙の原稿が失われやすいという問題を業界の外側から提起した側でもある。
余談[編集]
- 自伝『少年の名はジルベール』(2016年)は、作品そのものより「作品が生まれるまでに何と交渉したか」を書いた本として読まれた。
- 手塚治虫の紹介で小学館の編集者と出会ったという経緯があり、トキワ荘の系譜と24年組が人づてに一本につながっている。