貴闘力部屋


貴闘力 忠茂

(Source:google)
ID YouTube:@takatorikibeya
本名 鎌苅 忠茂(かまかり ただしげ)
誕生日 1967年9月28日
年齢 58歳
出身地 福岡県福岡市博多区
身長 180cm
血液型 -型
学歴 -
プラットフォーム YouTube
登録者数 YouTube:36万人[1]
事務所 -
別名 鎌苅、貴闘力
リンク YouTube貴闘力部屋〜別の部屋〜貴闘力部屋公式Twitter貴闘力部屋公式Instagram
掲示板
n/インフルエンサー


概要[編集]

日本のYouTuber(ユーチューバー)、YouTubeチャンネル。 元大相撲力士、プロレスラー

歴史[編集]

  • 1983年(昭和58年)3月場所で本名の「鎌苅」を四股名として初土俵を踏み、1989年(平成元年)3月場所後に新十両昇進を決めた。この際に四股名を「貴闘力」と改名した。なお、当初は藤島から「貴闘心(たかとうしん)」と聞かされており、色紙にもそのようにサインしており、新十両力士の発表の際に「貴闘力」と改名することを知ったという。

この頃から嫌いだった賭博に対して、貴闘力は「少しくらいなら良いか」という安易な気持ちで手を染め、次第に午前中の稽古が終わると午後は競馬や競艇、夜は部屋で麻雀をする生活を続け、「当たる」ことしか想像が出来なくなって年収の9割を賭博に費やした。1989年(平成元年)の十両昇進のときは、化粧まわしや着物などをつくるために地元から集めた400万円を預けていた人に持ち逃げされ、ギャンブルに使われてしまった。師匠に借金を申し込んだが貸してもらえず、手元に残ったお金で馬券を買い、当たりを出して再び工面をしたという。

  • 1990年(平成2年)9月場所で新入幕を果たし、11勝4敗の好成績で敢闘賞を受賞する活躍を見せた。1991年(平成3年)5月場所では小結に昇進すると、それ以降は三役から幕内上位に定着、この場所では3日目に前々場所で敗れた横綱の千代の富士と再度対戦すると、貴闘力も千代の富士の腕を掴んで土俵外へ放り投げる「とったり」で快勝した。勝利直後のインタビューで貴闘力は、「憧れの大横綱に勝てて嬉しいです。」と語った。なお、同日夜に千代の富士が現役引退を表明した。千代の富士はこの場所初日、貴闘力の藤島部屋の後輩でもある新鋭・貴花田と対戦して敗れており、貴花田と共に引導を渡す格好となった。千代の富士の引退報道を知った貴闘力は、「本当ですか!信じられません。」と驚き、「まだ、自分は大先輩に対して偉そうなことを言える立場では無いので……。」と語り、その表情は寂しげだったという。それでも千代の富士からは「オレのことは気にせず頑張れ!」と直接励まされたことで調子を上げ、9勝6敗で二度目の敢闘賞を受賞した。この年は7月場所から11月場所まで関脇を維持し、大勝ちこそは無いものの8勝7敗と勝ち越しを続けた。
  • 1993年(平成5年)2月、停年を迎える10代二子山と師匠12代藤島の間で名跡交換が行われ、両部屋は合併した。12代藤島が11代二子山となったため、二子山部屋所属となる。同年5月場所、初日から8連勝し11勝して唯一の技能賞獲得。同年9月場所後に大鵬部屋師匠(第48代横綱・大鵬、引退後は一代年寄)の三女と結婚、娘婿となった。
  • 1994年(平成6年)3月場所は前場所まで3場所連続で負け越し、前頭12枚目まで番付を落としたものの、12勝3敗と好成績を挙げ、横綱・曙と同部屋で新大関・貴ノ浪との優勝決定戦に出場した。貴闘力は初戦でいきなり貴ノ浪との同部屋対決となるが敗れ、2戦目は貴ノ浪が曙に敗れた。貴闘力も3戦目で曙と対決し、土俵際を回り込むなど必死に善戦したが敗れ、幕内最高優勝は曙にさらわれた。

以後も、5月場所は曙に勝ち5回目の敢闘賞。7月場所は4日目から8連勝し3場所連続6回目の敢闘賞8回目の三賞。1996年1月場所は曙に勝ち12勝し7回目の敢闘賞。7月場所は1勝5敗から9連勝し8回目の敢闘賞。9月場所は4勝4敗から7連勝し、11勝で9回目の敢闘賞。1997年7月場所は曙に勝ち11勝し殊勲賞12回目の三賞。1998年5月場所は2度目の初日から8連勝したが、それ以降は1勝6敗と失速し9勝にとどまる。7月場所は曙に勝ち9個目の金星を獲得するなど活躍した。 しかし1994年3月場所以降、貴闘力は勝ち越しても優勝争いには加われず、前頭2枚目として臨んだ1999年(平成11年)11月場所で2勝13敗と大敗、2000年(平成12年)1月場所でも前頭10枚目で6勝9敗と負け越し、同年3月場所にはついに幕尻となる前頭14枚目まで陥落。既に32歳となり、衰えの見えてきた貴闘力に対して周囲は十両陥落も十分有り得ると予想していた。

  • 2000年(平成12年)3月場所で貴闘力は周囲の予想を大きく裏切り、初日からただ一人12連勝を記録し優勝争いで首位を独走した。この結果を踏まえ、貴闘力には13日目に横綱・武蔵丸戦、14日目に横綱・曙戦が急遽組まれた。通常、前頭下位の力士は小結以上の三役力士および横綱とは対戦することがなく、同場所予定されていた曙 - 武蔵丸の両横綱同士の割を崩す異例の事態となった。貴闘力は両横綱に敗れて2敗を喫するが、千秋楽の時点でも優勝争いの単独トップを維持していた。千秋楽で関脇・雅山と対戦し、立ち合いの突きで一気に土俵際に追いつめられたものの、そこから逆転の送り倒しで下して13勝2敗となり、史上初の幕尻による幕内最高優勝を達成した。貴闘力は32歳5ヶ月での幕内最高優勝で、初土俵から所要102場所での幕内最高優勝は当時、史上1位のスロー記録であり、旭天鵬が2012年5月場所に所要121場所で幕内最高優勝を果たすまで最長だった。なお、この場所では3日目に十両・水戸泉と対戦しており、十両力士と対戦した力士による幕内最高優勝は1961年(昭和36年)5月場所の佐田の山以来39年ぶりである。

初優勝が決まった瞬間、貴闘力は土俵下で人目を憚らず号泣した。義父の一代年寄・大鵬が残した偉大な功績と自身の功績を息子から比較されて困惑したが、インタビューにおいて「ようやく子供に、『どうだ!父ちゃんだって強いんだぞ』と言える記録が作れました。」と喜び、大鵬も「私の32回の優勝より、今場所の貴闘力の優勝が一番嬉しい」と嬉し涙で語った。

  • 幕尻での幕内最高優勝を果たした貴闘力はこの活躍によって、2000年(平成12年)5月場所で幕尻から一気に小結復帰を果たした。しかし、2勝13敗と前場所とは全く逆の結果となり、初優勝からちょうど一年後、再び前頭14枚目に陥落して迎えた2001年(平成13年)5月場所で5勝10敗と大敗、十両へ陥落する。
  • 2001年(平成13年)7月場所は十両2枚目で迎え、1場所での幕内返り咲きを期待された。その期待に応えるように9勝6敗の成績を挙げた。この場所の十両力士には二桁勝利を挙げた力士がおらず、9勝6敗で8人が争う優勝決定戦が行われた。貴闘力は決定戦で敗れたものの、幕内最高優勝を果たした力士が十両優勝決定戦に参加する珍しい記録を作った。その後も幕内下位と十両を往復する日々が続いた。
  • 十両11枚目で迎えた2002年(平成14年)9月場所12日目の対寺尾戦で敗れて3勝9敗となり、幕下陥落が確定的になったのを機に現役引退を表明、年寄・16代大嶽を襲名した。2003年(平成15年)2月2日の引退相撲までは二子山部屋に所属していたが、断髪翌日の2月3日付で大鵬部屋に移籍した。
  • 2004年(平成16年)1月に大鵬部屋を継承して部屋師匠となり、部屋の名称は大嶽部屋に変更となった。しかし現役時代に手を染めた賭博をやめられず、賭博の借金を大鵬に何度も肩代わりしてもらっていたと本人は述懐している。
  • 2006年(平成18年)7月場所7日目(15日)、露鵬が名古屋場所取材中の毎日新聞社・中日新聞社のカメラマンに対して暴行し、毎日新聞のカメラマンにけがを負わせた件で、16代大嶽は監督責任を問われ減俸3か月(10分の1)の処分を受けた。2008年(平成20年)9月2日、露鵬は弟の白露山とともに抜き打ちの尿検査で大麻の陽性反応が確認された。同月3日の取材で16代大嶽は「まだ一概には(陽性が決まったとは)言えない。弟子を信じる」と弟子を擁護し、露鵬を発掘した大鵬は同月4日に白露山の師匠の北の湖理事長と国技館内で2時間の会談を行っている。会談後、大鵬は「露鵬は以前は私の弟子、子供だったのだから、『大麻はやっていない』という言葉を信用するのは当然だ」とコメントした。同月6日、16代大嶽は露鵬・弁護士と共に部屋で会見後、年寄総会で「協会の検査はおかしい」「裁判で争います」と徹底抗戦の姿勢を見せた。翌7日には北の湖理事長を北の湖部屋に訪問して弟子の潔白を訴えている。しかし精密検査でも陽性の結果が出ており、所属する二所ノ関一門の臨時会合で親方衆は「とりあえず頭を一度冷やして、落ち着いて考えろ」「このままでは部屋の存続さえも危うくなる」などと16代大嶽を諫めた。同月8日、露鵬と白露山兄弟は相撲協会を解雇され、16代大嶽は監督責任を問われて委員から年寄に2階級降格となっている。

兄弟は解雇処分を不服として力士としての地位確認を求める訴訟を起こしており、16代大嶽は2009年(平成21年)8月・9月の公判に出廷して兄弟を庇う内容の証言を行った。「尿を出せば100%終わりと思い、部屋に帰そうとした。部屋に帰ったら、どうにかうまいことになるという考えもあった」ため、「オレたちクビですか」ときいたところ「クビにしないから尿を出してくれ」と言われたので検査に応じたところ、友綱理事が警視庁に通報して兄弟は連行された状況を「はめられたと思った」と振り返る内容のもので、16代大嶽が隠蔽を図っていたとも受け取れる。なお、兄弟の主張は認められず、訴えは棄却された。

  • 2010年(平成22年)1月8日、二所ノ関一門が臨時会合を開いた。現職の17代放駒と10代二所ノ関、新たに立候補した13代鳴戸と貴乃花の4人のうちから同年2月の理事選の立候補者を3名に調整しようとしたが失敗し、貴乃花が二所一門を離脱しての出馬を表明。同月19日に再び行われた二所一門の一門会には27名の親方が出席、冒頭の多数決で「(貴乃花を支持する6親方は)退席すべきだ」とされ、16代大嶽は12代二子山・15代常盤山・19代音羽山・12代阿武松・18代間垣とともに一門を事実上の破門となった。この時に「(義父の)納谷幸喜氏(第48代横綱)も支持している」と話しており、当選ラインの10票まで集票の協力をし、貴乃花派以外の他の一門の親方に賛同を呼びかけた。そして同年2月1日には二所ノ関一門から1票、立浪一門から2票の造反票も得て、貴乃花が理事に初当選した。

翌2日の深夜、一門の重鎮である2代大島が落選する結果となった立浪一門から造反票を投じた5代安治川(元幕内・光法)に、会見場所として大嶽部屋を提供した。5代安治川より先に記者たちの前にあらわれ、相撲人生をかけて貴乃花に投票した5代安治川が相撲協会を退職する決意を固めていることについて「こういう形になったが、安治川親方が腹をくくってくれた。ありがたいとしかいいようがない。その気持ちしかない」と感謝の言葉を述べた。

  • 2010年(平成22年)6月、一部の週刊誌で力士など関係者による野球賭博が発覚し、16代大嶽は警視庁による任意の事情聴取で賭博への関与を認めた。

同年6月27日に、一連の賭博問題を受けて設置された特別調査委員会から、除名もしくは解雇処分の勧告案が出された。翌日になって16代大嶽は日本相撲協会へ退職届を提出するも受理されず、6月29日の臨時理事会と評議員会で特別調査委員会からの勧告案が受け入れられた。これを踏まえて日本相撲協会では7月4日に臨時理事会を開催し、16代大嶽と大関の琴光喜が解雇処分となった。相撲協会は当初、野球賭博に関与したことを申告すれば厳重注意処分で済ませるとしていたものの、16代大嶽や琴光喜は発覚時点で関与を否定していたことや、二人の賭け金が他の力士に比べて多かったことなどが解雇理由となったとされている。部屋持ち親方の解雇処分は、2007年(平成19年)の15代時津風(時津風部屋力士暴行死事件)以来2人目、現役親方では16代山響以来3人目である。 角界への入門動機が賭博好きの父親から逃れるためで、当初は賭博嫌いだった貴闘力は、皮肉にも自身の賭博が原因で角界を去ることとなった。

  • 2010年(平成22年)10月1日、貴闘力は江東区扇橋に焼肉店「焼肉本店ドラゴ」を開店した。ドラゴとは、イタリア語で龍を意味する。この命名者は弟弟子だった第65代横綱の貴乃花で、看板を揮毫して開店初日に店を訪れた。また、開店時に元幕内・駿傑を雇用するなど、引退力士の再就職支援も行っている。貴闘力は、現役時代より神戸牛を扱う地元・兵庫県の企業と懇意で、牛肉の仕入れ先を確保していたことから焼肉店経営者として成功した。それ以外にも「相撲=がっつり、がっつり=肉、肉=牛肉、牛肉=神戸、神戸=貴闘力、貴闘力=相撲」の連鎖が生み出す物語性、SNS映え、高原価率なども成功要因とされている。

その一方、相撲協会を解雇されて以降も貴闘力は賭博をやめられず、ギャンブル依存症と診断された。以降、患者として様々なフォーラムやシンポジウムに参加し、カジノ法案に反対する立場からメディアの取材にも応じている。

  • 2013年(平成25年)1月19日、貴闘力は納谷家の家族とともに大鵬の臨終に立ち会った。大鵬は離縁後も貴闘力と三女を心配し「いつでも帰っておいで」と言っていたという。しかし、葬儀への参列は認められなかった。
  • 2014年(平成26年)4月16日、リアルジャパン代々木競技場第二体育館大会でリングネームの「貴闘力」として参戦し、大仁田厚・矢口壹琅とプロレスデビュー戦を行い、勝利した。第三戦となる2015年(平成27年)1月12日のレジェンドプロレス後楽園ホール大会以来、プロレスの試合からは遠ざかっている。同年4月に初代タイガーマスク基金チャリティーパーティーの会見で「曙とやります。間違いなく」と発言していたが、対戦は実現していない。

同年12月23日に東京ソラマチ8階ドームガーデンで行われた「大仁田厚 VS クロちゃん!クリスマス最終決戦!スカイツリー路上電流爆破プロレス!」(無観客試合)の第3試合では、経営す相撲協会退職後

  • 2018年1月21日にフジテレビ系の『ワイドナショー』に出演し、中央大相撲部所属の次男と埼玉栄高相撲部所属の四男の角界入りを明言した。同年2月にアサ芸プラスのインタビューに応じ「本当のことは分からないが、私が知っている貴乃花親方は細かいことでグズグズ言い続ける男ではない。貴乃花親方が『白鵬の野郎』とか『アイツは嫌いだ』なんて発言したわけじゃないでしょう。二人の対立構図なんてマスコミが作り上げた虚像」と報道を完全否定した。

同年9月26日、貴乃花が相撲協会を退職することを表明すると、貴闘力は同日放送のTBS系の『あさチャン』に出演し、「昔から言ってるんだけど、国会議員でもやれよと。文部科学省に入れてもらって、外から改革するのも可能じゃないかと言ったら笑ってたけど」と貴乃花に政治家転身を勧めていたことを明かした。また日本テレビの『スッキリ』では、自身が野球賭博問題で解雇される際(2010年)に「お前、協会に不利益になることいったら、子どもが相撲取りになるんだから、ちゃんと静かにしとけよ」と圧力をかけられたと発言、「そんなことがあるって事なんだから、協会が貴乃花に言うっていうのは、日常茶飯事だってことです」と貴乃花への圧力があったと推測する発言を行った。貴乃花に9月場所初日ぐらいに「弟子を増やしたいから協力してくれ」と相談されており、貴闘力の次男と四男も「その2人もオレに預けろと、確実に強くするから」とスカウトを受けていたとも話している。同年10月には、貴乃花のイベント出演に同道している。

  • 2020年9月25日に、YouTubeチャンネル「貴闘力部屋~相撲再生計画~」を開設。相撲界で昔あった不祥事や、力士の生活事情(恋愛や経済問題)などを配信。相撲界の裏側を小出しにして全てをクリアにしたうえで、そのうえで相撲界をどうしていくかを話し、相撲協会に無視されない勢力を持つことを目指すとしている。しかし、実際のチャンネル内での動画では、相撲協会執行部に対して問題を提起しながらも所々に問題発言(虚言)も見られる。
  • 2020年9月26日にYoutubeにアップロードした動画中で「親方(大鵬)は中卒でほんの遊びのつもりでハワイから拳銃を何十丁も持って帰ってきた」と角界拳銃密輸事件を引き合いに出し「ピストルのほうが野球賭博よりもよっぽど悪い」と大鵬に言ったと発言している。
  • 2021年1月5日アップロードの動画では、相撲が嫌いな長男を「やる気を出したら北尾くらいになるかな」と鳥取城北高校相撲部監督の石浦外喜義に預けたら2ヶ月で逃げ帰ってきた件について話している。貴闘力は石浦監督に「(長男には)根性がないから」と言われたことを「だからお前に預けているんだろう!」と逆ギレし、長男を何度もスカウトに来た埼玉栄高校監督の山田道紀に引き比べるなどして「金目当て」などとこき下ろした。

同年6月1日にアップロードした動画中で「名前出したら本人が可哀想」と言いつつ、自らを頼ってきた幕下力士のことについて具体的に語っている。師匠に内緒でトレーニングセンターで待ち合わせて稽古をつけたら、2場所連続で6番勝って(2020年11月・2021年1月場所)十両も夢では無くなった。しかし、貴闘力と力士との関係を知った協会は力士を呼び出し、師匠は危機管理部長を降ろされ、以来、貴闘力のところに来られなくなったと話している。毎日朝8時に稽古をつけており、自分に指導を受けたからこうなった、強い力士が増えた方が面白いだろう、相談相手として自分を頼る若手の親方や力士は多いと貴闘力は話しているが、指導を受けた期間によっては相撲協会の新型コロナウイルス対応ガイドラインに抵触する可能性が存在する。 同年7月30日に貴源治が大麻使用の判明により解雇された件について、8月31日にアップロードした動画中で「相撲協会が貴乃花の弟子を狙った」と憶測し、退職金無しであることについても苦言を呈した。しかし、9月7日に元貴源治の書類送検と実際に大麻所持をしていたことが併せて報道された。同月10日にアップロードした動画で元貴源治が出演して公式謝罪を行い、貴闘力は「(貴源治が大麻吸引を協会に)正直に言ってクビになりました」と話した。元貴源治の今後のために貴闘力が断髪式を手配し、10月31日当日には留めバサミを入れた。 同年8月21日、大相撲八百長問題の中心人物の1人となった春日錦が2014年に新聞取材に応じて八百長に関する証言を行った際の音声データを公開し、八百長告発を行っている。 同年8月20日、春日錦が2020年頃に自殺したことを春日錦の姉を通じて知ったと明かした。自身の現役時代は8割から9割の関取が八百長に関与しており、1990年9月場所を14勝1敗で幕内優勝した北勝海はこの場所で5番から7番八百長をしていたと主張した。春日錦が八百長に関与していたことは現役当時耳に入っていたことで全て分かっていたが、この日の動画では「今考えたら可哀想だなという気持ちの方が強い」と同情を寄せていた。春日錦の姉は、春日錦は番付上位の力士に頼まれて八百長に関与していたに過ぎないにもかかわらず、八百長問題の黒幕に仕立て上げられてその罪を1人で背負ったとしている。 蒼国来の協会復帰に関して、貴闘力の顧問弁護士が訴訟を担当しており「大相撲に八百長は存在するか、存在するとしたら蒼国来が関与していたか」と聞いてきたと話している。貴闘力はやったとしても証拠がなかったら勝訴できるので何とか協会に復帰させてほしいと弁護士に懇願したと主張している。 千代白鵬は大相撲八百長問題で最初に八百長を認めた力士となったが、春日錦は音声データ中でその際に13代九重に「お前もやってたじゃねぇかこの野郎!」と反発し、13代九重は反論できなかったとしている。 音声データ中で春日錦は恵那司を八百長の仲介役に仕立て上げたのは皇司と燁司のコンビであり、彼らは恵那司を使うだけ使って自分達だけ逃げ切ったと非難している。

話題[編集]

余談[編集]

  • 長男はプロレスラーの納谷幸男、次男・三男・四男は大嶽部屋に所属する大相撲力士の納谷幸林、王鵬幸之介、夢道鵬幸成。甥は元大相撲力士の若闘力駿磁。
  1. 2025年1月

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