概要[編集]

民営化とは、国や地方公共団体が経営していた企業・特殊法人などを、民間企業の形態に改組したり、運営を民間に委ねたり、民間へ売却したりすることを指す語である。日本では国鉄、電電公社、専売公社の三公社の改革と、郵政事業の改革が代表例として語られる。

詳細[編集]

民営化は単一の手続きを指す言葉ではない。根拠法を廃止または改正して会社法上の会社にする場合、公社や公団を政府出資の特殊会社に移行させる場合、PFIのように公営事業の運営だけを民間に委託する場合など、程度の異なる複数の形態が同じ語で呼ばれている。国が株式を段階的に手放し、保有分がゼロになった状態を完全民営化と呼ぶ。

掲げられる目的は、効率化、サービスの向上、経営の透明化、法人税収による国民負担の軽減、債務の切り離しなどである。いずれも「政府による経済への介入を減らす」という方向に連なっており、小さな政府を志向する政策と結びつけて論じられることが多い。

逆に、国や国の出資する法人が民間企業の議決権の過半数を取得することは国有化と呼ばれる。また、行政が行う公共サービスに民間も参入できるようにして競争させる市場化テストは、事業主体そのものを民間に移す民営化とは別の手続きである。

日本の民営化[編集]

1980年代の行政改革で、日本電信電話公社、日本専売公社、日本国有鉄道のいわゆる三公社が相次いで民営化された。このうち電気通信の分野では、1985年に日本電信電話公社が日本電信電話株式会社となり、同時に通信事業への新規参入が認められた。

この参入自由化がなければ、その後の通信業界の顔ぶれは存在しない。KDDIの源流となる新電電各社、ソフトバンクが買収を重ねて築いた回線網、さらに後発の楽天モバイルまで、いずれも独占が解かれた市場に入ってきた事業者である。日本電信電話自身も持株会社体制へ移行し、移動体通信部門はNTTドコモとして分離された。

2000年代には郵政三事業の民営化が政治の主要な争点となり、郵便、郵便貯金、簡易保険を分社化したうえで持株会社の下に置く形が採られた。高速道路の各公団も同時期に株式会社化されている。

民営化の成否をめぐる議論は、今も一様ではない。運賃や料金の水準、不採算地域のサービス維持、雇用への影響といった論点では評価が分かれており、決着した論点とは言いがたい。

通信分野への影響[編集]

通信は、民営化と規制の関係が最も見えやすい分野である。事業者が民間になっても、電波という有限の資源は国が割り当てる。総務省が周波数の割り当て、接続料の算定、番号の管理を担う構造は民営化後も変わっておらず、5Gの基地局整備計画のように、行政が目標値を示して事業者が投資する形が続いている。

携帯電話の料金が政治の話題になるのも同じ理由による。完全な自由市場であれば価格は事業者の判断だが、参入に免許が必要な市場では、価格水準そのものが政策の評価対象になる。民営化は事業の主体を民間に移したが、市場の設計者が政府であることまでは変えていない。

日本放送協会のように、民営化の対象にならず受信料で運営される事業体も残っている。何を民間に移し、何を公的な仕組みのまま残すかの線引きは国ごとに異なり、日本の場合は放送と通信でその扱いが大きく分かれた。

各国の動き[編集]

民営化は1980年代以降、アメリカ合衆国や欧州を中心に世界的な潮流となった。電話、鉄道、航空、エネルギーといった、かつて国営が当たり前だった分野が次々と民間に開かれている。

中国のように、国有企業を残したまま部分的に株式を公開する方式を取る国もある。国有分を完全に手放すのか、黄金株などの形で拒否権を残すのかは国ごとの判断であり、民営化という同じ語が指す実態の幅は大きい。

余談[編集]

  • 民営化された企業の株式公開は、その国の株式市場で最大級の規模になることが多い。1987年の日本電信電話株の売り出しは、株式投資に縁のなかった層まで巻き込む出来事になった。
  • 「三公社五現業」という言い方は、民営化の議論を追う際によく出てくる行政用語である。五現業のうち、郵便は後に民営化され、印刷や造幣は独立行政法人へ移行した。
  • 会社になっても社名に旧称の名残が残る例は多い。日本電信電話という社名は、電信と電話を公社が独占していた時代の事業名をそのまま引き継いでいる。
  • 民営化の成果を測る指標として料金の下落がよく挙げられるが、同じ時期に技術革新が進んでいる分野では、価格低下がどこまで制度変更によるものかを切り分けにくい。通信分野の議論ではこの点がしばしば問題になる。

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