松坂正志


概要[編集]

松坂正志は新興宗教、正志光道会の教祖。

経歴[編集]

1969年、沼津市で松阪家に生まれる。正志の正は「正義」、志は「信念」を意味する言葉である。1976年、繊維工業に携わっていた父親がでで亡くなり、それ以来彼は学校などで孤立するようになっていった。子供時代の夢は「人の生命を助け、幸せにする仕事」であったとのこと。

また、彼は母親がオカルトだった事から子供時代の彼もオカルト好きな子供に成長していったと自ら語っている。

中学生になってからは母親が病気になり、成績、運動ともに成果がふるわなくなっていったと語っており、中学時代は自身の一番の暗黒時代であったとしている。

その後彼は高校に入ったが、恋愛、スポーツには目もくれずに家で大好きだったスピリチュアルや動物への興味を一層強め、それらによりのめり込んでいった。

高校を卒業すると、すぐに機械工業の企業に入社したが、出世出来ず、2年で退職し、その後は様々な職場を転々としながら、努め、英語や日本語を独学で勉強していった。

1993年頃には22歳女性の恋人が出来たもののその11ヶ月後に別れることになり、彼はそれが原因で病んでいき、それ以来地球が滅亡するなどの妄想をしたりするようになった。

1995年頃からは、発展途上国で苦しむ子供を助けるボランティアを始め、インドやフィリピン、ペルーなどを駆け巡った。

2000年2月12月には正志光道会を宣言を5人の幹部、58人の信者と共に発表、教儀をまとめた「教典」を広めるようになった。

正志光道会における扱い[編集]

正志光道会において松坂正志は教祖とされており、1997年7月13日、深夜の海辺で神の内の一つであり「ヴァンティ」の部下である「ジェナ」から「人類は陰で悪の爬虫類型宇宙人や火星から飛来した魔神の脅威にさらされている」「人類はヴァンティが作った神たちによって作られた」などの「世界の真理」を伝えられ、その真理を受け、人類を脅威にさらす勢力に対抗し神を称えるための光の勢力「正志光道会」を設立したとされている。