概要[編集]
滋賀県とは、近畿地方の東部に位置する内陸県である。県庁所在地は大津市。面積の約6分の1を日本最大の湖である琵琶湖が占め、人口は約141万人。京都府・大阪府への通勤圏として人口が増え続けてきた、数少ない県として知られる。
詳細[編集]
日本列島のほぼ中央にあり、北は福井県、東は岐阜県、南東は三重県、西は京都府と接する。周囲を伊吹・鈴鹿・比良など1,000メートル級の山地に囲まれ、その内側に琵琶湖を中心とする盆地が広がる。旧国名は近江で、都に近い淡水の海(近つ淡海)が語源とされる。
京都まで在来線で30分前後、大阪まで1時間圏という位置が県の性格を決めている。全国の人口が2005年に減少へ転じたあとも、滋賀県は長く増加を続けた。住宅地としての選好と、内陸の工業団地への企業立地が重なったためである。県内総生産に占める製造業の割合が高いのは、高速道路沿いに工場が並ぶこの構造による。
琵琶湖[編集]
琵琶湖の面積は約670平方キロメートルで、県土のおよそ6分の1にあたる。成立は数百万年前にさかのぼり、世界でも数少ない「古代湖」のひとつに数えられる。長い時間にわたって湖が存続したため、ビワコオオナマズやホンモロコなど、この湖にしかいない固有種が多い。
琵琶湖の水は瀬田川から淀川を通じて京都・大阪・兵庫県へ流れ、下流の飲料水と工業用水になっている。このため「近畿の水がめ」と言われ、県の環境政策は下流府県との関係を前提に組まれてきた。1970年代に合成洗剤による富栄養化が問題になった際、県民運動を背景に条例で規制が導入された経緯は、地方自治体の環境規制の先例としてしばしば参照される。
外来種のオオクチバスやブルーギルの定着は漁業と生態系に影響を与え、駆除が続いている。ただし駆除の費用対効果や、釣り文化との折り合いをどうつけるかについては見解が分かれている。
近江商人[編集]
近江出身の商人は江戸期から全国へ出て行商と店舗展開を行い、現在まで続く企業の源流になった例が多い。「売り手よし、買い手よし、世間よし」の三方よしという言い回しは後年に整理された表現ではあるが、他国で商いをする者が地元の信用を得なければ続かなかったという実態を反映している。行商で得た資金を地元に還元し、学校や社会事業に投じた例も知られる。
歴史[編集]
交通の要衝であったため、争いの舞台になることが多かった。織田信長は琵琶湖東岸に安土城を築き、豊臣秀吉は長浜を最初の居城とした。徳川家康と石田三成が戦った関ヶ原は県境のすぐ東側にあたる。比叡山延暦寺は大津市に位置し、日本仏教の多くの宗派の開祖がここで学んでいる。
海外の反応[編集]
彦根城と延暦寺が主な行き先で、京都からの日帰り圏にあることが紹介の切り口になっている。琵琶湖そのものは「大都市のすぐ隣に大きな湖がある」という点が驚かれる一方、湖岸の景観が場所によって単調だという感想も見られる。
近年は宿泊地を京都から大津に移す旅行者が増えたと報じられている。京都の宿泊費の高騰を受けた動きだが、周辺自治体が受け皿になることの是非については、観光の分散として歓迎する見方と、生活環境への影響を懸念する見方の双方がある。
よくある質問[編集]
Q. 琵琶湖は県のどれくらいを占める?
A. 約6分の1である。残りの6分の5は陸地で、「県のほとんどが湖」という言われ方は面積の上では正確ではない。
Q. 滋賀県はなぜ人口が増えた?
A. 京都・大阪への通勤圏であることと、内陸型の工業集積が同時に成り立ったためである。
Q. 近江と滋賀の違いは?
A. 近江は旧国名、滋賀は明治以降の県名。県内では現在も「近江」を冠した商品名や社名が多い。
余談[編集]
- 県名は県庁が置かれた滋賀郡に由来する。
- 彦根城築城400年(2007年)の企画から生まれたひこにゃんは、自治体キャラクターの全国的な流行の起点のひとつになった。
- 琵琶湖を自転車で一周する「ビワイチ」は約200キロメートルで、案内標識が整備されている。
- 淡水魚を発酵させた鮒ずしは、現在の握り寿司の原型にあたる「なれずし」の系統に属する。独特の匂いから好みが分かれるが、保存食としての合理性がその製法の理由である。