| 仲村みう | |
|---|---|
| Miu Nakamura | |
| ファイル:仲村みう.jpg | |
| 生年月日 | 1991年3月14日 |
| 出身地 | 岩手県 |
| 活動期間 | 2005年 - |
| デビュー | 2005年(グラビア) |
| 事務所 | ティーパワーズ |
| 主な受賞 | ミスヤングマガジン(ミスマガジン2006) |
概要[編集]
仲村みう(なかむら みう、1991年3月14日 - )は、日本のAV女優・元グラビアアイドル。岩手県出身で、現在はティーパワーズに所属している。10代の頃に「お菓子系」グラビアの世界で一世を風靡し、ミスマガジンでの受賞、文筆業、後輩のプロデュース、そしてAV転身まで、ひとつの肩書きに収まらない多彩なキャリアを歩んできた人物として知られる。グラビア全盛期は稲垣莉生や歴代のお菓子系アイドルと並んで語られることも多い。
来歴[編集]
2005年、芸能事務所スタイルエージェンシーの地方アイドル発掘オーディションの携帯サイトに応募したことが芸能界入りのきっかけ。岩手から東京へ通うのが難しかったため、まずはブログから活動をスタートし、夏休みに上京して撮影会アシスタントなどを経験、そのまま撮影モデルへとステップアップした。中学卒業後に上京するも、実家にも頻繁に帰省し「東京と実家は半々くらい」という二拠点生活を送っていたらしい。
同2005年、雑誌『Beppin-School』10月号でグラビアに初登場し正式デビュー。しばらくはいわゆる「お菓子系」雑誌で活動し、ローティーンとは思えない際どい水着と過激なポーズで一気に話題となった。2006年には講談社主宰のミスマガジン2006でミスヤングマガジンに選出され、グラビアアイドルとしての地位を確立した。
マルチな活動[編集]
仲村のユニークなところは、人気絶頂期に早くも「裏方」へ軸足を広げたこと。2009年3月10日には所属事務所の取締役に就任しており、事務所は理由を「長年の功績に報いるため」「卓越したプロデュース能力を後輩の育成に活かしてほしい」と説明していた。同年8月には『FRIDAY』でいったんグラビア引退を発表し、以降はコラム・ブログなどの文筆業、後輩グラビアのプロデュース、漫画原作、アイドルイメージDVDの監督と、活動を多方面に広げていった。
2011年10月にはグラビアへ電撃復帰。本人いわく「引退中も後輩の付き添いで撮影現場に行くことが多かったのでブランクは感じなかった」とのこと。『週刊プレイボーイ』や写真集『a will』で初のヘアヌードを披露し、その後年を追うごとに表現の幅を広げ、後年はAV女優としても活動するようになった。
人物・余談[編集]
- デビュー当初から「岩手から通う」スタイルを貫いていたため、地方在住アイドルの草分け的存在としても語られる。
- 取締役・プロデューサー・原作者・監督と、被写体側と作り手側の両方を経験している点は業界でも珍しい。
- グラビア時代の「お菓子系」人気は、後の天使もえら正統派グラビア出身AV女優の流れにも通じるものがある。