ヒカキン
Hikakin
Hikakin.jpg
UMMMのオフィシャル写真
ID HikakinTV
本名 開發光(かいはつ ひかる)
誕生日 1989年4月21日
年齢 32歳
出身地 日本 新潟県妙高市
国籍 日本
居住地 日本 東京都港区赤坂
家族 兄(SEIKIN
身長 / 体重 174 cm / 80 kg
血液型 O型
学歴 町立妙高中学校(卒業)
県立新井高校(卒業)
プラットフォーム YOUTUBE
フォロー数 チャンネル登録者数 882万人
活動期間 2006年12月30日
ジャンル ギャグ、実験
事務所 UUUM


1 概要[編集 | ソースを編集]

HIKAKIN( ヒカキン)は日本Youtuber。 UUUM 株式会社の創立者であり、最高顧問。

2 チャンネル[編集 | ソースを編集]

チャンネル 開設日
HIKAKIN 2006年 12月 30日
HIKAKIN BEATBOX TV 2 2011年 1月 31日
HikakinTV 2011年 7月 19日
HikakinBlog 2013年 1月 30日
HikakinGames 2013年 8月 17日

現在活動中の4つのチャンネル。そして廃止された1つのチャンネルを合わせて5つのチャンネルを所有している。


2.1 HIKAKIN[編集 | ソースを編集]

ビートボックスのような音楽関連動画をアップするチャンネル。 もともとチャンネル名は"HIKAKIN BEATBOX TV"だったが、2013年11月~12月の間を基点に現在のチャンネル名である"HIKAKIN"に変更された。

ヒカキンが運営しているチャンネルの中で、 一番古いチャンネル。 活動を始めた時は日本語版のユーチューブが存在しなかった時だったので、英語版のユーチューブから活動を始めた。 過去には比較的アップロード回数が多かったが、現在では2、3ヶ月に1回のペースで映像がアップロードされる。


2.2 HIKAKIN BEATBOX TV 2[編集 | ソースを編集]

ヒカキンが2番目に開設したチャンネル。 現在はこのチャンネルでの活動はしていない。 2011年7月6日アップデート以来完全に途絶えてしまった状態。 事実上、HikakinTVがこのチャンネルのバトンを受け継いだ模様。余談だが、自身の本名をチャンネルアドレス(Hikaru Kaihatsu)として使用している。


2.3 HikakinTV[編集 | ソースを編集]

現在ヒカキンのメインチャンネル。日常について話したり、いろんなことを紹介/レビューしたりするチャンネル。現在、ヒカキンが一番よく活動しており、毎日午後7時ごとに映像がアップされる[1]. 映像の長さは、短ければ3分、長ければ10分以内。

主にレビューする商品は、安ければ500円、高ければ10、000円の間の雑多な品物だが、その中でも"日本には本当にありとあらゆるものがある"、"無駄に高クオリティ"と思わせるほど、ユニークで斬新なものをレビューする。 たまに1万円~10万円単位の高価製品も購入してレビューする。

初期には英語圏の視聴者を考慮し、ヒカキンが直接英語で進行する映像も存在した。 実際、過去の映像を見れば分かるが、英語字幕に対応し、日本語と英語が一緒に書かれているタイトルが大半だった。[2]しかし、時間が経つほどその傾向は薄れ、今は見られなくなった。


2.4 HikakinBlog[編集 | ソースを編集]

雑談などの軽い動画を不定期にアップするチャンネル。 現在活動中の4つのチャンネルの中で最も活動量が少ないチャンネルである。


2.5 HikakinGames[編集 | ソースを編集]

ゲームの実況をアップするチャンネル。様々なゲームをプレイするが、主に"マインクラフト"、"スプラトゥーン"、"モンスターストライク"、"パズル&ドラゴン"を持続的にプレイする。 その他のゲーム、特にカジュアル/[モバイルゲーム]は断片的にアップする。[GTA☆GTA5]、スーパーマリオ3Dワールド、マリオカートのように途中で辞める場合も存在する。

ヒカキンの祖父がたまに出演することもあるが、別名"ジジキン"とも呼ばれる。


3 過去[編集 | ソースを編集]

幼い頃は教室の隅にいるちょっと変わった少年だったよう。 小3から高3まで[スキージャンプ]をした経験があり、HIKAKINという名前の由来も本人によると小学生の時にスキージャンプ先輩からHIKAKINの本名であるヒカルをヒカキンと呼ばれ始めたのが由来とのこと。なぜ"ヒカル"が"ヒカキン"になったのか正確には分からないが、そのまま"HIKAKIN"という芸名(?)を使いながら認知度を広めたため、いつの間にか定着してしまったという。

他の人にビートボックスを学ばず、独学でYouTubeのビートボックス映像を参考にしていたら今のスタイルになったという。高校時代はライブ活動をしたり、YouTubeにパフォーマンス映像をアップロードしていた。

ビートボックスは中学生の頃から始めた。 チャンネルを開設し、すぐに映像をアップしたが、後になって見てみると恥ずかしいほど苦手でつい削除してしまったという。

現在は東京都に在住している。 上京直後の当時はスーパー店員のようなアルバイトをしながら生活を営んでいた。 映像アップロードの初期にはYoutuberで生活するとは思わなかったが、アメリカのトップユーチューバであるミッシェル ファンの講演会に行って来てから考え方がガラッと変わったという。

  1. ただし、やむを得ず欠席する場合もある。 実際、2015年11月8日から11月12日まで何の音沙汰もなく4日間も映像がアップされなかったことがあったが、実はリンパ腺炎にかかり入院していたため、映像が撮れなかったようだ。[1]
  2. 主に2011年~2012年の映像がそうだ。